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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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109 支配人に会っちゃった!?劇場のファントム!?






 昼食を終えたあと、僕たちは劇場へ向かうことにした。下見と打ち合わせを兼ねて。


 重厚な石造りの建物が、街の一角に静かにそびえている。尖塔の影は長く伸び、昼だというのに、どこか薄暗い。

 蔦を模した装飾は、茶色に近い紫色をしていた。血の気を失った葡萄酒のような、あるいは乾きかけた痣の色。

 一目で分かる――これは偶然の配色じゃない。


「……ずいぶん、こだわった配色だよね」

 そう口にした瞬間、自分でも気づくほど、胸の奥が詰まる感じがした。息が浅くなる。一般的には、まず選ばれない色だ。劇場の装飾としても、歓迎される部類じゃない。

 美しいかどうかと聞かれたら、答えに詰まる。でも、「印象に残らない」とは絶対に言えない。なんていうか――個性が、くどい。控えめに整える気も、万人に寄せるつもりもない。好みを、好みのまま、遠慮なく塗りたくったような空間。壁を這う蔦は、装飾というより、主張だった。「ここはこういう場所だ」と、黙っていても押しつけてくる。

 好き嫌い以前に、まず逃げ場がない。

 僕は無意識に、もう一度、深く息を吸った。――それでも、この紫から目を逸らせない自分がいることが、少し怖かった。


「これさ……植物っていうより……執着だよな」

 セリアンが、低く息を吐く。蔦は、壁を覆うために存在しているんじゃない。壁に“触れている状態”を、永遠に保つために、そこにある。愛でるためでも、癒すためでもない。眺める側の居心地など、最初から考慮されていない。ただ、自分の好みを、空間に押しつける。それを「美」と呼ぶ覚悟のある者だけが、ここに立てる。

 気づけば、紫の気配は視覚だけじゃなく、感覚にまで染み込んでいた。息を吸うと、肺の奥がじっとりと重くなる。嫌悪と興味が、同じ場所で混ざり合う。


「……変態的だね。でも、嫌いじゃない。ここまで突き抜けてると」

 ミラさんは、どこか楽しそうに薄く笑った。

「……なるほど。個が突き抜けてる……そんな感じがしますね」

 この劇場は、万人に愛される場所じゃない。“分かってしまう人間”だけを、選別する空間だ。そして一度、選ばれてしまったら――もう、ただの観客では、いられなくなる。



 扉の上には、古い仮面のモニュメント。しかもひとつではない。扉ごとに、表情も、首の角度も、口の開き方も違っている。


 ある仮面は、腐った果実を噛みしめたような、まずそうな顔。あるものは、喉を締め上げられたかのように歪んだ苦悶。そして――なぜか一番目を引くのは、怒りを孕んだまま、愉快そうに笑っている仮面だった。


「……うわぁ。全部、嫌な顔してるぜ」

「顔が!笑顔が怖いぃぃぃですわ!」

「ぐぇーーー!」「ぐるじいぃーー!」「ニタァ!」

 ツバネとリウラと三人衆が、思わず声を漏らす。


「“感情”が、好きなんだろうね」

 ミラさんは仮面を見上げたまま、淡々と言った。

「整った顔じゃなくて、剥き出しの感情」

 その声には、評価と警戒が半分ずつ混じっていた。



 扉の隙間から、ふわりと匂いが流れ出す。香木のようでもあり、長い年月を吸い込んだ幕布のようでもある、甘く湿った匂い。鼻に残るのに、正体が掴めない。


「……劇場っていうより誰かの執念の中に、足を踏み入れる感じだな」

 セリアンが、低く呟く。誰かの“好き”と“捨てきれなかったもの”が、そのまま形になって残っている場所。

 扉の前に立っているだけなのに、背中に視線を感じる。仮面たちが、こちらを選んでいる――そんな錯覚さえ覚える。


「立ってるだけでさ」

 僕は小さく息を吸った。

「もう、舞台の裏側に入っちゃった気がする」


「正解だよ」

 ミラさんは、口元をわずかに吊り上げる。

「ここはね、“客席”より先に、“舞台裏”に連れていく劇場だ」


 ――きい。

 低い音を立てて、誰も触れていないはずの扉が、内側から軋んだ。香が、もう一段濃くなる。

 暗がりの向こうに、人影が立っていた。長い外套。仮面のように白い顔。そして――足音が、しない。


「さっそく芸術を楽しめてるようだね、小魚ちゃんたち」

 声は、静かでよく通る。男とも女ともつかない、不思議な響き。


「ようこそ。我が劇場へ」

 影が一歩、外へ出る。陽光に照らされても、その輪郭はぼやけたままだ。


「……ファントム?」

 セリアンが、息をひそめる。


 その名に、影はくすりと笑った。


「そう呼ばれることもある」

 黒銀のイヤーカフ――僕から奪った羽根飾りが、かすかに揺れた。

「クロム・リーフ。――この劇場の支配人だ」


「クロム・リーフ!?!?」

 名を聞いた瞬間、空気が、ぴんと張りつめた。

 ――生きているはずがない。そう思った相手が、まさか“ファントム”として目の前に立っているとは。


「死んだはずの人間が、こうして立っているのは……やっぱり趣味が悪いぜ!」

 タリクが吠えた。

「承知の上なのだよ」

 クロム・リーフは気にした様子もなく、ゆったりと一礼した。

「美は、執着の産物だ。生きていようが、死んでいようがね」


 その視線が、セリアンへ向く。

「噂の吟遊詩人――君だったのか、セリアン」

「……噂?」

「いいね。闇を受け継ぐにふさわしい」

 クロムは、両手を広げた。

「鮮烈な歌劇で、観客の魂を狩ろうじゃないか」

「……は?」

 セリアンの肩が、ぴくりと揺れた。


「この劇場は、“音が生まれる瞬間”を閉じ込めるために在る」

 石壁、幕、香、影――すべてが、舞台を際立たせるための装置。

「君たちが好むかどうかは別として」

 クロム・リーフは、確信に満ちた声で言った。

「ここほど、“強い歌”を受け止められる場所は、そう多くない」


 ミラさんは、少しだけ目を細める。


「……厄介な支配人だね」

「最高の褒め言葉だ」

「安心するといい」

 クロム・リーフは微笑む。

「この劇場には――逃げ場が、いくらでも用意してある」

「……全然、安心できないんですけど」

「それは残念」

 低い笑いが、香の中に溶けた。



 こうして。耽美で、癖が強く、どこか息苦しい劇場は――ファントムとなったクロム・リーフの手によって、セリアンの“逃げられない舞台”として、静かに幕を上げようとしていた。











 劇場内の紫のモニュメントを眺めながら、支配人がぽつりと。


「紫はね」

 ファントムとなった今も、彼は微笑む。

「生きることも、死ぬことも、どちらも諦められなかった者の色だ」






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