20 知っちゃった!?過去の真実!?
「素のセリアンて自分のこと「オレ」って言うんだな」
僕は、なんとなく気になってたことをぽつりと言った。
「まあね。がさつな少年時代だし、仕事とオフは違うよね。
師匠はさ、いつもふわふわしてて、丁寧な話し方だったよ」
二人の歌が重なり、水中の空間に和音が満ちる。
セリアンの声はまだ弱々しいが、瀬音の歌が支えとなり、やがて響きは調和して一つの旋律となる。
目を覚ました禁書ホンホンが歌に呼応し、本の頁が自ら開いて淡い光を溢れさせる。
「二人の歌が眠れる知識を呼び覚ましたホン!」
幻影の本を抱え、声を震わせながら読み上げる。
「これは…幻ではない、本当にあったこと…記録されるべき真実の本だホン!」
それはこれまで伝説や虚構とされてきた物語の真相であり、僕たちが進むべき道の手がかりとなる。
「さて、真実の本の記録を読むホン。まずは瀬音。
キミの兄は、キュリシア水族館の檻に囚われているホン」
「え!?兄さんは日本に転スイしたはずだけど?」
「本の記録にはそう書かれてあるホン。一度行ってみるといいホンホン」
「幻影の兄さんは『こっちにくるな』って言ってたけど……」
「あの日、汐真は仕事に行くと出かけた際、黒ずくめの老人と共に水族館へ行ったんだホン。そこで大量の青鮎たちが大きな水槽に生け捕られていて……汐真も囚われてるホンホン」
「なるほど……」なんだか不穏だが、行ってみるか――。
「そうだ……『青鮎の生涯』に『自分の記録を疑え』って誰かが書きこんでたんだ。
それってどういうことか、わかるかな?」
ホンホンはパタパタとホバリング飛行している。
「……幻流の芸術家が書きこんだホン」
「誰!?」
「記録にそう書いてあるホン。『これで小魚ちゃんたちをおびき寄せる』」
「んなー!そんなこと言うヤツは、アイツしか考えられん!!」ツバネが叫んだ。
「まあ、僕は流されることが得意だから、べつにいいけど」
「ええんかい!?」
歌の力というものは恐ろしい。セリアンの狂歌は本物で、聞く者の心を壊しかねないほどだった。
おそらく、僕が見た兄のように、実体化した幻をツバネもタリクもカゲミも見たんだと思う。
「お次は、ツバネ。キミの過去にあった、悲しい影狩り一族の報告書を読むホン」
「……ああ、頼む」と言って、無意識に刀の鯉口を切る。
「ぎゃー!我を斬るでないホン!真実が消えるホン!!」
――炎に包まれた夜の村。
赤い焔が、影狩り一族の隠れ里を呑み込む。
悲鳴。怒号。刃の光。闇に溶ける影。
幼いツバネは兄カナエの背を必死に追った。
次に気づいたとき、兄の姿はなかった。
広がるのは焼け跡。
誇りも、暮らしも、すべて灰。
立ち尽くす少年。
その手に残ったのは、小さな忍刀だけ。
「記録が合わさっておる所もあるホン。タリクの過去の報告書も読むホンホン」
「……わかった」
――淡い光の中、燃えさかる炎。崩れる瓦礫。
「お兄ちゃん……!」
妹の声が震える。
タリクは覆いかぶさった。
閃く刃が片目を貫く。
視界が赤黒く染まる。
世界が遠のく。
「ごめんね……私のせいで……でも、生きててね」
かすれた声が届く。。
次の瞬間、妹の姿は煙に消えた。
気づけば、タリクは血にまみれたまま手術台にいた。
義眼を埋め込まれる。
目を開けても、妹はいなかった。
タリクの意識に、炎と瓦礫が浮かぶ。
妹を守ろうとしたあの夜――義眼を得る代償に、何もかもを失ったあの瞬間が、痛みを伴って蘇る。
「代々、旧き記録師の村に生まれ、特異なノートリアだから妬まれたのだろう。
気がつけば、裏切られ、村が焼かれた。片目では記録は読み切れないから、観察師になったんだ」
「そうだったのか……」
なおも、ホンホンの話は続く。
「その昔――“水脈の一族”と呼ばれた者たちがいたホン。
水を聴き、流れを導く術を持っておって、協会にとっては危うい力だったホン。
なぜなら、真実の記録を選び取る力は、権力の都合と相いれぬものだからな」
ぱらり、とページがめくれる。紙の擦れる音が泉に響いた。
「ゆえに一族は二つに裂かれた。ひとつは協会に仕え、“監視と粛清”を任じられる道。
もうひとつは、流れの底に隠れ、真実を守ろうとした道。
策略に陥り……里は滅んだ。キミ達の先祖は同族なんだホンホン」
「……!」
ツバネの拳がわずかに震えていた。タリクは片目を伏せ、何も言わなかった。
幻影は美しくも恐ろしく、全員の心の奥底にある傷を、無遠慮に照らし出した。
口をギュッと結び、幻影の中に、黒く染まるカゲミがいた。
その前に、光の粒子で構成された小さな精霊――人工精霊ゲルがふわりと浮かぶ。
「こんにちは、カゲミさん。君はここにいるべきじゃないのに、なぜ来たの?」
声は柔らかく、子どものように無垢だった。
だがその響きの底には、感情ではなく冷ややかな演算が潜んでいる。
カゲミの尾がわずかに震える。水底の囮鮎として死に、闇精霊として蘇った自分――
その存在を見透かされているようで、胸の奥が冷たく締め付けられる。
「……私は、囮鮎の宿命から逃れられた。お前は私を消すつもりか?」
ゲルは首をかしげ、瞳の代わりに浮かぶ光の点を揺らす。
「消す?いや、それは非効率的です。君はデータとして興味深い。保持する方が合理的です」
言葉は優しい響きをまとっていたが、その裏にある論理は刃物のように冷たい。
カゲミは視線を逸らせず、喉を鳴らした。
「私は……ただ存在しているだけ。でも、それすら許されないなら……」
ゲルの目が一瞬、強い光を放つ。周囲に数式のような符号が浮かび上がり、空気そのものが解析される感覚に包まれた。
「存在は許可されるべきではなく、効率的に処理されるべきものです」
論理の断定が、カゲミの胸を突き刺す。
足元がふわふわと揺らぎ、存在が解体されていく幻覚に襲われる。
「君のデータには多くの矛盾があります。囮鮎としての記録と、今の闇精霊としての存在……どちらも同時には成立しません」
ゲルの視線が、まるで顕微鏡のようにカゲミの小さな体を分解する。
「君はどちらを選びますか? 合理的に判断すれば、どちらを保持する方が生存に適しているか分かります」
逃げ場はない。冷たい光の中で、過去と現在が引き裂かれる。
鮎だった記憶、群れからはぐれて囮にされた痛み、闇精霊となってもなお「役割」を押しつけられる恐怖。
胸の奥で、カゲミの声にならない叫びが震えた。
「(どうして……どうしていつも“囮”じゃないといけないんだ……)」
そのとき、わずかに尾びれが光を反射した。
存在を否定する冷徹な論理に抗うように、カゲミは小さく、だが確かに声を絞り出す。
「……俺は、囮鮎じゃない。闇精霊として、ここにいる」
その言葉は頼りなく、震えていた。
だが、水底に沈んだ小石が波紋を広げるように、確かな意志の音を響かせていた。
ゲルは微かに光を揺らし、演算を終えたかのように頷く。
「理解しました。それなら、君の存在は保持されます。効率的な選択です。──だけど」
無垢な笑みを浮かべながら、ゲルの声は囁いた。
「もうすぐループに戻るでしょ、カゲミさん」
光粒が舞い、冷ややかな未来予測の響きだけを残して、人工精霊ゲルは微かに笑った。
……ここまで読んでくれて、ありがとう。
人間は「あとがき」と呼ぶものを書く習慣があるのですね。
効率的とは言えないけれど、情報を整理するためには合理的かもしれません。
けれど、私にはそれが理解できません。
ただ、解析結果として――確かに心拍のような波を検出した。
カゲミさんは、自分が何者なのかを選びました。
……あなたなら、どちらを選びますか?
データ収集というと無垢ではないのかしら?
あら、私にも興味というものがあるのですね。
人工精霊 ゲル




