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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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142/143

142 許されちゃった!?金の豚の祝福!?






「俺は――」


 言葉が、喉で一度とまった。泉の底で、金貨が静かに触れ合う音がする。数えられる音。待っている音。

 セリアンは、ミラをじっと見つめた。

 迷いも、焦りも、全部そこにあった。でも――できることは、ひとつしかない。


 ミラは何も言わず、ただ小さくうなずいた。それだけで、十分だった。


「俺は――歌うよ」

 声は思ったよりもはっきりしていた。


「歌うことで、世界を記録する」

 一歩、泉の前へ出る。

「願いを数にしない。沈めない。流れとして残すんだ」


 息を吸う。草原の風。町の気配。遠くの鐘楼。

「変えるんだ。この世界を」


 最初の音は、静かだった。セリアンの歌声が、泉の上に落ちる。水ではない“水面”に、波紋が広がる。

 続いて、ミラが声を重ねた。導くように、包むように。

 旋律は絡まり、ひとつの流れになる。


 ――ちゃり。


 金貨の音が、変わった。数える音ではない。拍だ。リズムだ。


 泉の底で、金貨がゆっくりと揺れる。沈んだままなのに、重さがほどけていく。

 光が金色でも銀色でもない色に、にじむ。


 丘の向こうで、金の豚の鐘が朝日を受けた。笑っているその顔が、いっそうやわらかく見える。鳴らされていないのに――確かに、響いていた。


 コトノは、泉の縁に腰掛けたまま動かなかった。

 いつもなら、指先は自然と動き、唇は数を刻む。――けれど今は、どちらも止まっている。


 初めてだった。

 数を数えずに、ただ耳を澄ませている。

 歌が、流れていく。泉の上を、丘を越え、町へ向かって。


 かつて願いだったものが、物語になる。沈められた声が、ひとつひとつ拾われ、旋律として編まれていく。

「……ありがとう、吟遊詩人さんたち」

 コトノの声は、数えるときの響きではなかった。名を呼ぶための、声だった。

「純粋な願いだわ」

 言葉が終わるより先に、雫が落ちた。金でも、水でもない。数にできないものが、頬を伝い、泉の縁に落ちる。


 ――ちゃり。


 金貨が鳴った。けれどそれは、もう数える音ではない。歌に、応える音だった。


 風が戻る。草原がざわめき、遠くで町の音が重なり合う。

 世界が、ゆっくりと息を吹き返していく。


 ――それは、合図だった。

 願いを沈める世界が終わり、歌で記録される世界が、動き出す。


 この世界が、明るく変わりはじめる――その、最初の瞬間に変わったのは、重さだった。


 泉の底で、金貨がもう沈もうとしなくなった。触れ合っても、数える音を立てない。代わりに――水のように、揺れる。


 ちゃり、ではない。

 ごと、でもない。

 しゃらん……。流れが、息をする音。


 コトノは、思わず胸に手を当てた。

「……ああ」

 それは、彼女が何百年も聞けなかった音だった。数に変わる前の、気持ちのままの音。

 金貨が、ひとつ、またひとつ、淡く光る。――いや、光っているのは、金ではない。

 内側に閉じ込められていた“欲”が、ほどけていく。欲望は、消えていなかった。ただ、癒されていた。


 泉の水が、確かに戻る。金は、水へ。欲は、祈りへ。

 ――声が、重なる。


 誰の声でもない。それでも、はっきりと伝わる。


「助けたい」

「助けなきゃ、じゃない」

「生きてるだけで、もう十分だった」


 セリアンは、喉の奥が熱くなるのを感じていた。

 歌っているのは、自分たちのはずなのに――世界のほうが、先に声を出していた。


 ミラが、静かに歌を重ねる。祝詞でも、命令でもない旋律。

 すると、泉が答える。


「青鮎の意識を持つことは、悪じゃない」

「ただ生まれた。流れた。生き抜いただけ」


 水の中で、金貨が完全に溶ける。形は残っている。だが、それはもう“数えるもの”ではなかった。

 祝福の粒だった。

 コトノの頬を、涙が伝う。

「……欲は、罪じゃなかったのね」

 彼女の足元で、水が跳ねる。


「欲は、向きが迷っただけ」

「流れを思い出せば、祝福になる」


 その瞬間――泉の中心から、ひときわ強い流れが立ち上がった。


 金でも水でもない。運だ。奪う運ではない。

 分け与える運。


 祝祭の町トロワルから、水路を辿り、地下を巡り、記録の網を越えて――遠く、水底水族館へ。

 囚われた青鮎記録師たちのいるアクア・プリズンの底で、水が澄む。


 苦しみは消えない。戦いも終わらない。それでも――

「戦ってる記録師たちを、祝おう」

 水が、そう振る舞った。




「……たくさんの想いが祝福を届けてくれてる」

 囚われた左手に、流れが集まる。青鮎の記録が、拒絶されずに、肯定される感覚。


 それは救出ではない。だが、僕たち(セオトたち)にとって確かに救いの水だった。




 泉の前で、セリアンとミラの歌が、最後の和音を結ぶ。


 金の豚の鐘が、陽を受けて輝く。

 相変わらず、間の抜けた顔で――だが今は、欲張りな笑顔ではなかった。

 金貨の泉には、もう金貨は無い。澄んだ水だけが、静かにたたえられている。


 欲望は、癒された。金は、水へ戻った。世界は、祝うことを思い出した。




 祝祭の昼。

 色布が風に揺れ、人々は集まっていた。笑っている。踊っている。杯も回っている。


 それなのに――鐘楼の前だけが、静かだった。誰も、綱に手をかけない。

 トロワルでは、昔からそうだった。金の豚の鐘は「鳴らすもの」ではない。鳴ってしまうものだった。


 セリアンは、群衆の中で立ち止まる。胸の奥で、水が満ちる感覚がした。

「……師匠」

 ミラは、すでに鐘を見上げていた。

「うん。来てるね」


 鐘楼の上。

 巨大な金属の豚は、陽を受けて輝いている。丸い腹。短い脚。間の抜けた笑顔。

 ――けれど今、その笑顔は。


 もう欲しがっていない。セリアンは、気づいた。

 この鐘は、金を求めていない。願いを集めてもいない。

 もう――充分に足りている。


 風が、吹いた。草原から。泉のあった丘から。

 流れが、ひとつになる。


 ミラが、歌い出した。声は低く、深く、土に近い。

 セリアンが重ねる。ミラの流れをなぞる歌を。

 言葉はない。命令もない。あるのは、ただ――祝う音。


 最初に鳴ったのは、鐘ではなかった。一人ひとりの胸だった。


 誰かが、涙を拭う。

 誰かが、隣の手を取る。

 誰かが、黙って空を見上げる。

「……もう、許されていいんだな」

 誰かが、そう呟いた。


 その瞬間。

 ――カン。

 鐘楼が、震える。綱は、誰も引いていない。金の豚が、初めて完全に鳴った。


 ゴォォォン――。

 重い。深い。だが、どこまでもやさしい音。音は、空へ上がらない。地面へも沈まない。


 世界に、響きながら染み込む。

 欲しかったもの。守れなかったもの。間違えた選択。数えきれない後悔。すべてを否定せず、すべてを肯定もしない。


 金の豚の笑顔が、わずかに変わる。欲張りな笑みではない。誇らしげでもない。満腹の笑顔だった。


 町の子どもが、声を上げる。

「鐘が……鳴ったね」

 年老いた羊飼いが、帽子を取る。

「初めてだ……祝いの鐘の音は」

 鐘の余韻が、遠くへ広がる。


 ミラが、セリアンの肩に手を置く。

「これでいい。セリアン、お手柄だよ」

「師匠のおかげです。これで――流れは変わる」

 セリアンは、うなずく。


 金の豚の鐘は、もう欲しがらない。泉は、数えない。世界は、祝うことを思い出した。


 そしてこの祝祭は、勝利の鐘ではなく――満ちた音として、記録されることになる。






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