125 駆けつけちゃった!?異変のメリフル村!?
メリフル村の手前、街道がゆるやかに開ける場所で、見慣れた二つの影が待っていた。
「おーい!」
先に手を振ったのはタリクだった。その隣で、腕を組んだゲルが小さくうなずく。
「合流できたな」
「緊急事態なんだろ?」
タリクは表情を引き締めつつ、すぐ横へ視線を向けた。
「だから、ルミアさんにも来てもらった」
「やあ。きな臭いらしいね」
軽く手を上げたルミアは、相変わらず飄々としている。だが、その目は冗談を許さない鋭さを帯びていた。村の方角を一瞥し、肩をすくめる。
「俺も前から、メリフル村には一度来てみたかったしさ。……それに」
一拍置いて、低く続けた。
「見過ごせない匂いがする」
その言葉に、場の空気がわずかに張りつめる。軽口に聞こえても、ルミアは“勘”だけで動く人間じゃない。
「ありがとうございます、ルミア。心強いです」
気づけば、自然と頭を下げていた。
「そう言われると、張り切っちゃうな」
ルミアは苦笑し、僕たち一人ひとりを見回す。
「記録師に影巫女に現役の影狩り……ずいぶん濃い面子だ。これで何も起きなかったら、それはそれで奇跡だよ」
「笑えないな、それ」
タリクが肩をすくめる。それでも、そのやり取りに、張りつめていた緊張がほんの少しだけ緩んだのも事実だった。
村は、すぐそこだ。
朝の光に包まれたメリフル村は、一見すればいつも通りに見える。けれど、その“いつも通り”の下で、影が動いていることを、ここにいる全員が感じ取っていた。
「……行こう」
誰からともなく、そう言った。
足並みは自然と揃う。緊急事態だ。それでも――独りじゃない。
そう思えた瞬間、メリフル村への道は、ほんの少しだけ心強いものに変わっていた。
「ホンホン。大丈夫?」
歩調を緩め、僕はそっと声をかけた。
「何か異変を感じたら、すぐ教えてね」
さっきまで軽やかに響いていた鼻歌は、いつの間にか消えている。肩のあたりで揺れていた禁書は、今は息を潜めるように静かだった。
「……ホン」
少し間を置いて、ホンホンが小さく返事をする。
「メリフル村、前に来たときより……空気が重たいホーン」
冗談めいた語尾も、どこか控えめだ。紙の擦れるような微かな音が、風に混じって耳に届く。
「まだ、はっきりは分からないホン」
ホンホンは慎重に言葉を選ぶように続ける。
「でもね、ページの奥がざわざわしてる。嫌な予感ってやつホーン」
僕はうなずき、周囲を見渡した。道端の草はただ風に揺れているだけなのに、その動きが妙に遅く感じられる。
「分かった。無理はしなくていい」
そう告げると、ホンホンは小さく身を揺らした。
「何かあったら、すぐ言うホン」
その声は小さい。けれど、確かだった。
静かになった禁書を胸に、僕たちは改めて村へと足を向ける。目には見えない“異変”が、すぐそこまで迫っている――そんな気がしてならなかった。
メリフル村の外れ、古い果樹が並ぶ小道で、ツバネは腕を組んで待っていた。夜明け前の薄青い空気の中、その立ち姿だけがやけにくっきりと浮かんでいる。
「来てくれて助かった」
顔を上げたツバネの表情は、いつもより硬い。村長としてではなく、影狩りとしての顔だった。
「状況を教えて。僕にできることだったら、力になるから!」
そう言うと、ツバネは一瞬だけフッと笑い、息を整えてから口を開く。
「……すでに影に見張られてるんだ。村全体がな」
「影に!?」
「ここは、簡易的だが結界を張ってある」
思わず周囲を見回す。果樹の影は静かに地面に落ちているだけなのに、どこか“重い”。
「カゲミ、わかる?」
「……ああ。村に入ったとき、確かに変だった。空気が沈んでる」
闇巫女のカゲミは目を伏せ、指先で印を結ぶ。
「オレも結界を張る。二重にしよう」
低い呟きとともに、闇の膜が重なり合い、気配がわずかに和らいだ。
「助かる」
ツバネは短くうなずく。
「感謝する、カゲミ」
そして、声を落として続けた。
「村で、小さな“記録の歪み”が続いてる」
「記録の……歪み?」
「ああ。人の証言と、残ってる記録が噛み合わない」
ツバネは足元の小枝を蹴る。乾いた音が、不安を煽る。
「昨日まで確かにあった出来事が、帳面から丸ごと消えてる。逆に、誰も覚えてないはずの行動が、記録だけ残ってたりな」
嫌な予感が、背中をゆっくりと這い上がった。
「それって……裏記録師の仕業?」
そう問うと、ツバネは即答せず、視線を果樹の影へと逸らす。
「断定はできない。でも――」
拳を握りしめ、言葉を絞り出す。
「“罰”を受けたみたいに、村人が次々と黙り込んでる」
「黙り込む……?」
「聞こうとすると、思い出せなくなる。怖い、触れたくない……そんな顔をするんだ」
沈黙が落ちた。風に揺れる果樹の葉擦れの音だけが、やけに大きく耳に残る。
「だから、呼んだ」
ツバネはまっすぐこちらを見据える。
「一人で抱えるには、もう限界だと思ってな」
その目に宿っているのは、迷いではなく責任だった。胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
「……ありがとう、話してくれて」
そう言うと、ツバネは小さく鼻で笑った。
「遅すぎたかもしれないけどな」
それでも――。
この村で起きている出来事が、ただの偶然ではないことだけは、はっきりと伝わってきた。
「裏記録師の仕事だとすると……」
「ああ」
ツバネは低く答える。
「兄者か、カルマだな」
果樹の影が、わずかに揺れた――そんな気がした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
物語の中では、クライマックスに向かって、影が動き、記録が揺れ、水がざわめく
――そんな不穏な気配が続いていますが、現実のこちら側では、今日は大晦日。
一年の終わりに、この世界を一緒に旅してくださったことを、とても感謝しています。
来年もまた、この世界で。
瀬音とカゲミ、そして仲間たちの歩みを、一緒に見届けていただけたら嬉しいです。
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。
そして――来年も、おにポチャをよろしくお願いします。




