23 伝え聞いちゃった!?真実の物語!?
(主人公視点)
「カゲミ……キミを闇精霊にしたのは、旧き記録師の祖師かもしれないホン。
本来なら、囮鮎として水に還るはずの命を、記録から消さないために……」
「その話もっとくわしく!聞かせろよ!」
僕たちは|水底の記憶図書館の中庭で、《アクア・レコルタ》ツバネとリウラを待っていた。
すると、カゲミが禁書ホンホンに食ってかかるように声を張り上げた。
「なに?どうした、カゲミ?」
「瀬音……!」
「ラグ・ノートリアの祖師について知りたいかホン?」
「ああ、そうだ!」
「へぇ面白そうだね、良い歌になりそうだ」セリアンが小さく笑う。
「――記憶とは何か?記録とは何か?真実の本には書かれてないが、ホンホンの中の記憶に旧き記録師の祖師はいるホン。……カゲミは覚えてないのかホンホン?」
「……っ覚えてねえよ!」
禁書ホンホンの羽ばたきがふっと止まる。
「ふむ……たった今、ツバネが“影狩り一族”を継いだと記録に刻まれたホン。
門を守るは墓守ゾル。……懐かしい名だホン。
一族の墓前にはカナメもいたらしい――じきにここへ来るホン」
ツバネの無事を知り、僕たちは胸を撫でおろした。
「祖師の話は、ツバネが来てからにするホン」
焦らされた形のカゲミは、悔しさに震えていた。
やがて――ひやりと涼やかな風が中庭を吹き抜ける。
「……待たせたな」
水面を渡るような声とともに、青い羽衣のような光がひらりと舞い落ちた。
姿を現したのは、影狩り一族の長となったツバネだった。
「ツバネっ!」
駆け寄るカゲミの声は、怒りとも喜びともつかない響きを帯びていた。
「ワタシもおりますわ!カゲミ!」
リウラが飛びでて、カゲミを遮り、わちゃわちゃしながら押し合う。
「ちょうどいい、祖師の話ならば、拙も聞かせてもらおう」
――すでにそこにいたのだろう。ツバネの兄、カナメが腕組みしたまま立っていた。
無表情の視線の先には、じっと偵察を続ける精霊ゲルの姿。
「役者は揃ったな」タリクが得意げに言えば、
「それは私のセリフなのに……」とセリアンが悔しげに返す。
僕たちは胸を高鳴らせながら、その場に揃った仲間を見渡した。
――この瞬間こそ、「祖師の記録」が開かれる予感がした。
禁書ホンホンがふわりと宙に浮かび、羽根を揺らす。瞳の奥に、古い水の記憶がきらめいている。
「よろしいホン……まずは、ツバネ。”乗り越えるべき宿命”を成し遂げたホン。おめでとホンホン。
これより語るは、旧き記録師の祖師についての断片。真実そのものではないホン。
残滓であり、揺らめきであり、記憶に刻まれた影にすぎぬホン」
一同が息をのむ。自然と、その声に耳を傾けていた。
「祖師は、人と水とのあわいを往き来し、記録を紡いだホン。
雨を呼び、流れを整え、ときにそれを封じた。
だが――人の心は移ろいやすい。感謝も畏れも、やがては忘却へと変わるホンホン」
その声は、まるで遠い時代をそのまま運んでくるかのようだった。
「……ついさっき、そんな話を読んだ気がするぞ……?」
カゲミがぽつりとつぶやく。そう言われると、僕も読んだ気がしてきた。
「だからこそ祖師は、ただ“記す者”ではなく――“記録そのもの”になろうとしたホン。
人の言葉は嘘を帯びる。ならば水そのものに、命そのものに記録を宿せばよい、と考えたのだホンホン」
リウラが小声で「……記録そのもの……?」と呟く。
ツバネの眉がわずかに動き、カナメの腕組みが強くなる。
ホンホンはそこで一拍置き、カゲミを見据えた。
「カゲミ……キミを闇精霊にしたのは、祖師の企みの名残かもしれぬホン。
本来なら囮鮎として流れに呑まれ、命を終えるはずだった。
だが祖師は――その記録を消さぬために、形を変えて残した。
消える命を『囮』としてではなく、『記録』として留めようとしたホン」
「……ッ!」
カゲミが震え、悔しげに唇を噛む。
「囮鮎は何度も流れに呑まれる。その痛みも悲しみも、誰にも覚えられぬまま消えていった。
だが祖師はそれを惜しみ、転スイの道を残した。囮の命を記録に繋げるためにな」
カゲミは拳を握りしめ、怒りとも安堵ともつかぬ声を絞り出す。
「ふざけんな……!そんな勝手な理由で、オレは……!」
その声は、中庭に響き渡り、祖師の記録の重みをいっそう際立たせた。
沈黙を破ったのは、タリクだった。
「じゃあ――ワイやツバネの祖先は誰なんや!?
祖師が記録そのものになったなら……ワイらは何から生まれたんや!?」
ツバネも身を乗り出す。
カゲミは涙をこらえるように顔を背け、リウラは息をひそめて見守った。
禁書ホンホンは羽根を震わせ、静かに答えた。
「……血は血を呼ぶ。だが、その始まりをひとつに定めることはできぬホン。
ツバネの一族も、タリクの一族も――流れの枝分かれのように、祖師の記録から滴り落ちた流れのひとつにすぎないホン」
「枝分かれ……?」タリクが眉をひそめる。
「そう。誰が最初かを問うのは、川の源を探すようなものホン。
祖師が残したのは血ではなく、“記録”の契り。
だからこそ、ツバネもタリクも――祖師の影を継ぐ者なのだホンホン」
タリクは言葉を詰まらせ、ツバネは胸の奥でその言葉を噛みしめていた。
「ヒントをくれ」カナメが目を細める。
「う、うむ。ヒントというか、祖師が出てくるお話があるホン。
キュリシア童話 第10巻『水龍の願いの物語』だホンホン」
「えええええ――!?!」
ホンホンは頭上に童話を掲げ、水鏡に影を浮かべた。
揺らめく影が形を変え――“祖師”の姿を映し出そうとしていた。
キュリシア童話 第10巻『水龍の願いの物語』
昔々、遥か川の奥深くに、水龍が眠っていました。
その龍は、水の流れを聴き、命の行方を知る力を持っていました。
ある日、川の小魚たちが苦しむのを見て、水龍は願いました。
「私の流れを守る者よ。どうか、水の記録を忘れさせず、命を守り続けてほしい」
水龍は大きな鱗をひとつ川底に沈めました。
「この鱗を見つける者には、流れの秘密を授けよう」と、龍は静かに囁きます。
やがて、川を旅する者たちが現れました。
小さな鮎、人間の子ども、そして目に見えぬ精霊たちも――それぞれが、水の流れに導かれていきます。
しかし水龍は告げました。
「命は時に囮となり、犠牲もある。しかし忘れるな。記録こそ、未来を選ぶ力なのだ」
そして水龍は、再び深い眠りに沈みました。
川の底に沈む鱗と、静かに流れる水の記録だけを残して――。
ホンホンが羽根を広げ、声を低めた。
「キミたちも気づいているホン?“祖師”とは――」
困惑してざわめく一同。
ツバネが険しい表情で前へ一歩踏み出す。
「答えろ、ホンホン。祖師とは……拙者たちの始まりとは、何だ?」
みなさま、今回も読んでくださってありがとうございます!
キュリシア童話には夢も真実も隠されています。
今回はその「真実」のほうに、少し触れることができました。
けれど、まだまだ謎は深まるばかり。
次回もまた、誰かの小さな冒険や、ちょっとした発見を一緒に覗きにいきましょう。
それでは、また水面のきらめきの向こうで――。




