143 どこいっちゃった!?クロム・リーフをさがせ!?
「クロム・リーフに会いに来た。支配人を呼んでくれ」
マモリが端的に答える。受付台の奥で帳簿を抱えていた若い劇場員は、はっとして顔を上げると、慌てて頭を下げた。
「い、いらっしゃいませ。ええと……本日は公演のご用件で?」
劇場は、昼間だというのに妙に静まり返っていた。本来なら人の出入りが絶えないはずのロビーには、足音だけがやけに大きく響く。
「……静かすぎない?」
エイミが小声で言い、天井を見上げた。
「開演前でも、もう少し気配があるホン」
ホンホンも耳を澄まし、周囲を見回す。
劇場員は一瞬、言葉に詰まった。
「……あの、その……数日前から、支配人が行方不明で……」
「行方不明ですって?」
エイミが聞き返す。
「はい。ここに住み着いていたのに、急に姿が見えなくなって……楽屋も、事務室も……」
視線が泳ぎ、声が次第に小さくなる。
「ファントムなんだから、浄化されたんじゃないのか?」
マモリが淡々と口にした。
――パキッ。
その瞬間、扉の上のほうで、乾いたラップ音が鳴った。
「……いまの」
エイミが息をのむ。
「これって……支配人が否定してるんじゃ?」
カゲミがぽつりと呟き、扉の上に視線を向ける。そこには、紫色のレリーフが、まるでこちらを見下ろすように刻まれていた。
「ホ、ホラーだホン!?」
ホンホンが思わず声を上げる。
劇場員は青ざめた顔で、小さくうなずいた。
「確かに……最近、レリーフや壁の装飾が、勝手に増殖していて……そのせいで公演も出来ず、現在は休館中なんです」
マモリは眉をひそめる。視線を向けると、エイミと目が合い、二人して苦笑した。
「……嫌な予感しかしない」
紫の装飾は、何も語らない。ただ、沈黙の中で、確かに“意思”だけが息づいているようだった。
ひやりと湿り気を帯びた気配が、肌にまとわりつく。壁、柱、天井――至るところに紫のモチーフが絡みつくように施され、曲線と渦が執拗に反復されている。
「……芸術的、と言えば……そうなのかもだけど」
エイミが言葉を選びながら、壁を見回した。マモリは無言のまま、床に伸びる模様を目で追った。それは装飾というより、広がり続けている痕跡のように見える。
カゲミは、ロビー奥――壁に据えられた、あの人物のレリーフから視線を離さなかった。
「……ホンホン。クロムって自己主張がくせつよだよな」
「正直言って、不気味なんだホン……」
ホンホンはそう言いながら、無意識にカゲミの後ろへ回る。紫のレリーフは、微動だにしない。だが、視線を向けているだけで、胸の奥がざわついた。
「まさかとは思うけどさ。……ここで、生きてる?」
「ギャーーだホン!?」
その瞬間、レリーフの口元に、ほんのわずかな影が落ちた――笑みの名残のような、歪み。
誰も、すぐには答えられなかった。ロビーに、説明のつかない沈黙が落ちる。
そして壁の奥から、かすかな、息遣いのような音が聞こえた気がした。
「あと……微弱だけど、闇の神殿の力も感じるんだ」
カゲミの声は低く、確信を帯びていた。紫の文様に視線を向けたまま、指先で空気をなぞる。
「わかるわよ、カゲミちゃん。水の力も混じってるわ」
エイミが静かにうなずく。その言葉に、ロビーの空気がわずかに揺れた。
「水のちから……ホン?」
ホンホンが不安そうに周囲を見回す。
「アクア・スパイラル……」
マモリが小さく呟く。
「それとつながってるってことか」
「闇と水が混ざってるなんて、普通じゃないホン……」
ホンホンの声が震える。
「セオトがどこにいるのか、知りたいだけなのに――」
カゲミは唇を噛み、歯痒さを押し殺すように拳を握った。本来なら、こんな場所で足止めを食う理由はない。
その瞬間――壁の奥から、低く抑えた笑い声のような響きが伝わってくる。
くぐもっていて、はっきりとは聞き取れない。だが、確かに“意志”を含んだ音だった。
まるで――気づかれるのを、最初から待っていたかのように。
「間違いない」
マモリが一歩前に出て、紫のレリーフを見据えた。
「クロム……でてこいよ」
誰も、それ以上近づけなかった。誰も、目を逸らすこともできなかった。
紫のレリーフは沈黙したまま、それでも確かに――こちらを見返している。
静まり返ったロビーで、 時間だけが、重く引き延ばされていった。




