133 繋がれちゃった!?アクア・プリズンの檻の中!?
冷たい。
最初に感じたのは、肌にまとわりつく水の気配だった。目を開けると、視界は青く歪んでいる。天井も、壁も、揺らいで見えた。
「……ここは……どこ?」
自分の声が、水に吸われて遠くへ溶けていく。
「アクア・プリズンだ」
低い声が返ってきた。驚いて視線を巡らせると、僕は檻の中にいた。透明な水膜に囲まれ、足元から淡い光が立ち上っている。
手首と足首に、重い感触。見下ろせば、魔力を封じる鎖が絡みついていた。
「……っ」
力を込めても、びくともしない。水の気配は濃いのに、喉は乾いたままだった。
「目、覚めたか」
声のした方を見る。
檻と檻の間。水越しに、別の人影が見えた。その向こうにも、さらにいくつもの檻が浮かんでいる。
「ここにいるのは、全員記録師だ」
別の声が続いた。
「封印に関わった連中ばかりだよ」
胸の奥が、ひやりと冷える。
「……そんなに?」
「多いさ」
誰かが苦笑する気配がした。
「しかも、別々に捕まえられたはずなのにな」
水音が、静かに反響する。
改めて見渡す。檻の中には年若い者も、経験を積んだ者もいた。皆、同じ鎖に縛られ、同じ場所に集められている。
「偶然じゃない……」
僕の呟きに、最初の声が重く応えた。
「だろうな」
最初に答えた声が、重く言った。
「ここは、記録師を閉じ込めるための牢獄だ。特に――」
一拍、間が空く。
「水と、流れに縁のあるやつをな」
言葉の意味が、ゆっくりと胸に沈んでいく。
――失敗した。
誰かを救うつもりで踏み出して、結果として、捕まったのは自分だった。
「……情けないな」
声に出すと、水に吸われて消える。ただ、水音だけが遠くで反響していた。
そのとき、不意に――脳裏に浮かぶ。
僕は、青鮎だった。
理由はわからない。記憶でも、夢でもない。ただ、確信だけがそこにあった。
あの頃は、必死だった。流れに抗う術もなく、押し流されながら、それでも生きていた。
冷たい水。速すぎる流れ。一瞬の油断が、死につながる世界。
考える余裕なんてなかった。生きることが、すべてだった。
――それでも。
あの流れの中で、僕は一日一日を、確かに使っていた気がする。
「……今は、どうだろうな」
僕は、鎖に繋がれた手を見つめる。動かない。抗えない。なのに、時間だけは、静かに過ぎていく。
安全だと信じていた世界で、「明日が来る」ことを疑わずにいた自分。
あの頃より、この一日を、大切に過ごしているだろうか。
流されるままに必死だったあの時より、ちゃんと、息をして、生きているだろうか。
檻の中で、答えは出ない。
けれど――。
水音の奥で、かすかに流れを感じた。止まっているように見える場所にも、流れはある。
「……まだ、終わってないか」
小さく呟く。
それは希望とも、諦めともつかない、かすかな声だった。
鎖は外れない。檻も、開かない。それでも、僕は目を閉じる。
今日という流れを、もう一度、渡るために。
そのとき。
「まただ……!」
震えた声が、水の向こうから響いた。
「前も、青鮎の魂を持つ記録師は囚われの身になったんだ!なんで俺たちばかり狙われるんだよ!」
隣の檻。年若い記録師が、鎖を掴み必死に叫んでいる。
「このままじゃ……今度こそ、力を全部奪われるんじゃ……!」
「落ち着け!」
別の檻から、低い声が飛んだ。
「叫んでも、記録に拾われるだけだ!」
「そんな……じゃあ、どうすればいいんだよ!」
水の牢獄に、不安が伝染していく。呼吸が乱れ、鎖が鳴り、恐怖が音になる。
僕は、ゆっくりと顔を上げた。
「……汐真兄さんとカナエさんが助けた檻ってここだったのか」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「汐真さん……協会長の弟なのか!?」
ざわめきが走る。
「僕たちは、誰かの仕組んだ策略に、まんまと嵌りました」
静かに、言葉を選ぶ。
「兄が助けに来ることは……ないでしょう」
「どういうことだ!?」
苛立った声が返る。
「その言い方だと、協会長が図ったみたいじゃないか!」
「いえ……兄の仕業ではないと思っています」
はっきりと、否定する。
「ですが、記録師に詳しくなければ、こんな罠は張れない。それも、確かです」
一拍、間を置く。
「僕は失敗して、ここに囚われました。けれど――」
鎖の感触を、確かめるように指を動かす。
「流れは、止まっていない。ここにいるということは……まだ、使われる余地がある」
「使われる……?」
「力を奪うだけなら、閉じ込める必要はありません」
一瞬、沈黙が落ちた。水音だけが、静かに耳を満たす。
「……じゃあ」
誰かが、恐る恐る口を開く。
「抜け出すチャンスがあるって、言うのか?」
僕は、少しだけ考えてから答えた。
「わかりません。でも――」
鎖の冷たさを、確かめるように握る。
「流れの中にいる限り、選べる瞬間はあります。それを、無駄にしなければ」
水の向こうで、誰かが息を呑む音がした。恐怖は消えない。檻も、鎖も、現実だ。
それでも。
青鮎だった頃の僕は、何も考えられなくても、流れの中で生きていた。
(だったら――流れに任せて生き残ってみせる)
「ここに捕えられても、世界はまだ僕たちを必要としている」
僕は、檻の中の仲間たちに向けて言った。
「記録師の誇りを……信じましょう」
(カゲミ、無事でいてくれ――)
水音が、微かに揺れた。それは、まだ見えない未来へ続く、かすかな合図のようだった。




