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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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117 持ち主わかっちゃった!?裏切りのイヤーカフ!?






 闇と水を集めたアクア・スパイラルの儀式。

 それは本来、選ばれた者だけが踏み入る――神域に等しい舞台だった。


 だが今、クロム・リーフはそこにいた。望んだわけでも、理解したわけでもない。ただ――押し出されたのだ。見えない力が背を押す。一歩。また一歩。


 床下から伝わる脈動が、靴底を通して身体に食い込んでくる。鼓動に似ているが、決定的に違う。これは世界の心音だ。


 ――ぐうん。

 耳元で、イヤーカフが低く鳴った。

「……なるほど」


 クロムは息を整え、いつもの笑みを作る。恐怖を覆い隠すためではない。恐怖すら、舞台装置に変えるために。


「ええ。ここが私の見せ場ですね、わかります」

 指先で、黒銀のイヤーカフに触れる。

「妖しく光って見せましょう」


 その瞬間――


 ――ぱあっ。


 闇を裂くように、イヤーカフが輝いた。黒と水色が絡み合い、渦となって広がる。照明のようでいて、照明ではない。これは起動の光だ。

 笑みを保ったまま、クロムの喉が小さく鳴る。

 (……冗談では、済まなそうだな)


 床の文様が応じるように発光し、儀式の歯車が噛み合う。観客はいない。幕もない。

 だが――舞台は、完全に閉じた。


 耳元で、イヤーカフが脈打つ。

 ――こん、こん、と。

 それは鼓動に似ていたが、決定的に違う。彼の心臓ではない。“別の何か”のリズムだ。


「……おや」

 足が、止まった。命令でも、拘束でもない。“立て”と、世界が言っているのだ。

 自分の意思とは無関係に、足が止まる。

 床の文様が、それに応じるように淡く発光した。



 指先が、自然とイヤーカフに伸びる。触れた瞬間――じわり。

「これはこれは……」

 脳裏に、映像が流れ込んだ。水路。逆巻く螺旋。記録から削られた儀式の断片。そして、“立つべき位置”を示す、舞台中央の印。


「……案内係つき、とは聞いていませんが」

 軽口とは裏腹に、喉がわずかに渇く。理解した。このイヤーカフは飾りではない。儀式の起動鍵なのだ。闇を感知し、適合者を選び、舞台へ導く制御装置。


 クロムが一歩踏み出すたび、イヤーカフが光る。鳴る。導く。


 ――ここだ。

 ――立て。

 ――演じろ。


「……なるほど。脚本は、もう書かれているわけですか」

 誰にともなく呟きながら、クロムは祭壇の中央へと進み出た。クロムの視界の端で、黒銀の装飾が紫を帯びて輝く。舞台照明に似た色だが、あれは光ではない。記録の発信色だ。


「……はは」

 クロムは、乾いた笑みを浮かべた。

「そうでしたか。これは私の小道具ではなく――あなたの目、だったわけですね」


 かつて、セオトから奪ったもの、イヤーカフは否定しない。ただ、淡々と“今”を送っている。それは音ではなく、応答だった。遠く、確実に――“誰か”へ届くための。




 ――アクア・スパイラル研究塔、上層。

 汐真は、静かな部屋で水晶盤を見下ろしていた。盤面に映るのは、祭壇、渦、そして中央に立つクロム・リーフ。


「……順調」


 感情の起伏はない。それは決断ではなく、選択済みの結果だった。


「クロム・リーフは適合している。闇と水、両方に反応した」

「この儀式を完成させるには――彼で足りる」

 側にいた記録師が、わずかに息を呑む。


「……犠牲に、するのですか」


「“犠牲”ではない」

 汐真は顔を上げなかった。

「記録に残るか、残らず消えるか。その違いだ」


 指先が、水晶盤に触れる。

「続行」

 その一言で、ファントムの灯火(ともしび)は秤から外された。



 ――研究塔、最深部。


 イヤーカフが、熱を持つ。クロムの耳元で、囁きが生まれた。


 ――終幕だ。

 ――役目を果たせ。

 ――消えろ。


「……おやおや」

 クロムは、肩をすくめる。

「それは困りますね。私はまだ、幕引きの挨拶をしていない」


 祭壇の紫の文様が脈打つ。あの色を、クロムは知っている。生きることも、死ぬことも諦められなかった者の色。

「紫、か……」


 彼は、ゆっくりと思考を巡らせた。劇場のモニュメント。装飾。記憶を宿す“形”。

「消えるくらいなら――役を変えましょう」


 イヤーカフが警告するように強く光る。だが、もう遅い。


 クロムは、舞台人だった。“場”と“象徴”を、誰よりも知っている。


「主役が消えるなら」


 彼は、アクア・スパイラルをすり抜け、劇場の扉の紫のモチーフへと飛び立った。


「舞台そのものに、憑いてしまえばいい」



 ――ばきり。


 イヤーカフに走った亀裂。情報の流れが、乱れる。


「なっ……?」

 上層で、汐真が初めて顔を上げた。


 水晶盤の映像が歪む。クロムの輪郭が、紫の光に溶け消えていく。


「ここから逃げた……だと……!?」

 それは想定外。“犠牲”は消えるはずだった。

 だがクロムは――執着が強い男だ。消える役を拒んだ。


『あはっ!舞台はね――最後まで何が起きるかわからないから、面白いんですよ』


 最深部の空間に残響だけが残された。儀式は完成へ向かいながら、制御を失っていく。



 紫の光が、ゆっくりと沈静していく。

 暴れていた闇の渦は、次第に形を整え、装置の中心へと収束していった。

 軋み、悲鳴を上げていた文様は、まるで最初からそう描かれていたかのように、静かに脈動を続けている。


「……数値、安定」


 研究者の声が、震えながら響いた。


「動力炉、完全起動を確認」

「アクア・スパイラル……回転を開始しました」


 一瞬の沈黙。そして――


「成功、だな」

 クルヴが、淡々と告げた。儀式が成功した理由は、別にあった。


 祭壇の外縁。誰にも注目されず、名も呼ばれぬ位置で、カルマは、膝をついていた。


 黒トンボたちが、彼の周囲を取り囲み、羽音を殺して輪を描く。その中心で、カルマの胸元が、淡く光っていた。


「……っ」

 体の奥から、何かが抜けていく。クロムの魔力だけでは足りなかった。最後の媒介――それが、カルマだった。


 黒トンボたちは、闇の流れを整え、噛み砕き、循環させていた。魔物としての本能。記録されない存在だからこそ可能な、危うい均衡。


「……これで」

 震える声で言った。

「終わる、んですよね……?」


 返事はない。

 ただ、装置は確かに安定していた。



 汐真の水晶盤に、結果が映し出される。


「――成功」


 記録師協会にとっては、それだけで十分だった。



 カルマの名は呼ばれない。黒トンボも、記録されない。勝利でも、失敗でもない。犠牲を含めて、成功してしまった儀式。

 カルマは、胸の奥の違和感を言葉にできずにいた。


 ――この成功は、本当に「守りたい未来」へ繋がっているのか。











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