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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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115/143

115 巻き込まれちゃった!?全員参加のフィナーレ!?






 一拍――

 それが、合図だった。

 誰かの手が鳴る。乾いた音が、客席の闇に落ちる。


 次の瞬間、まるで堰を切ったように拍手が広がった。前列から、二階席へ。通路を越え、天井へと跳ね上がる。


「アンコール!」

「もう一度――!」

 声が、声を呼ぶ。足踏みが床を震わせ、劇場そのものが目を覚ましたかのようだった。


 幕の前に、再び光が集まる。ゆっくりと、静かに――幕が上がった。


 そこに立っていたのは、セリアンだった。

 深く一礼する。その仕草は控えめで、それでいて、確かにすべてを受け止めている。


 拍手は、なおも止まらない。彼の名を呼ぶ声も、涙交じりの笑い声も、すべてが渦となって舞台へ注がれる。


 セリアンは顔を上げ、客席を見渡した。驚いたように目を瞬かせ、それから、少し困ったように――それでも、柔らかく微笑む。


「……ありがとう」

 たった一言。

 けれど、その声に、再びどよめきが走った。


 セリアンは胸に手を当て、そっと息を整える。もう一度、歌うために。

 客席が静まり返る。期待と信頼が、音もなく満ちていく。


 そして――アンコールの歌声が、今度は最初から、劇場を包み込んだ。


 低く、深い。まるで夜そのものを練り上げたような声だった。


 闇の波動が、音となって広がる。一人、また一人と、観客は静かな闇に包まれていく。恐怖ではない。拒絶でもない。それは、目を閉じてもいいと許される闇だった。


 まるで、隣の聴衆が消えてしまったかのようだった。世界には、自分ひとりの空間だけが広がり、夢の中にいるような心地になる。


 セリアンは竪琴に指をかける。弦をなぞる音が、闇に小さな亀裂を入れた。


 次の瞬間――光が溢れ出す。


 旋律は軽やかに跳ね、高音が天へと伸びていく。澄み切った音は、星のようにきらめきながら客席に降り注いだ。


 (……きれい……)


 ため息が、あちこちで零れる。

 けれど、圧倒するような輝きではない。セリアンは声を落とし、囁くように歌う。その微かな息遣いが、世界の輪郭をやさしく描き直していく。


 闇と光。

 低音と高音。

 叫びと囁き。


 すべてが重なり合い、ひとつの世界になる。


 観客は、誰一人として動けなかった。

 ただ、その世界の中に立ち尽くし――セリアンの歌が、完全なかたちになる、その瞬間を待っていた。


 そして。


 呆然とした空気を切り裂くように、幕が――すとん、と下りた。

「……え?」

 一拍の沈黙。


「えっ!? お、終わっちゃったの!?」

「す、すごい……! 素晴らしいわー!」


 次の瞬間、割れるような拍手が劇場を揺らした。歓声、口笛、床を踏み鳴らす音。アンコールの声が、四方八方から湧き上がる。


「アンコール!」

「もう一度!」


 熱は冷めるどころか、さらに高まっていく。


 ――ダブルアンコールだ。


 幕の向こうで、セリアンが振り返る。そして、いつものあの笑顔で――


「みんな、行くよ!」

 明るく、弾む声。

「せっかくだし、みんなでフィナーレを楽しもう!」


 ……え。

 思わず、周囲を見回す。みんな、同じように目を丸くしていた。

 打ち合わせも。

 練習も。

 ――何も、してないんだけど……。


 それでも、幕の向こうから聞こえる拍手と呼び声は止まらない。

 逃げ場はない。

 顔を見合わせ、僕たちは苦笑した。


 ――どうやら、最後までセリアンに振り回されるらしい。



「これ、鳴らすのどうかな?」


 舞台袖でルミアが差し出したのは、駄菓子屋で見かける、音の鳴るラムネだった。振るたびに、軽やかな音がころん、と弾む。


「いいじゃん!」

「ルミアも出ましょう!」


 そう言った瞬間――


「はい、確保」

「逃がさないからな」

 ツバネとタリクに、左右から脇をがっちり掴まれた。


「ちょ、ちょっと――!」

 抵抗する間もなく、引きずられるように、セリアンと一緒に――みんなで舞台へ上がる。


 眩しい照明。どっと湧き上がる歓声。

 ミラさんが、にやりと笑った。そして、祭りにぴったりの軽快な曲調で、共鳴器を奏ではじめた。

 それに応えるように、セリアンが歌い出した。

 自然と、体が揺れる。


 ――間奏。

 セリアンとミラさんが、ちらりとこちらを見る。


(……合いの手、今だよ!)


 アイコンタクト。合図だ。

 僕は息を吸い、フエを吹いた。高く、明るい音が、音楽に混ざる。


「……っ!」

 た、楽しい!


 気づけば、僕もカゲミも、みんなも笑っていた。緊張なんて、どこかへ消えている。みんなで音を重ねるたびに、舞台と客席の境目が溶けていく。


 ラストサビの前。ミラさんが、くるりと観客のほうを向き、踊るように手を振って合図した。


 立ち上がる観客。

 手拍子。

 足踏み。

 笑い声。


 そして――


 最後は、みんなで。

 歌も、音も、笑顔もひとつになって、フィナーレは、楽しく、賑やかに終わった。






「っ!あやうく光の世界へ渡ってしまうところだった……まだ、我が芸術は完成していないというのにっ!」

 支配人クロムは、胸元を押さえながら大げさに息をついた。いつもの芝居がかった身振りも、今はどこか切羽詰まっている。


「……ずいぶんと大人しくなったんだな、支配人」

 低く落ち着いた声が、柱の影から滑り出すように響いた。


 クロムの肩が、ぴくりと揺れる。

「な、何を言うのです。私の仕掛けに抜かりなどありませんとも」

 早口で言い繕いながら、彼は耳元のイヤーカフにそっと指を添えた。

「このイヤーカフに誓いましょう。すべては……計算どおりです」

 だが、その視線は一瞬、影の奥を探るように泳いだ。


 少し――ほんの少しだけ、焦った支配人クロムであった。





 






 舞台がすべて終わっても、ロビーの熱は冷めなかった。


「ねえ、あの高音……」

「最後のところ、光が見えた気がしない?」

「アンコール、まさかあんなことになるなんて……」


 感想は尽きず、あちこちで声が重なる。


「……決めた。一生、推す」


 誰かの真剣な宣言に、周囲がくすりと笑った。


 拍手も、歌声も、もう聞こえないはずなのに――

 耳の奥では、まだセリアンの旋律が鳴っている。


 ロビーを満たしているのは、興奮と余韻と、

 そして、生まれたばかりの“推し”の話題だった。






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