112 重すぎちゃった!?汐真の愛!?
中央塔を離れ、人気のない回廊を歩きながら、僕はフレクシアと“キュリシアの世界”すごろくをやることになった経緯を、順を追ってカゲミに話した。
日本のしずく堂のこと。キュリシアに追放されたあと、閉じこめられていたフレクシアのこと。そして、ゲームという歪な形で世界に触れはじめた、あの始まりのこと。
カゲミは黙って聞いていたが、話が終わると、ふっと息を吐いた。
「ふぅん……」
頭をガシガシとかきながら、低く言う。
「それを、シオマさんは知ってたってことだよな」
僕は、うなずくしかなかった。
「セオトのことだったら、なんでも知っていたいタイプか」
カゲミは少し目を細める。
「それとも……監視したいのか。どっちにしても、束縛つよそうだな」
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
「兄さんは……親代わりになって、僕を育ててくれたんだ」
言葉を選びながら、続ける。歩みが、自然と遅くなる。
「……そういえば」
記憶の底から、ひとつの声が浮かび上がる。
「前に母さんが言ってた。兄さんが、僕を大切にしすぎだから……少し注意してあげて、って」
その瞬間。
「……そういうことか!」
カゲミが、ぴたりと足を止めた。鋭い声に、僕も思わず立ち止まる。
「“守ってる”んじゃない」
カゲミは、はっきりと言い切る。
「“離さない”んだ」
静かな回廊に、その言葉だけが落ちた。水路を巡る微かな音が、やけに遠く聞こえる。カゲミは少し言い淀んでから、視線を伏せたまま続ける。
「……多分だけどさ」
「ご両親がそばにいなかったのも、シオマさんが――セオトを自分で育てたかったから、なんじゃないのか?」
息が、止まった。
「……え?」
喉から出た声は、自分でも驚くほど小さかった。そんなふうに考えたこと、一度もなかった。
「違ってたら悪い」
カゲミはすぐに付け足す。
「でもさ。大事にしすぎる人間って、いるだろ」
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
思い返せば――
いつも兄さんは、僕の“そば”にいた。判断も、進路も、危険も。気づけば全部、兄さんの手の届く場所にあった。
それを、ずっと――“安心”だと思っていた。
でも。
「……もし、そうだとしたら」
喉の奥が、きしむ。
「兄さんって……重たいな……」
口にした瞬間、胸のどこかが、ひび割れる音がした。
それ以上、言葉は続かなかった。これ以上考えてしまったら、今まで信じてきたものが、全部崩れてしまいそうだったから。
カゲミは、何も言わない。ただ、僕の横に立っている。
否定もしない。
肯定もしない。
その沈黙こそが、もう十分すぎるほどに――答えの重さを、伝えていた。
「……ということが、あったんだ」
最後まで話し終えて、僕は大きく息を吐いた。
「はぁ……」
場所はラボチル内の個室。
円卓を囲むみんなに、中央塔での出来事、兄さんとの話、フレクシアの様子までを、一通り報告していた。
一瞬の沈黙。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。空気が、完全に固まっている。
「……え」
「ちょ、ちょっと待って……」
「それ、つまり……」
言いかけては、言葉が途切れる。驚きと困惑と、どう受け止めればいいのかわからない戸惑いが、みんなの顔に浮かんでいた。
そんな中で。
「うんうん」
ただ一人、のんびりとうなずいている人がいた。腕を組み、どこか納得したような表情。
「……ミラさん?」
「そっかぁ。やっぱりね」
ミラは、完全に理解した様子で言った。
「汐真って、そういう男だよ」
その一言に、全員の視線が一斉に集まる。
「え?」
「そういうって……?」
ミラさんは気にも留めず、さらりと続けた。
「小さい頃から強かったよ。あの人」
まるで昔話をするみたいに。
「だからさ。私たちを――日本へ転スイさせたんだよ」
……。
「…………は?」
一拍、思考が、完全に止まった。頭が、まるで追いつかない。
「ガーン!!」
次の瞬間、沈黙を破ったのはセリアンだった。
「師匠を転スイさせたのって――シオマさんだったのか!?」
思いきり声に出してる!いや、それ、今ここで出ていい情報!?
視線が一斉にミラへ集まる。個室の空気は、もはや原形をとどめていなかった。
ミラさんはというと、まったく悪びれた様子もなく、「ん?」と首を傾げるだけ。
――たった一言で。
ミラの発言は、ラボチルの個室を、完全に吹き飛ばしていた。
「えっと……」
僕は思わず背中を丸めた。
「兄さんが……すみません。そんなことしたなんて、僕、知らなかった……」
空気を和らげたつもりだった。けれど。
「謝らなくていいよ」
ミラは、あっさりと言った。表情は穏やかで、どこか懐かしそうですらある。
「私も、君のご両親も――納得したことだからね」
そして、ほんの一拍置いて。
「それと――」
嫌な予感がした。
この「それと」は、絶対に要らないやつだ。
「私たち、付き合ってたし」
「えええええーーーーー!!!!!」
どっかーん!
個室が揺れた。
セリアンが、魂の抜けきった顔で仰け反り、今にもどこかへ飛んでいきそうな姿勢で固まっている。
「し、師匠……?」
「つ、付き合って……?」
「過去形!?」
誰かの声が、遠くで聞こえた。ミラはそんな騒ぎをよそに、にこりと微笑む。
「まあ、昔の話だけどね」
――いや、情報の爆弾としては現在進行形すぎる。
ラボチルの個室は、今日何度目かわからない衝撃で、完全にキャパオーバーしていた。
ラボチルの個室が、今日だけで何度目かの衝撃音を立てた。
「……またか」
「またですね」
「今日は揺れ多くない?」
カウンター裏で、店員たちは顔を見合わせる。
がたん。
どすん。
そして――
「えええええーーーーー!!!!」
壁越しに響いてくる、魂の抜けそうな叫び。
「……お客さま、大丈夫でしょうか?」
「ああ。壁も補強してるから大丈夫さ」
「荒くれ冒険者仕様だもんね」
誰かがそっと、個室の利用状況プレートを見る。
――満席・会議中。
「会議っていうか……人生イベントだよね、あれ」
「ドリンク、追加いっとく?」
「いや、今入ったら巻き込まれるって」
店員たちは、そっと視線を逸らした。
ゆれる個室。
止まらない悲鳴。
それでも――誰一人、止めに行こうとはしない。
「……終わるまで、見守ろうか」
「ですね」
ラボチルは今日も、
静かに、やさしく、
修羅場を提供している。
――ラボチル店員一同。




