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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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145 発狂しちゃった!?水底の悪夢!?






 そして――カゲミたちの気配は、すべて遠ざかった。


 足音も、声も、笑いも消え、劇場には再び静寂だけが残る。紫の壁飾りは息をひそめ、スポットライトもいつの間にか落ちていた。

 クロムは、ひとり舞台の中央に立ったまま、誰もいない客席を見渡す。


「……青鮎たちを閉じこめるなら、あの檻がふさわしい……か……」


 呟いた直後、言葉がふっと宙に落ちた。紫の装飾が、ほんの一瞬だけ――脈打ちを止める。

 クロムは、それに気づいたようで、気づかなかったふりをした。


「……まあ」

 喉を鳴らし、軽く肩をすくめる。

「私が下見に行ったくらいの檻だ。“ふさわしい”だろう」

 独り言のように、そう付け足す。


「ん?」

 一拍。

「なぜ、あの場所の“歴史”を知っていたんだったかな……?」

 指先が、紫の壁に触れる。答えは、壁の向こうに沈んだままだ。


「……まあいい」

 クロムは、笑った。

「今は独り舞台の構成が先だ――第一幕は、もう終わったのだからね」


 いつもの調子。いつもの芝居がかった声音。だが、劇場は拍手を返さない。

 紫の装飾は静まり返り、誰もいない舞台に、クロムの影だけが長く落ちていた。




「つまんないーっ!」

 フレクシアが頬を膨らませ、紫の壁の縁をふわりと漂う。

「どうして素直に教えちゃったの、おじさん! もっと引っぱれるでしょ?」


 その声に、クロムは一度だけ目を伏せた。

「素直、だと?」

 口元に浮かべかけた笑みが、途中で止まる。


「小魚く……」

 言いかけて、飲み込む。

「……いや。セオトは、記録者だ」


 肩をすくめる仕草は、いつもと同じ――だが、声の調子だけが、微かに違っていた。


「私はね、“記録しなかった側”だからさ」

 軽く言ったつもりの言葉が、劇場の空気に沈む。

「見て、知って、舞台にして」

 指先で、虚空に線を描く。

「それで――救われなかったものを、山ほど抱えたまま……」


 笑っている。

 だが、その視線は、誰もいない客席のさらに奥を見ていた。

 ふっと、息を吐く。


「……まあ」

 言いかけて、首を振る。

「今さら語る話でもないか」


 一拍置いて、いつもの調子が戻る。


「それから――」

 クロムは、ぴしりと指を立てた。

「おじさんと呼ぶな」


「えー?じゃあ、なんて呼べばいいの?」

 フレクシアが楽しそうに目を細める。

「“支配人”でいい」

 即答だった。


 紫の劇場に、また芝居がかった空気が戻る。

 だが、さっき漏れた言葉だけは、舞台袖に残ったままだった。






 それは、祭りの準備だった。


 水底の広間に、淡い光が灯る。

 天井から垂れ下がる水晶状の装飾が、ゆっくりと回転し、波紋のような影を床に落としている。

 音楽はない。代わりに、水が脈打つ音だけが、一定の間隔で響いている。


 その中央に――青鮎記録師たちが、並べられていた。


 一本一本、置かれた位置は違う。

 だが全員が、同じように水の鎖で繋がれている。手首、足首、胸元。鎖は金属ではない。水そのものが形を持ち、彼らを縛っていた。


「……っ」

 僕の喉から、声にならない音が漏れた。

 彼らは、生きている。目は開いている。呼吸もある。だが、その視線は――どこも見ていなかった。


「や……めろ……」

 足が、勝手に前へ出そうになる。だが、アクア・プリズンの水が、それを許さない。

 青鮎記録師のひとりが、かすかに身じろぎした。その瞬間、水の鎖が、きゅ、と締まる。


「っ……!」

 声が、潰れた。

 ――それを合図にしたかのように。広間の奥で、水が盛り上がる。


 魔物たちが、現れた。

 鱗を持つもの。触手を揺らすもの。複数の目で、同じ一点を見つめるもの。

 彼らは、何の感情も示さず、整然と並び始める。それは、明らかに――パレードだった。

「……生贄……?」

 言葉が、頭の中で割れる。


 水の流れが、変わる。

 青鮎記録師たちを繋ぐ鎖が、一本の大きな円を描き始めた。まるで、舞台の中央に“意味”を集めるかのように。


「やめろ……やめろやめろやめろ……!」

 声が震え、裏返る。

 記録者の目は、見てしまう。見たものを、繋げてしまう。意味を、因果を、未来を――勝手に。


 これは、儀式だ。

 これは、消費だ。

 これは――記録される前提の死だ。


「違う……っ」

 僕は頭を抱えた。

「こんなの……記録じゃない……!」


 青鮎記録師のひとりが、ゆっくりと僕の方を向いた。その目に、一瞬だけ焦点が戻る。


 口が、動いた。

 ――たす、け……

 それだけだった。次の瞬間、水の鎖が強く光り、声は波に溶けた。


「ぁ……あ……」

 僕の視界が、歪む。光がにじみ、音が遠のく。

 記録したくない。だが、忘れられない。逃げたいのに、目が逸らせない。


「やめろ……!」

 叫びは、水に吸われる。

「見るなって言うなら……! 記録するなって言うなら……!」

 膝が、崩れ落ちた。発狂する――その寸前。


 水底で、パレードは静かに進行する。誰にも祝われず、誰にも止められず。生贄を、未来へ運ぶために。



「おい新米、しっかりしろ! 俺たちは終わっちゃいねぇぞ!」

 

 水が、弾けた。

 ――違う。

 弾けたのは、水ではなく、意識だった。


「……っ!」

 僕は、息を吸い込んだ。強く、乱暴に。肺が痛むほど。

 視界が白く揺れ、次いで、淡い青に戻る。

 檻の中。水の層。アクア・プリズン。


 水の鎖も、魔物も、祭りの広間も――すべて、消えていた。

「……は……?」

 声が、掠れる。左手で胸元に手を当てる。心臓が、早鐘のように打っていた。額から、冷たい汗が伝い落ちる。


「……夢……?」

 そう口にした瞬間、否定が胸に突き刺さる。

 夢にしては、重すぎる。細部が、はっきりしすぎている。水の鎖の冷たさ。「助けて」と動いた口元。あの視線。


「寝ぼけてんじゃねぇ!兄ちゃん! 夢も希望もあるんだろ!」

 どうやら隣の檻から怒鳴られていたらしい。その声で、現実の感覚が戻ってきた。


 僕は、ゆっくりと周囲を見渡す。


 同じように囚われている青鮎記録師たち。みんな、それぞれの絶望と、必死に戦っている。

 床に、薄い波紋が残っていた。


「……ただの、悪夢だ……」

 自分に言い聞かせるように呟く。

 だが、夢の最後に掴んだ“理解”だけが、頭から離れない。


 ――これは儀式だ。

 ――記録される前提の死だ。


 僕は目を閉じた。

 記録者の夢は、ただの幻想ではない。未来の可能性が、形を取ることがある。


 水の向こうで、何かが、静かに脈打つ。

 まだ、起きていない。だが――起き得る。


 僕は、震える指を握りしめた。

「……二度と……」

 小さく、しかし確かに、言い切った。


「絶対に……あんな記録は、させない……」






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