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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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139 泊まっちゃった!?金の豚部屋!?






「食事の前に、部屋を見てこようよ」

 ミラが楽しげに言い、カウンターを指でとん、と叩いた。


「はいよ。二階の突き当たりだ。――『金の豚』の部屋」

 宿の親父は、にやりと笑って鍵を差し出す。

「いい鍵だろ? なくすんじゃねえぞ」


 受け取ったセリアンは、思わず手元を覗き込んだ。鍵の持ち手は、にこりと笑う豚の顔。丸みのある金色の意匠が、ずっしりと指に馴染む。


「……親父さん。この意匠は?」

「この町の職人さ」

 恰幅のいい腹を誇らしげに突き出し、親父は語る。

「鐘は代々伝わってきたもんだがな、伝統の鋳造所があってよ。そこの特注品だ。泊まるなら、ちっとは縁起を担がねえとな」


「なるほど……」

 セリアンは鍵を見つめ、なぜか胸の奥が小さくざわめくのを感じた。


 ――金の豚、か。

 二階の廊下を進むと、床板がきしりと鳴る。突き当たりの扉には、木彫りの豚がぶら下がっていた。やはり、笑っている。


「ここだね」

 ミラが鍵を回す。


 扉が開いた、その瞬間。


「……な、な、な……!?」

 思わず声が裏返る。


 部屋の中央に、堂々と鎮座していたのは―― ベッドが、ひとつ。


 一瞬の沈黙。 窓から差し込む夕陽が、金色の寝具をやけにまぶしく照らしていた。


「……あ」

 ミラが一拍置いて、くすっと笑う。

「相部屋って、こういう意味だったんだね」


 セリアンは、鍵を握ったまま固まっていた。スマイル豚が、やけに楽しそうに見えた。




「親父! ベッドがひとつなんだが!?」

 階下へ駆け下り、セリアンは思わず声を張り上げた。


「ガハハハ!」

 宿の親父は腹を揺らして豪快に笑う。

「悪ぃな! 祝祭前で満室なんだ。予備の寝具も全部使っちまってよ」

 大きな手をひらひらさせる。

「ひとつあれば、十分だろ?」


 ……。

 言葉が、喉の奥で詰まった。祝祭前、満室、予備なし。理屈はわかる。わかるが――


「よ、よくない!!」

 セリアンは真っ赤になって食い下がる。

「せめてソファでいいから! 俺、床でも――!」


「床ァ?」

 親父は目を丸くしてから、また笑った。

「はっはっは! この町じゃ、床寝は縁起が悪ぃんだ。明日は『希望の鐘』の日だぞ?」

「縁起……?」

「そうだ。寝床を分けると、運も割れちまうってな」


 セリアンは、がくりと肩を落とした。

「……そんな迷信まで……」


 その背後で、ミラは口元に手を当て、くすくすと笑いをこらえている。

「ふふ、大丈夫だよ。鐘が笑ってくれる町なんだし」


 セリアンは振り返り、弱々しく抗議した。

「師匠、笑ってる場合じゃ――」


「さ、夕飯が冷めるぞ!」

 親父の一声が、会話をばっさり切る。

「金の豚部屋は人気なんだ。ありがたく使いな!」

 逃げ場は、なかった。階段を上りながら、セリアンは思う。


 ――この町、やけに試練が多くないか?

 ポケットのスマイル豚の鍵が、からんと小さく鳴った。




 夕食を終え、二人は「金の豚」部屋へ戻った。


 木の床には、昼間のぬくもりがまだ残っている。窓を開けると、草原を渡ってきた風が、町の匂いと一緒に流れ込んだ。焼きたてのパン、乾いた木、どこか甘い果実酒の気配。


「……やっぱり、俺はソファでいいです」

 セリアンは、ほとんど反射的に言った。


「そう?」

 ミラは特に驚いた様子もなく、ベッドの端に腰を下ろす。

「じゃあ、毛布取ってくるね」


「い、いえ! 自分でやりますから!」

「ふふ、相変わらずだなぁ」

 (師匠……もう子供じゃないんだけど、俺!)


 宿の親父にからかわれながら毛布を一枚借り、部屋に戻ると、ミラはすでに静かな寝息を立てていた。

 ……思わず天を仰いで、小さくため息をつく。

「おやすみなさい……」


 灯りを落とすと、部屋は一気に夜に沈んだ。遠くで、風が丘を越える音がする。町は眠りにつきつつあった。

 ……はずだった。


 ――カァン……。


 微かに、金属が鳴った気がした。


 セリアンは、ぱちりと目を開ける。

 鐘楼の方角だ。はっきりした音ではない。試し打ちなのか、風に触れただけなのか、それとも――。


「……起きてる?」

 暗闇の向こうから、ミラの声。


「……はい。今、音が」

「うん。聞こえた」


 しばし、二人は言葉を交わさずに耳を澄ませた。だが、次の音は来ない。


「この町の鐘ね」

 ミラが、布団の中で小さく続ける。

「不思議なんだ。元気な人には、ただ賑やかに聞こえるのに……」

「……?」

「迷ってる人には、考えごとみたいに聞こえる」


 セリアンは、ソファに横になったまま、天井を見つめた。鐘の音が、水の波紋みたいに胸に広がっていた。


「……音って、不思議ですね」

「うん?」

「水みたいだ。形はないのに……残る」


 ミラは、くすっと笑った気配を滲ませる。

「吟遊詩人みたいなこと言うじゃないか」

「師匠のせいです」

「それは光栄」

 そのまま、言葉は途切れ、静寂が戻った。やがて、ミラの呼吸がゆっくりと整っていくのがわかる。

 (相変わらず、寝つきが良すぎ!)


 ――だが、セリアンは眠れなかった。



 窓の外。月明かりに照らされた丘の向こうを、無意識に探してしまう。


 金貨の泉。


 見えるはずもないのに、そこに“在る”気がした。水音はしない。金属音もない。それでも――呼ばれている。


 (……忘れたいのに)


 胸の奥で、何かが静かに数えられている。記録されていないはずの、記録。

 その夜、鐘は鳴らなかった。だがセリアンは確信していた。


 明日、あの泉は語りはじめる。そう思いながら、ようやく目を閉じる。


 トロワルの夜は、やさしく、そして逃がさない。






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