134 占っちゃった!?セオトの行方!?
「……なんで消えたんだよ!」
メリフル村の水路の前で、カゲミは立ち尽くしていた。あの黒魔法陣がセオトを――。思い出すだけで、胸の奥がざらつく。
影の感覚が、掴めない。いつもなら、すぐそばにあるはずの“記録の揺れ”が、どこにもない。
「オレのこと心配するより……」
唇を噛みしめ、吐き捨てる。
「さらわれるなら、自分だろっつーの……!」
カゲミは、深く息を吸い、静かに目を閉じた。身体が水の揺らぎとは別の“影”へと沈んでいく。水路に差し込む淡い光が、足元で歪み、重なり、やがて一つの濃い影を結んだ。
「……セオト」
呼ぶ声は小さい。けれど、確かに“影”へ届く声だった。
闇巫女にしかできない占い。人を視るのではない。存在の痕跡そのものを辿る術。
「オレは闇巫女なんだ!……できるに決まってるでしょ!」
震えを押し殺し、言い切る。カゲミは、セオトの影を占った。
水底に沈んだような影が、ゆっくりと揺れ動く。そこに映るのは、場所でも未来でもない。
――“今、どこに繋がっているか”という流れ。
「……生きてる」
きっぱりと、カゲミは言った。
「消されてない。封じられてるだけ……しかも、ここじゃない。……どこ、行っちゃったんだよ」
その時。
足元の影が、異様に歪んだ。
『――干渉確認』
低く、感情のない声。
「……来たな」
カゲミは、歯を食いしばる。
「試練ってやつ?」
影が、刃のように伸びる。これは、戦いじゃない。選別だ。
『同行者。観測対象外』
「……っ!」
影が、絡め取られる。引き裂かれるような痛みが走る――それでも、カゲミは笑った。
「はは……甘いんだよ」
影は、刃でもあるが――逃げ道でもある。
「セオトを一人にするわけ、ないだろ」
影が、裂ける。
引き裂かれるような痛みと引き換えに、カゲミは拘束を抜けた。地面へと転がり、肩で息をする。視界が一瞬白く弾け、それから、ゆっくりと世界が戻ってきた。
「……っ、はぁ……はぁ……」
荒い呼吸を整えながら、カゲミは空を見上げる。揺れる水面の光が、木々の間からちらちらと差し込んでいた。
――そのとき。
視界の端で、何かが揺れた。
枝に、引っかかっている。見覚えのある、分厚い一冊。
「……え?」
カゲミは立ち上がり、ふらつく足で近づいた。それは、セオトがいつも胸元に入れていた禁書――ホンホンだった。
「……こんなとこに……」
そっと手に取る。水を含んでもいない。破れてもいない。まるで、「ここにいる」と知らせるために残されたみたいだった。
胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「なぁ、ホンホン」
カゲミは、静かに問いかける。
「セオトが……どこにいるか、わかるか……?」
一瞬の間。
次の瞬間、禁書が小さく震えた。
「ホンホンに、まかせるホーン!」
思わず、カゲミは息を呑んだ。
「……ほんとだな」
口元が、わずかに緩む。
「頼むぞ」
ホンホンをぎゅっと抱え、空を仰ぐ。まだ見えない流れの向こうに、確かに繋がりを感じた。
「……待ってろよ。絶対、見つけるから」
影が、足元で静かに伸びる。
「じゃ今すぐ出発するホンホーン!」
禁書ホンホンが、ぴょこんと跳ねる。
その声は、水路に吸われることなく、まっすぐ前へと飛んでいった。
――そして。
「……って、どこ行けばいいんだ?」
勢いよく村を飛び出したはいいものの、肝心の行き先を聞いていなかったことに気づき、カゲミは立ち止まる。 影だけが、先へ先へと伸びたがっている。
「劇場にいるクロム支配人に聞くホン!」
ホンホンが即答する。
「水底水族館のアクア・プリズンのこと、あいつなら知ってるホン!」
「……は?」
カゲミは目を見開いた。
「アクア・プリズン……?」
一拍置いて、眉をひそめる。
「たしか、廃墟だって話じゃなかったか?」
「廃墟だからこそ、使われてるホン」
ホンホンは、どこか含みを持たせた声で続ける。
「魔法陣で人間を攫うなら、人目につかなくて都合がいいホンからね」
カゲミは、ぎゅっと拳を握った。
「……なるほどな」
足元で、影が再び動き出す。迷いを捨てた意思をなぞるように、地面を這った。
「だったら行くしかないだろ」
「……あ!」
ホンホンが思い出したように声を上げる。
「萬介くんが、セリアンかツバネに伝えたほうがいいって言ってるホン」
一瞬だけ間を置き、
「でも急いでるから、萬介くんに任せとくホン!」
「いいぞ、ホンホン!」
カゲミは即座に応じた。
「今は、止まらねえ!」
行き先は決まった。理由も、迷いも、もう背後に置いてきた。
――劇場へ。セオトへと続く流れを、必ず掴むために。
あのときのことは、ホンホン、よーく覚えてるホン。
水路の歪み。
黒くて、イヤ〜な魔法陣。
記録がギリギリ削られる、あの感じ。
「これはダメなやつホン!」
セオトの胸元で、ホンホンはビリビリしたホン。
このままじゃ、セオトごと、ぜんぶ持ってかれるホン!
だから――
考えるより先に、飛び出したホン。
「とりあえず離れるホン!!」
……でも。
風が強かったホン。
魔法陣も、ぐわーってしてたホン。
思ったより、世界は回ってたホン。
「うわぁぁぁホン!?」
びょーん、って飛んで、
ばさっ、って落ちて、
ぐにっ、って――
「……あ」
木の枝に、ひっかかってたホン。
セオトは、いなくなってたホン。
黒い光も、もうなかったホン。
「……やっちゃったホン?」




