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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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136 言えちゃった!?甘くとも僕の誇り!?






 檻の中に、重たい沈黙が落ちていた。水の気配すらないこの場所で、誰もが流れを失った魚みたいに、口を閉ざしている。


 その沈黙のただ中で、僕は囚われた記録師たちに告げた。膝が笑っているのが、自分でもわかる。


「……僕は、あきらめない」

 声は震えていた。強がりだと、笑われても仕方ない。自分でも、甘い考えだと思う。


「甘い考えかもしれない。でも……」

 檻の向こうにいる年老いた記録師たちを見る。長い時間を生き延び、流れを知り尽くした目。その視線が、胸に刺さる。


「今日を生きたことを、誇っていいと思える世界を……残したいんです」

 一瞬、誰かが息を呑む音がした。僕は拳を握りしめる。逃げないために。


「誇りが、直接助けにならなくてもいい」

 言葉を選ぶ余裕なんてなかった。胸の奥から、逆流するみたいに感情が溢れてくる。


「誇りを捨てたら……助かったとしても、それは“生きてる”って言えない」

 静まり返った檻の中で、僕の声だけが残る。誰も拍手しない。誰も同意しない。


 ――それでも。


 年老いた記録師の指先が、檻の影でわずかに止まった。水の流れをなぞるみたいだったその動きが、ほんの一瞬、揺らぐ。

 僕は、その小さな揺れを見逃さなかった。流れは、まだ消えていない。そう、信じられた。


「これが、僕の誓いだよ。ホンホン」

 胸元に視線を落とし、いつもの調子で声をかける。返事があるはずだった。ページをめくる音か、呆れたような相槌か。

 ――何もない。

「……あれ?」


 思わず、鎖に繋がれてない左手で胸元を探った。あるはずの重みが、ない。


「ホンホン?」


 呼びかけても、沈黙だけが返る。

「……え?……うそ……いつから?」




 そのころ――

 ホンホンとカゲミは、ミラソムの劇場を目指していた。


 石畳の道は緩やかに続き、遠くに尖塔の影が揺れている。だが、影の中を歩くはずのカゲミの足取りは、どこか不安定だった。


「ねえ、カゲミ」

 ホンホンが、ぱたぱたとページを揺らしながら声をかける。


「疲れたんじゃない? カゲミ。ちょっとチルしようホン!」

 いつもの軽い調子。けれど、その声に、カゲミはすぐに返事をしなかった。

 慣れない影占い。 流れを読む代わりに、無理やり影を引き寄せた反動が、まだ体に残っている。

 歩くたびに、影の輪郭がわずかに揺れ、震えが隠しきれない。


「……」


 ホンホンは、その変化を見逃さなかった。

 (いつものツンが出ない……やっぱり疲れてるんだホン)


「カゲミ?」

 少しだけ声の調子を落とす。

 カゲミは、影の縁に手をつき、立ち止まった。短く息を吐き、ぼそりと呟く。

「……そうだな」

 一瞬の沈黙。強がりを探す間もなく、素直な言葉が落ちた。


「休憩したい……かも」

 その言い方が、あまりにも小さくて、ホンホンは一瞬、ページをめくるのを忘れた。


「あそこ、屋根見えてるホン!チルできるとラッキーだホン!」


 カゲミは、しばらくその背中を見つめてから、小さく頷いた。

「……助かる」




 石畳の脇に、屋根付きの小さな休憩所があった。公園のベンチのような造りで、柱には蔦が絡み、風を避けるのにちょうどいい。

 ――いい具合に、休めそうだ。


「ここで休憩だホン!」

 ホンホンが先にふわりと滑り込み、ベンチの上でぴょこんと弾む。

 だが、近づいてみると、すでに先客がいた。


「あら」

 明るい声が、影の中に響く。

「旅人さんが来たわよ、守杜(マモ)


 声の主は、美人で、しかもどこか親しみやすい女性だった。陽だまりみたいな笑顔で振り向いた、その次の瞬間――


「あらあら? ホンホンちゃんじゃない!」

 ぱっと表情が輝く。

「久しぶり~!」


「えっ?」

 カゲミが驚くより先に、

「うわーい!!」

 ホンホンが、勢いよく宙に跳ねた。

「エイミさんとマモリさんだホン! 会いたかったホンホーン!!」


 ページをばさばささせながら、全身で喜びを表現する禁書。そのテンションの高さに、カゲミは思わず一歩引いた。

「……知り合い?」

「知り合いどころじゃないホン!」

 ホンホンは胸を張る……ように見えるページの反り。

 ベンチの奥に座っていた男性が、ゆっくりと立ち上がった。穏やかな眼差し。木立のように静かな佇まい。


「ホンホン……紹介してもらえるかな?」

 カゲミが、少しだけ困ったように言う。


「あっ、そうだったホン!」

 ホンホンはくるりと向き直る。

「こちら、瀬音のお父さんだホン!」


 男性が、軽く会釈をする。

森の記録師(サルト・ノートリア)守杜(マモリ)だ」

 続いて、先ほどの女性が一歩前に出る。

「私は瀬音の母、水巫女の詠水(エイミ)よ」


 その瞬間、詠水はカゲミを見て、ぱっと目を輝かせた。

「――あなたが、カゲミちゃんなのね!」

 距離を詰めるのが、やけに早い。

「オトちゃんから聞いてたわ! 影の子で、口は悪いけど根は優しくて……」


「ちょ、ちょっと!」

 カゲミが思わず声を上げる。

「会いたかったのよ~!」

 両手を広げて、にこにこと笑うエイミ。カゲミは一瞬たじろぎ、それから観念したように肩をすくめた。


「……どうも」


 短く返したカゲミの声に、マモリが小さく笑った。

「ここは休憩所だ。よかったら、一緒に休んでいくといい」


 その言葉を待っていたかのように、エイミが一歩近づく。

「カゲミちゃん、調子悪いんじゃない!?」

 覗き込むようにして、その手を取った。

「ほら、ここ座って。こんなに冷えて――」


 両手が包み込むように重なり、エイミは静かに癒しの力を流しはじめる。じんわりと、体の奥から温かさが広がっていった。

 張りつめていた影がゆるみ、歩き続けていた疲れが、ようやく表に出ていく。


「あ……ありがとう、エイミさん」

 思わず、素直な声がこぼれる。


「うんうん。無理してたでしょ」

 エイミはにこりと笑い、肩にそっと手を置いた。

「少し眠ったほうがいいかもね」


 ふと、背後の小鍋に視線を向けた。湯気がふわりと立ちのぼり、やさしい香りが屋根の下に広がっている。

「今、お湯わかしてたところなの。水巫女特製ハーブティ、どう?」


「……いただきます」

 カゲミがそう答えるより早く、胸元から弾んだ声が飛び出した。

「ありがとうホン!回復しちゃうホン!」


「ふふっ」

 エイミは楽しそうに笑って、両手を軽く振り上げる。

「疲れなんか――ワンッ、トゥ!アタッック!よ!!」


 言葉と一緒に、温かな気配がふわっと広がった。影に溜まっていた重さが、少しずつ溶けていく。

 屋根の下、並んだベンチの上。湯気の立つ香りと、人の気配。


 偶然の再会は、張りつめていた旅の疲れを、静かに、そして確かに溶かしていった。






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