120 有名人になっちゃった!?僕の仲間たち!?
クリスマス特別編はおわりまして、本編です。
劇場デビュー以来、大人気となったセリアンは、もうおちおち街を歩けなくなっていた。
「セリアン様よね!?」
「やっぱり本人だ!」
「昨日の高音……今も耳に残ってて……!」
――きゃあ、と小さな悲鳴のような歓声。気づけば通りのあちこちから視線が突き刺さり、足を止めた人々が次々に集まってくる。
「……これは、まずいですね」
セリアンは困ったように笑い、そっとフードを深くかぶった。
だが、遅かった。
「フード姿も素敵です!」
「その歩き方、もう歌ってるみたい!」
「アンコールのときの目線、私、確かに見ました!」
「……全部、見られてましたか」
小さくため息をついた、その瞬間――背後から、ぐいっと腕を引かれた。
「はいはいはい!ここまで!」
割って入ってきたのはミラだった。
「見世物じゃないよ〜?推しは遠くから拝むもの!」
「師匠……」
「大丈夫、大丈夫。慣れるまでが一番大変だから」
そう言いながら、ミラは流れるような動きで人の流れをさばいていく。さすがは年の功――いや、場数の違いだ。
「……すごいなあ」
少し離れたところからその様子を眺めながら、僕はふと自分の腰元を見る。
下げているのは、いつものノート。何度も書き込まれ、角の丸くなった相棒だ。
けれど、肩書きはまだ「新米ノートリア」。
誰かを導くわけでもない。町を動かすわけでもない。歌で人の心を掴むわけでもない。ただ、書いて、記して、追いかけているだけだ。
ツバネとタリクは、もう立派な町長だ。ノートリアとの両立は大変だろうけれど、それでも前に立っている。
セリアンは――言うまでもない。街を歩けば人だかり。笑顔ひとつで悲鳴が上がる。もはや歌い手というより、完全にアイドルだった。
「……うん」
それでも、歩いてはいる。昨日より一歩。今日より、半歩。
町長も、アイドルも、最初からそうだったわけじゃない。ツバネも、タリクも、セリアンも――みんな、積み重ねてきたんだ。
なら。
「……が、がんばろう」
小さく呟いた、その直後だった。
「なに弱気になってんだ。セオトはセオトだろ」
すぐ横から、つんとした声。振り向くと、そこにいたのは――美少女の闇巫女カゲミだった。
腰に手を当て、少しだけ頬をふくらませている。でも、その目はちゃんと、まっすぐこっちを見ていた。
「……カゲミ」
名前を呼ぶと、ふいっと視線を逸らす。
「べ、別に。励ましてるわけじゃない。事実を言ってるだけ」
そう言いながら、そっとノートの上に手を置く。
「この町の“今”を残してるの、セオトなんだから」
「誰かが前に立つなら、誰かが書かなきゃいけないでしょ」
胸の奥が、じん、と熱くなる。
「……ありがとう」
「ふん」
小さく鼻を鳴らして、でも――
「ほら、行くぞ!立ち止まってる暇はないぜ!」
差し出された手は、少しだけ照れくさそうだった。
その手を取って、僕はもう一度前を向く。町長、アイドル、新米記録者。それぞれの役割を胸に、世界は動いていく。
――劇場の奥。
観客の熱も、拍手の残響も、すべてが引いたあと。
舞台の中央には、紫のモチーフだけが残され、かすかに明滅していた。
そこから伸びる、細い光の線。それは、地下――アクア・スパイラルの動力装置へと繋がっている。
「……あーあ」
どこか間の抜けた声が響く。
「おじさん、おかげで助かったけどさ」
その声は、装置の奥。水と闇に絡め取られ、半ば溶けるように存在する――フレクシアだった。
「……消えちゃいそうだね」
紫のモチーフが、ぴくりと震える。
『……』
しばしの沈黙のあと、かすれた声が返る。
『……おじさんと呼ぶな』
弱々しいが、やけにきっぱりと。
『支配人と呼べ』
「はいはい、支配人さん」
フレクシアは、くすくすと笑った。
「でもさ、今の立場的に、どう見ても“おじさん”じゃない?」
『……芸術に年齢は関係ない』
「その芸術、今にも砕けそうだけど?」
紫の光が、わずかに強くなる。
『誰が消えるか!』
クロムの声が、少しだけ張りを取り戻した。
『私は……私はだな……!』
言葉が続かない。魔力はほとんど残っていない。動けない。舞台にも立てない。
ただ、“存在している”だけだ。
「……まあ」
フレクシアの声が、少し柔らぐ。
「正直に言うとさ」
「君があそこで踏ん張ってくれなかったら、私、もう原型なかったんだよね」
『……』
「だから――助かったのは、事実」
紫のモチーフが、わずかに静まる。
『結果的に、巻き込まれただけだ……礼を言われる筋合いはない』
「それでもさ」
フレクシアは、渦の中で体勢を変えた。もう、自由に動けるほどの力はない。
「消えそうな同士って、案外、話しやすいよ?」
『……縁起でもない』
「くすっ」
笑い声。
「じゃあ、早く消えなよ」
『誰が消えるか!!』
紫の光が、ぷん、と明るくなる。
その様子が、どこか拗ねた照明のようで。
フレクシアは、思わず吹き出した。
「はは……笑える。ポンコツ消えかけ、似たもの同士になっちゃったんだね」
今は、風前の灯。それでも、まだ――舞台の灯は消えていなかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
年末でバタバタしてますが、おにポチャは通常運転で駆け抜けたいと思います。




