111 強すぎちゃった!?兄さんとの契約!?
僕は、兄さんの何を知っていたんだろう。
――僕に危害を加えた人間を許さない。それは「守る」ということなんだと、ずっと思っていた。
でも、実際は違う。許さないんじゃない。排除するか、配下に置くか――管理している。
(闇の神殿と、この中央塔が……繋がってる)
視線が、アクア・スパイラルの動力核へと流れる。この装置は、記録師協会だけのものじゃない。もっと古く、もっと深い。しかも――闇の力を吸っている。地下空洞。増幅されていた影。あれは、偶然じゃなかった。
(……もっと調べるべきだったのかな)
思考が、そこまで辿り着いた瞬間。
「軽蔑するのか?セオト――」
鋭い声に、はっと顔を上げる。
兄さんの目が、きらりと光っていた。責めるでも、怒るでもない。――値踏みするような、冷たい光。しまった。考え事が、顔に出てた。
「ごめん……よく、わかんない……」
正直な言葉が、ぽつりと落ちる。
「ただ……間違ってると思う……」
兄さんは、しばらく黙って僕を見ていた。逃げ場を塞ぐような沈黙のあと、低く告げる。
「お前の“今”と、“過去生”を知る奴らは危険だ」
空気が、ぴんと張りつめる。水音さえ、遠のいた気がした。
「青鮎のお前はな――魔を引きつける」
その言葉に、胸がざわつく。兄さんの声が、わずかに強まった。
「生かしておけない」
淡々と、結論のように。
「……わかるだろ?」
胸が、ぎゅっと縮んだ。そそれは脅しでも、怒りでもなかった。
――“当然の判断”として告げられた言葉だった。
喉が、ひりつく。
「……わかんない」
自分でも驚くほど、かすれた声が出た。
「兄さん、それ……」
息を吸う。だめだ、声が震える。
「僕を守る話じゃない」
兄さんの視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「世界を、管理する話だ……」
言葉にした瞬間、はっきりと分かってしまう。兄さんは、“敵”を見ていない。“危険物”を見ている。
そして――その基準の中に、僕自身とカゲミも含まれていることを。
胸の奥で、何かが静かに、音を立てて崩れた。
「お前たちに見せるのは、早かったようだな」
兄さんは、もう僕を見ていなかった。
「いずれ理解できるさ……」
肩をぽん、と軽く叩かれる。それは慰めの仕草のはずなのに、僕には――決別の合図みたいに感じられた。
兄さんはそのまま背を向け、何事もなかったかのように執務室へ戻っていく。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
残されたのは、冷えきった空気と、立ち尽くす僕とカゲミだけだった。
「っはぁぁぁーーーー!?」
沈黙をぶち破るように、カゲミが叫ぶ。
「何なんだよ、お前の兄貴!」
次の瞬間、アクア・スパイラルの核部が小さく脈打った。青白い光が波紋のように広がり、その中心から、聞き覚えのある声が弾む。
「逆らえないんだよねぇ。魂ごと握られちゃってるみたいでさ」
軽い調子。けれど、その奥に、どこか乾いた響きが混じっている。
「おイタがすぎるって、サクッとやられちゃってー。怖かったよ、きみのお兄ちゃん」
能天気にすら聞こえる声。――あんなに傲慢で、圧倒的だったフレクシアが。
(クロムも、フレクシアも……自我は、ちゃんとあるんだよな)
僕は、ぎゅっと拳を握った。
怖かった。その一言が、時間差で胸の奥に沈み込み、ずしりと重くなる。
兄さんは、守っているつもりで――いったい、どこまで壊しているんだろう。
「フレクシア。兄さんと契約したんだよね?」
僕は核部の光を見つめたまま、静かに言った。
「……内容、話せる?」
次の瞬間、光の中に浮かぶフレクシアが、ぶんぶんっと大きく首を振る。両手で自分の口をぎゅっと塞ぎ、必死な様子だった。
「そっか……」
無理に聞くのは、やめる。
「じゃあ、この塔の中なら、フレクシアはどこにでも行けたりするの?」
「え、探検ってこと?」
声が少し跳ねる。
「行ったことないよ。シオマにばれたらヤバイじゃん!」
「……それもそうだね」
苦笑して、僕は視線を落とす。
「じゃあさ。ここで、何をしてるの?」
その瞬間だった。青白い光が、わずかに揺らぎ――フレクシアの“顔色”が、はっきりと分かるほどに青ざめていく。言葉が、詰まった。
「……タクミ君」
さっきまでの軽さは、もうない。声は低く、切迫していた。
「……帰りな」
短く、強い声だった。次の瞬間、アクア・スパイラルの核が、どくん、と重く脈打つ。水と魔力の循環音が一瞬乱れ、その鼓動が、警告のように僕の胸を打った。
「バイバイ」
軽い別れの言葉。けれど、そこに込められた切迫は、はっきりと伝わってくる。
「もう……ここへは来ないほうがいい――」
最後の言葉は、青白い光の中に溶けるように消えた。核部の明滅がゆっくりと落ち着き、まるで“何もなかった”かのように、塔は静寂を取り戻す。
それでも。
僕の胸の奥では、あの重い鼓動だけが、いつまでも消えずに残っていた。
ねえねえタクミ君。
ほんとはさ、言いたいこと、いーっぱいあるんだよ?
でもさぁ。
言えないんだよね。契約って、そういうものだから。
喋った瞬間に、
――ぱちん、って。
消えちゃうかもしれないじゃん。
それはいやだっ!
いつか……ルミアに会いたいんだもん。
だからさ……バイバイ。
――フレクシア




