126 似てる気がしちゃった!?エルフの森の“縁”に!?
新年あけましておめでとうございます。
2026年も、一緒におにポチャを楽しんでいただけると嬉しいです。
本年も皆様にとって すばらしい一年でありますように。
「この現象って……何か、思いださない?」
ふいに口をついて出た言葉だった。
皆の視線が、こちらに集まる。責めるでもなく、促すでもない。ただ「続けろ」と言わんばかりの沈黙。
「直近で行った場所と、似てる気がするんだ」
胸の奥に引っかかっていた感覚が、ゆっくりと形を持ちはじめる。
記録が噛み合わない。覚えているはずの出来事が抜け落ち、覚えていない行動だけが残る。人々は口を閉ざし、思い出そうとすると、理由もなく怯える。
「……エルフの森の“縁”だ」
自分で言って、背筋がひやりとした。
「森に入れないようにするための、あの歪み」
「方向が狂って、感覚が遮断されて……」
タリクが、はっとした顔で頷く。
「確かに。あれも“敵がいるわけじゃないのに、進めなかった”な」
「でも、今回は森じゃない」
セリアンが静かに言った。
「村そのものが、そうなってる」
ツバネは腕を組んだまま、低く唸った。
「外から遮断する“縁”じゃない。内側から――記録ごと歪めてる」
嫌な沈黙が落ちた。
「……つまり」
言葉を選びながら、続ける。
「誰かが、この村を“触れてはいけない場所”にしようとしてる」
罰のためか。隠すためか。あるいは――守るつもりで。
そのどれもが、裏記録師ならやりかねない。正義と悪の境界を、“記録”の名で塗り替える存在。
ホンホンが、小さく震えた。
「……ページが、同じ音を立ててるホン。エルフの森と……似た、ざわざわだホン」
確信が、胸に落ちる。これは偶然じゃない。かつて触れた“歪み”が、形を変えて、ここに現れている。
「……行こう」
ツバネが言った。短く、だが迷いはない。
「記録を、取り戻す。奪われたままには、させない」
果樹の影が、風に揺れる。まるで――こちらの覚悟を、試すかのように。メリフル村の異変は、確実に“核心”へと近づいていた。
「あの時……」
僕は、ゆっくりと言葉を探した。
「エルフの森に踏み入れた、あのとき――」
視線が、自然と足元へ落ちる。土の感触。湿った空気。鼻の奥に残る、青い匂い。
「あそこでは、まず“方向”がおかしくなった」
地図も、コンパスも、役に立たなかった。
「歩いているのに、進んでる実感がなくて……同じ場所をぐるぐる回ってる気がした」
「音もだったな」
タリクが思い出すように言う。
「声が遠くなって、返事が遅れて……最後は、吸い込まれるみたいに消えた」
「魔力も、安定しなかった」
カゲミが静かに続ける。
「結界を張ろうとしても、手応えが薄かった。森に“拒まれてる”感じ」
僕はうなずいた。
「うん。でも、一番おかしかったのは――」
胸の奥に残る、あの感覚。言葉にしづらい、けれど確かだった違和感。
「“思い出そうとすると、止められる”感じがあった」
思考が、ふっと霧に包まれる。深く考えようとすると、怖さが先に立つ。
「……そうだった」
セリアンが、眉をひそめる。
「無理に考えようとすると、理由もなく不安になった」
「森が、そうさせてたんだ」
ツバネが低く言った。
「踏み込む資格があるかどうか、確かめるために」
僕は、そこで一度、息を吸う。
「でも――」
視線を上げる。
「僕が“この森、知ってる”って言った瞬間、道が開いた」
あれは、偶然じゃない。書かなくても、記さなくても、体が覚えていた感覚。
「エルフの血に反応したんだ」
カゲミが小さく頷く。
「森は、血と記憶を読んだ」
沈黙が落ちる。皆、それぞれに、あの時の感覚を思い返している。
「……つまり」
僕は、結論を口にした。
「エルフの森は、記録を消したんじゃない」
「“思い出せないように”して、必要な者だけを通した」
その言葉が、メリフル村の異変と、静かに重なった。
同じだ。
やり方も、感触も。
違うのは――そこに、森の意思がないこと。
「誰かが、人の記憶と記録を使って、同じことをやってる」
その事実が、背中に冷たい汗を伝わせた。
――エルフの住まう森のふちにて。
僕が『ノートリアとして迷っている』と口にした瞬間、枝葉の重なりが、ざわりと揺れた。風ではない。意志をもった動きだ。
絡み合っていた影がほどけ、ようやく一人のエルフが姿を現す。長い耳。淡い光を宿す瞳。年齢の測れない、静かな顔立ち。そこに立っているだけで、森そのものが人の形を取ったように見えた。
「森は、答えを与えぬ」
低く、澄んだ声が響く。
「だが――問いを、映す」
エルフは一歩も動かず、ただまっすぐに僕を見つめていた。逃げ道を塞ぐでも、拒むでもない。“見定める”ためだけの視線。
「ノートリアの同胞よ」
その呼び名に、胸がわずかに波打つ。
「お前は、“何を書かない”つもりだ?」
刃のように鋭い問いだった。
同時に――懐かしい。
そうだ。エルフの門番に、あのとき問われたのも、同じだった。
――何を書くかではない。
――何を、書かずにいられるか。
僕は、無意識に拳を握っていた。森はまだ、答えを求めている。通すか、拒むか。その天秤は、僕の言葉ひとつにかかっている。
――あの時、僕は何て言った?
脳裏に浮かぶのは、エルフの森で感じた、あの圧。思い出そうとすると、怖さが先に立つ感覚。
けれど、それでも――口にした言葉があった。
僕は、息を吸い、ゆっくりと吐く。
「……僕は」
一語ずつ、確かめるように言う。
「人が、自分で歩ける場所までは、書かない。迷って、悩んで、間違える権利まで――記録で奪うつもりはない」
エルフの瞳が、ほんのわずかに揺れた。
「記録は、道標であって檻じゃない。罰でも、裁きでもない」
声が、静かに続く。
沈黙。森が、息をひそめる。
「……だから」
僕は、最後にこう付け加えた。
「“書かない”という選択も、記録師の責任だと思ってる」
長い沈黙のあと、エルフは初めて、目を細めた。それは笑みとも、合格とも言えない、けれど――拒絶ではなかった。
「答えではないな」
彼は静かに言う。
「だが……問いから、逃げてはいない」
枝の影が、音もなく左右に割れる。道が、わずかに開いた。森はまだ、完全には許していない。
だが――量り終えたのだ。
その先、深い緑の奥で、僕たちは見つけた。行方不明になっていた冒険者を。傷を負い、動けなくなりながらも、生き延びていたその人を。
「……助かった」
かすれた声が、確かにそう言った。
森は何も語らない。けれど僕は、あのとき確信した。
――書かなかった選択が、ここでは、命をつないだのだと。
そうして僕たちは、彼を連れて森を抜け、無事に帰還した。あの問いと沈黙を、胸に刻んだまま。
しばしの沈黙のあと、ミラが肩をすくめて言った。
「ふうん。村人を操る?人の心を弄ぶのはね……一番やっちゃいけない手だよ」
その軽い口調とは裏腹に、空気がきっぱりと切り替わるのを感じた。
――ここから先は、もう“思い出す”だけの話じゃない。
メリフル村の異変は、次の段階へ進んだのだ。




