122 覚悟きめちゃった!?ツバネの見極め!?
(ツバネ視点)
メリフル村へ定期で戻る日がやってきた。瀬音とは別行動で、途中までタリクとゲルと一緒だ。
「……先に行ってくれ。寄るところがある」
道の途中、拙は少しだけ進路を変えた。
理由は多く語らなかった。言えば止められる気がしたし、止められる筋合いでもない。
向かう先は、旧記録師協会の跡地。
今では完全に廃墟化し、冒険者の間では「廃墟ダンジョン」として扱われている土地だ。その地下――水底図書館の中庭のさらに奥。
影狩り一族の墓。
足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。湿った水の気配と、石と紙が長い年月を吸い込んだ匂い。足音がやけに深く響いた。
「……相変わらず、陰気だな」
独り言は、静寂に吸い込まれていく。水底図書館は、今も眠っていた。沈黙した書架。水面に映る、逆さの文字。記録が記録であることをやめた場所。
その奥、石造りの回廊を抜けると中庭に出る。墓域を守る門が、そこにあった。
「ゾル」
名を呼ぶと、影が揺れた。
「……久しいな、ツバネ」
門の前で、黒いローブを纏った男が姿を現す。影狩り一族の墓守――ゾルだ。
「町長様が、こんなところまで何の用だ?」
「……町長は関係ない」
拙は一歩、墓域に踏み込む。
「影狩りとして来た」
ゾルは、ふっと口元を歪めた。笑ったのか、嘆いたのかはわからない。
「相変わらずだな。肩書きを脱ぐのが、下手な男だ」
「……兄者のことだ」
そう口にした瞬間、空気が一段、重くなる。
ゾルはすぐには答えなかった。墓石に手を置き、ひとつ、息を吐く。
「生きているか、死んでいるか――それを聞きに来たか?」
「違う」
即答だった。
「……何を選んだのか、だ」
沈黙。
水音が、どこか遠くで揺れた。
「カナエは、一族を捨てた」
ゾルは、低く言った。
「だが、それは裏切りではない。あれは……逃走でも、反抗でもない」
「じゃあ、何だ」
ゾルの片目が、わずかに細まる。
「“守るために、名を捨てた”」
胸の奥に、鈍い痛みが走った。
「……影狩りは、守るために刃を振るう一族だ」
「そうだ」
ゾルはうなずく。
「だが、お前の兄は言った。『刃を振るわない守り方もある』とな」
無口で、不器用で、いつも一歩引いていた背中が、脳裏をよぎる。
「……馬鹿な人だ」
そう言いながら、声が少しだけ震えた。
「自分が一番、刃に向いてたくせに」
ゾルは何も言わなかった。ただ、ひとつの墓石の前に立ち止まる。
「ここに、名は刻まれていない」
指先が、空白の石をなぞる。
「生きている証でもあり、死んでいない証でもある」
拙は、その石の前に立った。
「……なら、探す意味はあるな」
「あるとも」
ゾルは静かに言った。
「お前が町を守り記録を残すなら――あの男も、どこかで同じことをしているだろう」
拙は深く息を吸い、吐いた。
「ありがとう、ゾル」
「礼を言うのは、早い」
ゾルは、影に半身を溶かす。墓域の闇と境目が曖昧になり、どこからが影なのかわからなくなる。
「影狩りの道は、いつも“後から”重なる」
その言葉だけを残して、ゾルは消えた。
墓域を後にしながら、拙は振り返らなかった。過去に縛られるつもりはない。ここで立ち止まれば、影は足を絡めてくる。
ただ――。
(兄者が選んだ道は)
それは今も、どこかで続いている。影狩りの名を捨て、それでも“守る”ことを選んだ道。
その選択が、今の拙の背中を、確かに支えている。
だからこそ――信じたい。兄者の正義が光なのだと。
「……どうして、聞かないの?」
墓域を抜け、水底図書館へ戻る回廊で、不意に声がかかる。胸元にいるリウラだった。薄暗い水の反射が、彼女の顔を照らす。
「ツバネ……」
苦しそうに眉を寄せ、こちらを見つめている。
「ワタシが、裏記録師について知っていること……教えましょうか?」
一瞬、足が止まる。
彼女の立場は理解している。以前、裏記録師リ・ノートリアの偵察精霊だったリウラ。
彼女が知っている情報は、すべて“表”には出ないものだ。そして――それを受け取るということは、代償を背負うということでもある。
「機密だろう」
拙は、静かに言った。
「触れれば、代償を払わされる。……わかっている」
リウラの唇が、わずかに震える。
「それでも……知りたいと思わないの? 近道になるかもしれませんわ」
近道。確かにそうだろう。影狩りは効率を重んじる一族だ。本来なら、迷わず選ぶ。
だが――。
「拙は、自力で見極める」
はっきりと、言い切った。
「兄者が何を選び、何を捨てたのか。それを、誰かの“切り取った記録”で知る気はない」
リウラは、目を伏せた。
「……ツバネは優しすぎますわ」
「違う」
首を振る。
「これは、拙の都合だ」
影狩りとして、町長として。そして――弟として。
「兄者を、信じるかどうか――」
「それを決めるのは、拙自身でなければならない」
沈黙が落ちる。水音だけが、ゆっくりと時を刻んでいた。
やがて、リウラは小さく息を吐く。
「……わかりましたわ。知りたくなったら、いつでも言いなさい」
その声には、諦めと、ほんのわずかな安堵が混じっていた。拙は答えなかった。言葉を返せば、迷いまで伝わってしまいそうだったからだ。
前を向く。
影は、後から重なる。だからこそ、今は――自分の足で進むしかない。
兄者の背中を、ただ追い続けていた過去。その背中に置き去りにされまいと、刃を握り、影に身を沈めていた日々。
そして今。
同じ“先”を、自分の目で見たいと願い、記録師になった現在。
(……この先にあるものを)
胸の奥が、わずかに軋む。影狩りとして、町長として、記録師として。背負うものは、確実に増えている。
――これから起こるであろう、未来。
兄者が選び、拙が歩もうとしている、その先。
(受け止めきれるだろうか……)
答えは、まだない。だが、立ち止まる理由にもならない。
足音を殺し、拙は歩き出す。後から重なる影ごと、引き受ける覚悟で。
それが、今の拙にできる――唯一の選択だった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
年の瀬、ギリギリ更新中です。あと数日がんばればー。




