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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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132 捕縛されちゃった!?青鮎の記録師たち!?






 その頃、僕は眠れずにいた。村の外れで、一人、水路を見つめている。

 ――止めてしまった流れ。自分の判断が、残した結果。


「……正しかったのに」

 声にすると、ひどく空虚だった。

 正しかった。けれど、足りなかった。

 世界は、教えよりも広く、村は、理論よりも生きている。


 背後で、足音がして、思考が止まった。


「……セオト」

 振り返ると、カゲミがいた。いたわるような声音だ。

「今日はさ、もう十分だよ」

 責めるでもなく、慰めるでもない。ただ、隣に立つ声だった。


「失敗したってことはさ。ちゃんと、選んだってことだから」


 すぐに声が出なかった。胸の奥で言葉がまとまってから、僕は口を開いた。


「……次は、止めない」

「うん」


「ノートリアに正解はないのかもしれない。流れごと、考えるよ」

 カゲミは、小さく笑った。

「そう、それでいいよ。前を向こうぜ、セオト。きっとうまくいくから」


 夜の水路に、かすかな音が戻る。誰も気づかないほど、小さな流れ。

 だが――。この失敗は、確かに未来へと続いていた。




 夜更け。


 村長の執務室に灯されたランプの明かりが、机の上の地図を照らしていた。外では、水を運ぶ足音がまだ途切れない。

 ツバネは腕を組み、地図を見下ろしている。そこに、タリクが静かに腰を下ろした。


「……セオトの件か」

 先に口を開いたのは、タリクだった。

「お前は見てなかったんだろう。止めた流れも、村の空気も」


 ツバネは、短く息を吐く。

「ああ。そこを突かれた。あの封印は拙が見ても……」

 言葉が途切れる。責める言葉も、慰める言葉も、意味を持たない沈黙だった。


「――正しい判断だった」

 ツバネが、ぽつりと言う。

「教えに従えばな」


 タリクは、地図の上に指を置いた。

「だが、村は教本じゃない。水は、理屈で流れてるわけじゃない」

「わかってる」


 ツバネの声は低い。

「……お主も気をつけるんだ。狙われてるのは、セオトだけじゃない」

 タリクは、わずかに目を細めた。

「そうか……記録師そのものが、ターゲットか……」


「……ああ。あの時に拙が対処していれば、罠にかかっていたのは拙だ」

 ツバネは、ゆっくりと視線を上げる。


「セオトは、責任を引き受けた。逃げなかった。それは、強さだ。……同時に、危うさでもある」

 タリクは、低く唸る。

「メリフル村に何が起こっているんだ……」



 ツバネが、地図の端を指で叩いた。

「……ラグ・ノートリア村。歪みの起点は、この方角だ。そんな偶然があるか?……罠だろう」

「なるほど。お前とワイをセオトから引き離す罠か。ありえるな」

 タリクは、拳を握る。


「拙は、村を立て直す。信頼が崩れきる前に」

 そして、低く付け加えた。

「セオトが戻れる場所を、残す」


 タリクは立ち上がる。ランプの炎が揺れた。

「よっしゃ。罠だとしても……ワイは動く。ラグ・ノートリア村を守る!」

 

 二人は、地図を挟んで向かい合う。

「間に合うと思うか?」

「間に合わせる」

 守るために。流れを、取り戻すために。




 次の日の朝。


 空は、驚くほど澄んでいた。昨夜の不安が嘘のように、やさしい光が村を包んでいる。


 僕は、歪みの残る水路へ向かった。カゲミは、じっと黙って隣を歩いている。


「……まだ、だね」


 歪みは、直っていなかった。封じられたままの水路。止まった流れ。村は、まだ息を詰めたままだ。


 (今日は、流れを“ほどく”)


 昨夜、決めたことだった。止めない。切らない。流れごと、考える。


 その瞬間だった。


 ――声が、した。


『――確認完了』


 低く、響く。水の底からでも、空の向こうからでもない。記録そのものが、喋ったような声。


「……なに? この声」


 背筋が、凍る。僕の足元の地面に、黒い光が走った。歪みの中心から、円環が広がる。


 ――黒き魔法陣。

 水でも、土でもない。記録を削るための、冷たい文様。


「カゲミ、離れて――!」

 言い終わる前に、魔法陣が完成する。


『対象確認』

 文字が浮かび上がった。


『――青鮎の前世を持つ記録師』

 胸が強く締めつけられた。

「……まさか」


『捕縛命令――発動』


 魔法陣が回転する。


「やめろ!!」


 叫んだ瞬間、足が地面に縫い止められた。水の記憶が逆流する。


 ――流される感覚。


 息が、できない。

 脳裏に、よぎる。


 川。

 冷たい流れ。

 必死に泳いだ、あの頃。

 (……ああ。僕は、青鮎だった)


 抗うより早く、世界が裏返る。


「セオト――!!」

 カゲミの声が、遠ざかる。黒い光が、視界を覆った。


 ――次の瞬間。

 僕は、歪みの前から消えていた。




 同時刻。


 キュリシア各地で、異変が起こる。


 封印を行った記録師たち。歪みの前に立っていた者。流れを止めた者。


 ――一斉に、姿を消した。


「え……?」

「人が……消えた……?」

「今、ここに……!」


 残されたのは、封じられた歪みと、動かない水と、説明のつかない空白だけ。




「セオトが消えただと!?」

 報せを受けて、駆けつけたツバネだった。


 いつもなら、耳の奥に残るはずの水の気配がない。

 流れのない水路は、ただの溝のように冷たく、村の朝は異様なほど静かだった。


 歪みの前に、人々は立ち尽くしている。誰も声を出さない。出せない。

 さっきまで、ここにいたはずの存在が――消えた。


「……セオトは?」

 村人に問うが返事はない。

「カゲミがいたはずだ。影巫女はどこへ?」

「影巫女さまはノートリアさまを探しに行かれた……」


 黒い魔法陣は、すでに跡形もなく消えていた。

 残っているのは、歪みと、止まった水と、説明のつかない空白だけ。


 そのとき。


 ――声が、割り込んだ。


『さあ』


 どこからともなく。

 上でも、下でもない。

 村そのものの内側に、直接落とされる声。


『世界は、堕ちた』


 空気が、ひりつく。誰かが息を呑む音だけが、やけに大きく響いた。


『新たな、はじまりだ』


 その声には、怒りも、歓喜もない。ただ、結果を読み上げるような冷たさがあった。


「……誰だ」


 ツバネが、歯を食いしばって呟く。剣に手をかけながら、歪みを睨む。


『名乗る必要はない』


 声は、淡々と続く。


『選ばれた記録は、すでに回収された。流れを止めた者は、役目を終えた』


 村人の中から、嗚咽が漏れる。

「……返せ」

「返してくれ……!」


 だが、声はそれすら記録するかのように、平坦だった。


『嘆きは無効。抵抗は、未定義』


 歪みが、わずかに脈打つ。止まった水路の底で、黒い影が揺れた。


『ここからは、試行段階に入る』


 その言葉に、ツバネの背筋が強張る。

「……試行、だと」


『失敗は、想定内。犠牲は、計測可能』

 まるで、世界を実験台にする宣言だった。


『さあ、世界は堕ちた』

 声が、最後にふたたび響く。

『新たな、はじまりだ』


 次の瞬間、声は途切れた。

 あとに残ったのは、瀬音を失った村と、戻らない流れと、取り残された人々の呼吸だけ。


 ツバネは、拳を握りしめる。

「……必ず、取り戻す」


 それは、誰に向けた言葉でもなかった。だが確かに、歪みの向こうへと投げられた誓いだった。

 静寂の中で、メリフル村は、音のない朝を迎えていた。






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