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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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130 消えちゃった!?メリフル村の名前!?






 ツバネは、立ち尽くしていた。

 村は救われた。皆の声も戻り、混乱はあれど、確かに“生きている”状態へ戻っている。


 ――それでも。


 (村長として……俺は、守れなかった)


 胸の奥に、鈍い痛みが残っている。

 異変に最初に気づいたのはセオトたちだった。自分は、村長としてそこにいただけで、何も決められなかった。

 拳を、ぎゅっと握る。

 そして、もうひとつの可能性が、頭から離れない。


(……兄さんの、策略だったとしたら)


 あのやり方。誰も傷つけず、誰も悲しまないように見せかけて、選択そのものを奪うやり口。思い出したくないほど、兄の考え方に似ていた。


「……くそ」


 小さく、吐き捨てる。村を守りたかった。兄を疑いたくなかった。どちらも本音だ。


 けれど――。

「迷ってる場合じゃない、か」


 ツバネは顔を上げる。村長として。弟として。

 そして、セオトの隣に立つ者として。


 選ばなければならない時が、もう来ている。そのことを、はっきりと自覚していた。




「村長! なんて顔してんだ!」

 畑仕事帰りの男が、少し乱暴なくらいの声で笑った。


「先のことなんかわからしねぇんだよ」

「村が助かった。それだけで、十分じゃねぇか」


 その声に呼応するように、周りの村人たちがうなずく。


「そうそう。難しいことは記録師さんたちに任せりゃいい」

「村長は、ここにいてくれりゃそれでいいんだ」


 責める声は、ひとつもなかった。あるのは、肩の力が抜けたような、素朴で不器用な優しさだけ。


 ツバネは、思わず目を伏せる。胸の奥に溜まっていたものが、じわりと滲んだ。


 (……守れなかった、なんて)

 (俺が決めることじゃなかったのかもしれないな)


「拙も、記録師なんだがな」


 ぽつりと零れた独り言は、誰に向けたものでもない。

 それでも、不思議と胸に引っかからず、静かに落ちていった。


 村人たちの声が、背中越しに届く。

 責めるでもなく、持ち上げるでもなく、ただそこにある生活の音。


 ――ああ。

 みんな、ちゃんと生きている。


 そう思った瞬間、口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


 顔を上げると、そこには、いつも通りの村があった。

 泣いて、笑って、怒って――それでも前へ進もうとする人たち。


「……ありがとう」


 短い言葉だった。

 けれど、その声は、さっきまでよりも、わずかに軽くなっていた。




「……相変わらず甘いな。弟よ」


 低く、乾いた声が、影の奥から零れ落ちた。


 夕暮れの光が届かない建物の裏。そこに、黒服に身を包んだ男が立っている。風に揺れる外套は、まるで闇そのものをまとっているかのようだった。


 男は、こちらを見ていない。それでも確かに――“弟”と呼んだ。


「選ばせたつもりか。委ねたつもりか」

 口元だけが、わずかに歪む。

「だがな。世界は、そんなに優しくできていない」


 影が、ゆっくりと男の足元に溶け込む。そこに残ったのは、嘲笑とも諦観ともつかない気配だけだった。

 ――それが、次の一手の予告だと、まだ誰も気づいていなかった。




「メリフル村か……ここは、いいところだな」


 丘の上で、ルミアはそう呟いた。風が髪を揺らし、外套の裾を静かに鳴らす。


 眼下にはメリフル村。

 さっきまでの騒ぎが嘘のように、人の声が戻り、生活の音がゆっくりと重なっていく。

 畑を見回る者、家の前で言葉を交わす者、泣きながらも歩き出す者。


 混乱も、不安も、きっとこれからだ。それでも――村は、ちゃんと息をしている。


「完璧じゃない。先も見えない……でも、だからいい」

 誰に言うでもなく、ルミアは続けた。


 壊れかけて、戻ってきて。

 選ばされず、選び直した場所。


 丘の上から見下ろすその村を、ルミアはしばらく黙って見つめていた。




「――大変だホン!」

 ホンホンの声が、空気を切り裂いた。


「地図から……メリフル村の名前が、消えたホン!」


「どういうこと!?」

 反射的に声が出る。僕は慌ててノートを開き、いつものように記そうとした。


 ――メリフル村。

 そう書いた、はずだった。


 けれど、インクが定着しない。文字の輪郭が揺れ、にじみ、まるで水に溶けるみたいに崩れていく。


「……書けない?」

 喉の奥が、ひやりと冷えた。


 ページの上には、意味を失った線だけが残る。

 地図からも、記録からも――村が、滑り落ちていく感覚。


「これは……“消された”んじゃないホン」

 ホンホンが、震える声で言う。

「“まだ、確定してない”んだホン」


 僕はノートを握りしめる。

 助けたはずの村が、世界に定着していない。選び直したはずの未来が、まだ名前を持てずにいる。


 ――試練は、終わっていなかった。



 メリフル村は、助かったはずだった。


 ――なのに。


 ざわめきは、時間が経つほど大きくなっていく。


「地図から……村の名前が消えたって……?」

「じゃあ、俺たちは……どこにいるんだ?」

「また、ああなるんじゃないだろうな……」


 救われた直後だからこそ、不安は鋭く、広がるのも早かった。

 誰かが声を荒らげれば、別の誰かが俯く。怒りと恐れが、村の空気を濁らせていく。


 その中心で、ツバネは言葉を失っていた。

 村長として、守れなかったこと。

 そして、守られた“代償”が、まだ終わっていないこと。


 ――そのとき。


 ひとつの音が、空気を切り裂いた。


 澄んだ旋律。

 不安の隙間に、そっと差し込むような、やわらかな音。


 セリアンだった。


 彼は何も言わず、ただ歌う。

 言葉を持たない歌が、村のざわめきを包み込み、少しずつほどいていく。


 怖がっていた子どもが、はっと顔を上げる。

 怒りを抱えていた大人の肩が、わずかに下がる。


 音は、感情の輪郭をなぞるように流れた。


 ――怖かったな。

 ――不安だったな。

 ――それでも、ここにいる。


 そこへ、もうひとつの音が重なる。


 ミラが、静かに楽器を構えた。


 低く、確かな旋律。

 揺れる心を地面につなぎ止める、現実の音。


「……大丈夫だよ」


 音の合間に、ミラがぽつりと呟く。


「名前が消えても、村は消えてない」

「選んだ記憶も、歩いた道も――ここにある」


 歌と旋律が、重なり合う。

 それは“答え”じゃない。

 でも、“立ち止まっていい場所”を、村に与えていた。


 ざわめきは、やがて囁きに変わり、囁きは、静かな呼吸に戻っていく。


 誰かが、涙を拭った。

 誰かが、隣の肩に手を置いた。


 ツバネは、その光景を見つめながら、ゆっくりと息を吐く。


「……ありがとう」


 その声は、歌には混ざらない。

 けれど確かに、音楽の中に、受け止められていた。


 混乱は、完全には消えない。

 不安も、問いも、まだ残る。


 それでも――。


 この村は今、再び“自分たちの音”を、取り戻しつつあった。






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