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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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135 何も知らなかった!?甘ちゃんの僕!?






「記録師の誇りを……信じましょう」


 ざわめきの残る檻の中で、僕は仲間たちを見渡しながら言った。

 自分でも、少しだけ震えているのがわかる。それでも、言葉にしなければ、この場の流れに呑まれてしまいそうだった。


「……何も知らない甘ちゃんだな、兄ちゃん」


 返ってきたのは、低く乾いた声。怒りでも嘲りでもない。ただ、長い時間を水底で擦り減らした石のように、感情の起伏を失った響きだった。


「記録師の誇りって、何だ?」


 年老いた記録師は、こちらを見ようともしない。視線は檻の影の向こう、水のない水底をなぞっている。


「それで――」

 一拍、息を置く。

「それで、自分の命が助かるのか?」


 その言葉は刃ではなかった。けれど、だからこそ胸に沈む。反論の言葉が浮かぶ前に、重たい静けさが、檻の中を満たしていった。

 言葉が、胸に沈んだ。反論しようとして、喉の奥で止まる。この檻の中では、理想論はあまりにも軽い。


「青鮎の前世をもつ記録師――」

 男は、そこでようやく視線を上げた。

「俺たちが、生きてきた歴史さ」


 錆びた檻の影に、男の指先が伸びる。鉄格子をなぞるでもなく、影そのものを撫でるように、ゆっくりと。


 その仕草を見た瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。まるで、水の流れを確かめるみたいな動き。無意識に、流れの強さや向きを測る、魚の癖。


 ――あまりにも、自然で。

 ここが檻だということを、一瞬だけ忘れそうになるほど。


「川魚の中でも、ちょっと変わった前世だ。ただ流されるだけじゃない。変異した鮎――青鮎ってやつでな」

 男の声に合わせて、水のないはずの水底に、揺らぎが重なる気がした。速い流れ。冷たい石。陽にきらめく川面。僕の知らないはずの景色なのに、どこか懐かしい。


「知恵もつくし、生き残るコツも、頭じゃなくて体でわかっちまった。どこが危なくて、どこに餌があって、いつ逆らえば流れに勝てるか……」

 男は、ほんの少しだけ口角を上げた。

「だから俺たちは、何年も生きられた。普通の川魚なら、途中で消えてるはずの流れを、泳ぎきっちまったんだよ」


 誇らしさと同時に、疲れがにじむ声音。長く生きた、という言葉の重さが、檻の中に沈んでいく。


「……それが、狙われた理由でもあった」


 その一言で、胸の奥が冷えた。生き延びたこと自体が、罪みたいに。


 水底で、壊れかけの檻がきしりと鳴った。祝福だったはずの記録が、いつのまにか鎖に変わっていた。


「ここはな……今はこんなにさびれちまったが、水族館だった」


 男は錆びた鉄格子を軽く叩く。乾いた音が、水のない空間に虚しく響いた。

「アクア・プリズン。名目上は展示施設、実態は檻だ」

 薄暗い空間を見回すその目に、かつての光景が映っている気がした。


「俺たちは“鑑賞”されてたんだぜ」

 その言い方が、やけに静かで、余計につらい。

「珍しい前世を持つ記録師。長く生き、記憶を溜め込み、水と親和性の高い存在……ってな」


 割れた水槽の向こう。そこに立っていた“人の影”を、俺も想像してしまった。


「ガラス越しに見られて、『美しい』『貴重だ』なんて言葉を投げられてよ」

 男は鼻で笑った。

「だがな。見世物にされてる間、俺たちはここから一歩も出られなかった」


 沈黙。檻の中で重なる影が、当時の視線の重さをそのまま残しているみたいだった。


「流れの中で生き延びた魚が、最後は水槽の底で眺められるだけ――」

 低く落とされた声に、俺は思わず息を止める。


「皮肉な話だな」

 鉄格子の影が、男の頬を斜めに切り取った。

「俺たちのことが気に入らねえくせに」

 握りしめられた拳が、わずかに震える。

「命も、力も、記録も……搾り取ろうとしやがる」


 怒りを叩きつけるでもなく、ただ吐き出すように息をつくその姿が、余計に重かった。


「この先の水底でな……」

 男は視線を落とし、暗闇の奥を見据える。

「魔物どもが“オラクルパレード”を開く」


 その言葉で、檻の中の空気が一段冷えたのがわかった。


「予言と祝祭の名を借りた、儀式だ」

 年老いた記録師は、淡々と告げた。

「選ばれるのは、いつも同じ」


 一拍。

 水音すら、止まった気がした。


「青鮎は――生贄だ」

 誰かが、息を呑む。水のない水底で、流れを知る者たちの沈黙だけが、重く沈んでいく。


「……魔物の、いけにえ……そんな……」

 思わず零れた声は、檻に吸われて消えた。


「兄ちゃん」

 隣の檻から、くぐもった声が返る。

「知らなかったのか。おめでたい鮎だ」

 笑っているようで、笑っていない声音。諦めと皮肉が、絡み合った響き。


 ――その瞬間。胸の奥で、何かが静かに、逆流しはじめていた。


 流れに身を任せてきたはずの心が、初めて、はっきりと抗いを覚えた。






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