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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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140 朝がきちゃった!?トロワルの祝祭の日!?






 (ね、ねむい……こんなことなら、鐘まで散歩しておけばよかった……)


 セリアンは、半分閉じた目のまま、ゆっくりと身を起こした。

 祝祭の朝がやってきた。窓の外は、もう明るい。朝の光がカーテン越しに差し込み、金色の埃を空中に浮かび上がらせている。丘を渡る風は冷たさを失い、どこか甘い匂いを運んできた。


 パンが焼ける匂いだ。

 それに混じって、人の声。笑い声。足音。町が、目を覚ましつつある。


「……もう朝……だと……」

 喉から、情けない声が漏れた。ソファの上で、身体をひねる。毛布はいつの間にか床に落ちていた。首も肩も、微妙に痛い。


「……うぅ……」

 ぼんやりと視線を上げると、ベッドの方はすでに空だった。

「……師匠?」

 返事はない。代わりに、部屋の隅から小さな物音がした。


 ちゃり。

 金属が触れ合う音。セリアンは、はっとして振り向く。

 机の上に置いたはずの鍵――スマイル豚が、朝の光を浴びて、やけに輝いていた。


 ……気のせい、か。そう思った瞬間。


「おはよう」

 背後から、すっきりとした声。

「うわっ!?」

 セリアンは思わず飛び上がった。振り返ると、ミラが戸口に立っていた。もう外出の支度を済ませている。髪はきちんと結われ、いつもより少しだけ、町の祝祭に溶け込む装いだ。


「し、師匠……早くないですか」

「祝祭の日はね、朝が勝負なんだよ」

 楽しげに言いながら、ミラは部屋を見渡す。

「ちゃんと寝られた?」

「……それ、聞きます?」

 セリアンは目をこすり、ため息をついた。


「鐘の音も聞こえなかったし、夢も見ないし……変な夜でした」

「ふふ。そういう夜ほど、あとで効いてくる」

「効いてくる?」

「記憶とか、流れとか」

 意味深な言い方だった。


 外では、すでに飾り付けが始まっている。色布が風にはためき、通りには花びらが撒かれていた。遠くから、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。


「今日は鐘が鳴る」

 ミラは窓を開ける。朝の風が、一気に部屋へ流れ込んだ。

「鳴れば、笑いと実りが来る日だ」


 セリアンは、無意識に胸に手を当てた。

 ……鳴る。あの鐘が。そして――泉も。


 理由はわからない。ただ、確信だけがあった。

「……行きましょう、師匠」

 思ったより、声はしっかり出た。

「うん」

 ミラはにっこり笑う。


「まずは朝ごはん。そのあと、町を一周だ」

「一周ですか?」

「祝祭の空気に、ちゃんと触れておかないとね」


 セリアンは立ち上がり、鍵をポケットに入れた。スマイル豚は、今朝も変わらず笑っている。だが、その重みは、昨日より少しだけ増した気がした。

 トロワルの朝は、もう動き出している。――笑いと実りの音が、鳴る前に。




 朝市は、にぎやかな音から始まっていた。

 鍋を叩く音。パンを切る音。笑い声と呼び声が、風に乗って交差する。


「焼きたてだよー!」

「風占いはどうだい、今日は大当たりさ!」

「鐘が鳴る前に、果実酒を一本どうだ!」


 通りに一歩足を踏み入れた瞬間、セリアンは目を見開いた。

「……すごい活気ですね。さすが祝祭の朝だ」

「でしょ」

 ミラは楽しそうに歩きながら言う。


「この町はね、祝祭の日になると“心配”を全部外に出すんだ。だから、音も匂いも、こんなに賑やかになる」

 露店には、色とりどりのパン、干し肉、蜂蜜漬けの果実、風車の形をした飾り物。子どもたちは豚の仮面をかぶり、走り回っている。

 ――どこもかしこも、笑顔だ。


 それなのに。


 セリアンの胸の奥では、水面がわずかに揺れていた。

「……ねえ、師匠」

「うん?」

「この町、元気なのに……静かじゃないですか」


 ミラは足を止め、セリアンを見る。

「いいところに気づいたね」

 そう言って、露店の一角を指さした。

 そこには、小さな木の台があり、古い鐘の欠片が布の上に並べられていた。売り物というより、供え物のようだ。


「この町の人たちはね、“全部は笑わない”」

「……?」

「笑えない日があったことを、忘れないために」

 その言葉が、胸に残る。


 遠くで、低く――


 ゴォン……。


 風に触れた鐘楼から、かすかな音が流れてきた。


「……今の」

「試し鳴らしだね」

 ミラは空を見上げる。

「行こう。鐘楼へ」




 鐘楼へ続く道は、町の中心からゆるやかな坂になっていた。

 丘を登るにつれ、音が変わる。市場の賑わいは背後に遠ざかり、代わりに風の音が前に出てくる。


 草をなでる音。布を揺らす音。そして、金属が呼吸するような、重たい気配。


「……でかっ」

 思わず、セリアンが呟く。鐘楼は、想像以上だった。


 石造りの塔の中央に、吊られた巨大な豚の鐘。金属でできたその姿は、陽を浴びて鈍く輝いている。丸い腹、短い脚、そして――確かに、笑っている顔。


「なんだこのブタ!?」

 思わず吹き出す。

「ははっ、そう来ると思った」

 ミラも笑う。


 だが、次の瞬間。


 ――ゴォン。

 空気が、震えた。


 鐘が鳴ったわけではない。ただ、風が鐘の縁を撫でただけ。それなのに、音は深く、長く、胸の奥まで届いた。


 セリアンは、息を呑む。笑えなくなった。

「……すごいな」

 隣を見ると、ミラの表情が、やわらかく緩んでいる。目を閉じ、音を受け止めるように。


「……音って、不思議ですね」

 セリアンは、静かに言った。

「水みたいに……心を洗ってくれる」

 ミラは、ゆっくりとうなずく。


 そのとき。


「そうさね」

 背後から、しゃがれた声。振り向くと、鐘楼の脇に腰掛けた老女がいた。手には、小さな鈴。


「この鐘はね、絶望した人の耳には“泣いてるように聞こえる”のさ」

「……泣いてる?」

「そうじゃ。じゃがな」


 老女は、にっと笑う。

「泣き声に聞こえるうちは、まだ大丈夫。何も聞こえなくなったら……それが一番怖い」


 セリアンは、無意識に鍵を握りしめていた。スマイル豚が、手の中で冷たい。


「……しっかり受け止めました。ありがとうございます」

 頭を下げると、老女はもう鐘を見上げていた。その背中が、やけに小さく見えた。




 鐘楼を離れ、丘の裏手へ回る。人の気配が、急に薄れる。


「……こっち、ですか」

「うん」

 ミラの声も、自然と低くなる。


 草を踏み分け、岩場を越え、風の音だけが残る場所へ。

 そこに――あった。円形の石組み。ひび割れた縁。水は、ない。

 だが、底には――きらり。

 朝の光を受け、いくつもの金貨が静かに横たわっていた。


「……金貨の泉」

 喉が、ひりつく。水音はしない。けれど、確かに“流れ”はあった。見えない水が、記憶の奥を撫でる。


「……呼ばれてる気がします」

 セリアンは、一歩、前へ出た。

「忘れたいのに……忘れられない。ここに、置いてきた記録がある」


 ミラは、止めなかった。ただ、少しだけ距離を取る。

「ここから先は、君の流れだ」


 風が吹いた。金貨が、わずかに音を立てる。その音は、鐘とも、水とも違う。

 ――数えられる音。


 記録されるはずのなかった、記録の始まり。トロワルの祝祭は、まだ始まったばかりだった。






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