28 草生えちゃった!?キャラバンチルの大宴会!?
タリクは、キャラバンチルの巫女・ユラナに水占いをしてもらっていた。
水面に映る月をすくうように、巫女ユラナは静かに手を動かした。
水場でもある小さな泉の揺らめきが光を砕き、幾重にもきらめく。
「……見えるのは、ひとすじの糸。切れたと思われた縁が、まだ水底に揺れている」
ユラナの瞳はタリクを真っ直ぐに射抜いた。
「おぬしが探すその人は、生きている。深き森の奥、目に触れぬ流れに守られて」
タリクの拳がわずかに震えた。
「……会えるのですか」
短い問いに、ユラナはゆるやかに首を横に振った。
「急ぐな。水は、無理に掬えばこぼれる。ただし――この道を進めば、いずれ流れは交わる」
泉に浮かんだ月をそっとなぞりながら、ユラナは声を落とす。
「気をつけよ。この秘密は、軽々しく口にしてはならぬ。――意味は、わかるな」
それ以上、ユラナは語らなかった。
泉は元の静けさを取り戻し、タリクの胸だけが激しく波立っていた。
「そろそろ酒盛りの時間じゃ!今宵も呑むッパ!」
――いや、ずっと水みたいに呑んでたでしょ?カッパ様。
キャラバンチルの奥、小さな丸テーブルにはカッパ様と禁書ホンホン。
目の前には水を使った不思議な酒器が並んでいる。
「ふふふ、ホンホン、乾杯だYO!」
ホンホンは羽をピリピリ光らせ、ページをお盆代わりにして小さな杯を載せる。
え?禁書ってお酒飲むの!?
「ミズえもん!僕も一滴たりともこぼしませんホン!シミ抜き加工ホンホン、出動ホン!!」
カッパ様は笑いながら頭のお皿を軽くこすった。
「ほぉホンホン、それじゃ一滴たりともこぼせんな」
ひと吹き、ホンホンの羽に水滴をかける。
即座にホンホンは光を放ち、防水+シミ抜き加工を展開!
「一滴も許さぬホン!さすがミズえもん、試し方が大胆ホン!!」
「実はホンホンのギャグはつまらないんだホン!つまらないから草が生えるホン!」
にょきにょき水草が生える。闇精霊と水精霊たちは大笑いして指さした。
「草・草・草ーー!」
「雨の日に防水加工とか……便利すぎです」
「禁書さん、くだらない発言は欠かさないんですのね…」
ぽとっ――精霊たちの頭に小さな水滴が落ちた瞬間、にょきっ!
「わっ、頭に草が生えてますわ!?カゲミがかわいいですわ!」
「無表情ゲルなのに、草生えてるだけでかわいいじゃねえか!」
「リウラさんは、もとからかわいいと推定されます。草効果でさらに上昇中です」
驚きはすぐ笑いに変わり、精霊たちはキャッキャと喜んだ。
ホンホンは得意げに羽を広げて胸を張る。
「ほらほら、ホンホンのギャグでみんなも楽しくなるホン!」
「草…生えすぎだろ!」
「でも、精霊たちが喜んでるなら、まあ…いいか」
「同感!」
ツバネもタリクもセリアンも楽しそうだった。もちろん、僕も。
やがて、泉のほとり。
月明かりに照らされ、カッパ様とユラナが並んでいる。
「……あれ、なんか、すごく真面目な顔してるよね」僕が小声でつぶやく。
「カッパ様が……?」ツバネは目をこすった。
「ありえん……あの飲んだくれが、あんな風に座っているなんて」タリクは片目を細める。
セリアンはにやにや笑ってリュートをつまびいた。
「おっと、“泉に映る、河童と巫女の夜”――歌になるな」
「やめろ!覗き見がバレたら怒られる!」僕は慌ててセリアンの口をふさいだ。
カゲミはぷいっと横を向く。
「……どうせ明日には酔いつぶれてるさ。騙されないから」
リウラは少し笑って頷いた。
「でも……本当かもしれませんね。水と寄り添う巫女の隣なら」
一同は息を呑んだ。
水面に映るふたりの影は、いつもより神聖に見えたからだった。
朝の光。
まだ水音のように酔いが残る頭を抱えながら、僕は目をこする。
「これは…許されると思っているのですか、あなたたち!」
巫女ユラナの鋭い視線が突き刺さった。
ホンホンは慌てて羽をバタつかせる。
「ご、ごめんなさいホン!シミ抜き加工で何とかなると思ったホン!!」
カッパ様も苦笑して水を跳ねさせる。
「ホンホン、落ち着けホン」
にょきにょき水草が生え、仲間たちは笑いをこらえられない。
「草生えすぎ!」
「謝っても草生えるとか!」
「笑いすぎて涙出る~!」
みんなを代弁するように、三人衆が爆笑していた。
ユラナはため息をつき、目を細める。
「……まあ面白いから許すけど、次はないわよ」
ホンホンは胸を張り、羽をピカピカ光らせる。
「了解ホン!でも楽しいホン!!」
こうして謝罪と爆笑の宴は幕を閉じ、大量の草はタリク特製おひたしになって朝食に並んだ。
朝食後、行商の母子が並べた小さな露店は香辛料や雑貨でいっぱいだった。
彩りのある布に、乾燥した果実、旅に便利な火打ち石や水袋。
それに、手のひらほどの護符や栞のような小物まで揃っている。
「ねえ、今日は“水龍の願いの物語”を読んで!」
「こ、この本は童話の……!」
せがむ声に、僕は驚き、それでもゆっくり頷いた。
「このあたりに水龍がいそうな滝なんて……」僕がつぶやくと、子どもがぱっと顔を上げた。
「あるよ! 森の奥に大きな滝壺が!」
「ええ。よそ者は近づけないようですが……水量は圧巻でした」
母親の声は、旅の商人らしい淡々とした響き。けれどその言葉は確かに僕たちの胸に残った。
「……タリク」
「ああ……」
確証はないけど、手がかりは見つかった。
「旅の仲間どうし、おそろいで身に着けられるものはいかがです?」
母親は柔らかく微笑みながら、手のひらほどの小物を差し出す。押しつけがましくなく、それでいて選びたくなる響きだった。
僕たちは顔を見合わせる。おそろいで身につけられる小物なんて、ちょっと気恥ずかしいけれど楽しそうだった。
「でも、12人分は……」リウラが苦笑する。
「ここは俺に払わせてくれ」セリアンが銀貨を揺らして笑う。
「みんなでおそろいの水音鈴を持っていたら、歌の伴奏にもなるからね」
「うれしいホン!ホンホン本当にうれしいホンー!」
鈴をつけられないホンホンには、セリアンが特別に銀のブックマーカーを贈った。
できる吟遊詩人は違うね!
母親の手に、きらめくキュリシア銀貨が数枚渡される。
彼女は深々と頭を下げ、慣れた所作で代金を受け取った。
「ありがとうございます。どうぞ良い旅を」
「父さんと母さんは、店を開けるところを探して旅してるんだ!」
「雑貨や香辛料の行商をしながら、この子もいますし、定住地を探してますの」
「そうでしたか。安全、安心な町で暮らせるといいですね」
そういえば僕、新米ノートリアなだけに初任給はまだだ。
キュリシアは金貨・銀貨・銅貨が基本で、金貨は一万円、銀貨は千円、銅貨は百円くらいの感覚。
(細かいのや大きいのもあるけど、それはまた今度)
行商の親子を見て、僕は思ったんだ。
――キュリシアを、安全で安心な町にしたいって。
ノートリアの僕にどこまでできるかわからないけど。
「…さあ、行こう。森の奥へ」
僕が鈴を小さく握りチリンと鳴らすと、仲間たちも身につけた鈴を鳴らした。
――笑いと水草の宴の余韻を背に、冒険は新たな試練へと静かに動き出すのであった。
ねぇ、聞いて。
朝、目を覚ましたとき――いや、正確にはまだ水の夢の余韻に浸っていたとき――私は息をのんだ。
目の前には、昨夜の宴の痕跡がそこかしこに散らばっている。
丸テーブルの周りにはまだ水滴が光り、にょきにょき生えた草たちがあちらこちらで揺れている。
「まったく……昨夜の片付けで、もうヘトヘトなのに……」
腰は痛いし、肩もガチガチ。
精霊たちも、禁書ホンホンも、記録師たちも、みんな楽しそうで油断も隙もない。
そんな中、タリクが手際よく小さな鍋を火にかけている。
「……タリクが……おひたし作ってくれるの?」
心の中で驚きつつ、疲労困憊の体をテーブルに預ける。
湯気とともに香る、ほろ苦くて鮮やかな水草の香り。
「……これを食べたら、ちょっとは元気出るかもしれない」
箸を取り、ひと口。ぱくっ。
口に入ると、昨夜の“草宴”の余韻が微かに香り、でも味は絶妙に美味しい。
「なによ!このおひたし美味しいじゃない!モグモグ」
疲れ切った体も、笑いとおいしさで少しずつ解けていく。
そうか、これがキャラバンチル流の“草宴の後のご褒美”なのね……。
疲労困憊の私に、タリクの手料理が優しく染み渡る――
そんな朝だった。
――キャラバンチルの巫女・ユラナ語り




