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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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138 行き先変更しちゃった!?金貨の泉へ!?






 村を出て草の香りを運ぶ風が、セリアンとミラをなでるように吹き抜けていた。

 ミラソムへ続く道の先を見つめていたセリアンは、ふっと足を止める。


「……師匠。ミラソムへ行くのは……カゲミに任せたいんです」


 振り返ると、ミラが穏やかな表情でこちらを見ていた。急かすでも、問い詰めるでもない。ただ、待つ目だ。


「行きたい場所があります」

 言葉を選びながら、セリアンは続けた。ミラの眉が、わずかに動く。

「どこだい?」


 一瞬、息を吸う。

「ルミアとフレクシアが持ち込んだ、“キュリシアの世界”で……俺がいた場所です」

 風が草を揺らし、ざわりと音を立てる。

「金貨の泉へ」


 その名を口にした瞬間、胸の奥に冷たい水が落ちた気がした。懐かしさでも、恐怖でもない。ただ、置き去りにしたままの何かが、確かにそこにある感覚。


「あそこに立った時の感覚……。忘れたいのに……忘れられないんです」

 声が、少しだけ揺れた。

「きっと、何かある。まだ、流れきっていない記録が……」

 ミラはすぐには答えなかった。代わりに、セリアンの横に並び、同じ方向を見つめる。


「そこに行かないと、俺は前に進めない気がするんです」



 沈黙。

 やがてミラは、小さく息を吐き、微笑んだ。

「いいね……あの泉、私も気になっていたよ。行こう。君の流れを、確かめに」

 軽く肩をすくめてから、優しく言う。

「トロワルの町だ。月祭りに当たると最高なんだ」

「最高?」

「ああ。『鳴れば、笑いと実りが来る』祝祭さ。トロワルには、毎月“希望”がある」

「それは……最高だ、師匠」


 こうして、セリアンとミラは進路を変える。

 金貨の泉は、まだ何も語らない。

 だが確かに――彼らを、待っていた。





――広大な風の草原地帯の北のはずれ。

 ゆるやかな丘に抱かれるように広がる町、トロワル。


 丘を越えた瞬間、風の匂いが変わった。乾いた草の香りに、焼き菓子と家畜の体温が混じる。


「懐かしいなあ。全然変わってないよ」

 ミラは周囲を見渡し、子どものように目を輝かせた。

「ね、早く鐘を見たいな!」

「そんなにすごいのか、その鐘……」

 セリアンが半信半疑で言うと、

「すごいよ。だって――」

 ミラは前を指さす。


 町の中心にそびえる鐘楼。そこには、金属でできた巨大な“豚”が吊られていた。


「……ぶ、豚?」

「そう。金の豚さ」


 丸みを帯びた体、どこかとぼけた顔。けれどその口元は、確かに笑っている。


「『希望の鐘』って呼ばれてるんだ」

 ミラは誇らしげに言った。


 鐘楼のまわりには食べ物の市場が広がり、焼きたてのパン、干し肉、果実酒の匂いが風に乗る。手作りの雑貨屋が軒を連ね、木彫りの風車や布細工が揺れていた。


「のんびりしてる町だな……」

「農民も羊飼いも、風を読む気象占い師もいるよ」

「気象占い師?」

「風向きと音で、明日の天気を当てるんだって」


 すれ違う人々は、誰もが穏やかな顔をしていた。笑い声が途切れることなく、町に流れている。


「ここではね」

 ミラが少し声を落とす。

「誰かが落ち込むと、こう言うんだよ」

「……?」

「『鐘を見に行こうか』って」


 セリアンは、思わず鐘楼を見上げた。


「昔、この町はとても貧しかったらしい」

 ミラは歩きながら語る。

「そんな時、“黄金の豚”が現れて、食べ物と笑顔を運んだって民話が残ってるんだ」


「ずいぶん、都合のいい話だな」

「ふふ、そうかもね。でも――」


 ミラは立ち止まり、鐘を見つめた。


「『鳴れば、笑いと実りが来る』って、みんな信じてる」

「信じてる、か」

「うん。だから毎月一度、町をあげて鐘を鳴らす祝祭があるんだ」


 風が吹き、鐘楼の金属がかすかに鳴った気がした。

 セリアンは、胸の奥がゆっくりとほどけていくのを感じる。


「……不思議だな」

「なにが?」

「まだ鳴ってないのに、もう少し楽になった」


 ミラは、優しく笑った。

「それがトロワルだよ」

 そして、そっと言葉を添える。

「絶望してる人の耳には、この鐘は“泣いてる”ように聞こえるらしいけどね」


 セリアンは、もう一度、金の豚を見上げた。笑っているようで、泣いているようでもある、その顔を。


 ――金貨の泉へ向かう前に、彼らはまず、この町の“音”に触れることになる。




 石畳を抜けた先、風車の影がゆらゆら揺れる通りに、木造二階建ての宿があった。看板には、丸みのある文字でこう書かれている。


――トロワル亭。


 扉を開けると、香ばしいシチューの匂いと、薪のはぜる音が迎えてくれた。


「いらっしゃい。旅の方かい?」


 恰幅のいい宿の主人が、帳場から顔を上げる。


「明日、月に一度の祝祭があるんだよ」

 にこにこと言いながら、帳面をぱらりとめくった。

「運がいいねぇ。……ただし」


 指が止まる。

「部屋は一つしか空いてなくてね。相部屋になるが、それでもいいかい?」

「……え」

 セリアンの心臓が、どくん、と音を立てた。

 相部屋。


 頭の中で、その言葉だけが反響する。


(ま、まずい……師匠と……?)

 喉が、ひくりと鳴る。ちらり、と横を見ると、ミラは状況を理解しているのかいないのか、暖炉の前で壁に掛けられた風見鶏の飾りを眺めていた。


「へえ、かわいいね。この宿」


 ……気づいていない。いや、気づいていて気にしていないのかもしれない。


「セリアン?」

 振り返ったミラが、首をかしげる。

「どうする?」


「え、あ、あの……」

 声が、思ったより裏返った。


 宿の主人は悪気なく、追い打ちをかける。

「若い旅人さんたちなら、まあ大丈夫だろう?」

「だ、大丈夫……?」


 胸の奥が、きゅっと縮む。だが、祝祭の日。他の宿は満室。選択肢はほぼない。

 セリアンは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「……お願いします」

 精一杯、平静を装って言う。


「はい、決まりだね!」

 主人は満足そうに頷いた。

「祝祭の夜は鐘もよく見える部屋だよ。きっと、いい夢が見られる」


 鍵を受け取る手が、わずかに震えた。


「大丈夫かい?」

 階段を上りながら、ミラがくすっと笑う。

「顔、真っ赤だよ」


「な、なってません!」

「ふふ。祝祭前夜って、誰でも落ち着かなくなるものさ」


 その言葉が、余計に心臓に悪い。


 ――トロワル亭。

 希望の鐘の町で、セリアンの心は、別の意味でも大きく鳴り始めていた。






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