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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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108 見つけちゃった!無意識のハモり!?






 僕たちは、街並みを見渡せる高台へ向かうことにした。石段を上った先には小さな広場があり、眼下にはミラソムの街がひらけている。


 昼の街は、人と声と匂いが入り混じっていた。屋台の呼び声、食器の触れ合う音、子どもたちの笑い声。それらが風に乗って、高台までやわらかく届いてくる。


「ここは……ざわめきはあるけど、落ち着いてるね」

 僕は広場を見回しながら、ほっと息をついた。


「街の中心よりは静かだね。人の流れも、ここで一度ゆるむ」

 ミラさんがそう言って――ふっと口角を上げた。その表情を見た瞬間、嫌な予感が胸をよぎる。


「……変装して街を歩いてたら、見つけるのは難しいかもね」

 肩をすくめる仕草が、やけに楽しそうだ。

「ま、こっちから誘えばいいんだけど」

「え?」

 聞き返す間もなかった。


 ミラさんは、すっと息を吸い――歌いはじめた。澄んだ声が、高台の空気を震わせる。音は風に乗り、坂道を下り、街のざわめきの上へと広がっていった。


 屋台の呼び声が、ひとつ、またひとつと途切れる。人々が足を止め、見上げる。


「……うわ、始まった……」

 思わず、声が漏れた。


 高台の広場は、あっという間に“舞台”になっていた。下の通りからも人が集まり、見上げる視線が増えていく。


「これ、完全に目立ってるよね……?」

「うん。でもね」


 ミラさんは歌いながら、ちらりとこちらを見る。


「この歌に、反応しない歌い手はいない」


 胸が、どくんと鳴った。

 ――セリアン。

 君がどこにいても、この声を聞いたら……。


 きっと、無意識に歌ってしまう。


 ミラさんの歌は、高台から街へと注ぎ込むように広がっていった。人の声も、足音も、食器の音も包み込みながら、決して埋もれない。芯のある旋律。


 そのときだった。


 ――ひとつ、音が重なった。


「……え?」


 最初は、気のせいかと思った。けれど次の瞬間、はっきりと聞こえた。ミラさんの旋律に、ぴたりと寄り添う、もうひとつの声。少し低く、静かで――それでいて、確かに強い。


「……ハモってる?」

 タリクが小さく呟く。


 広場の縁、石壁の影。黒い外套の男が、壁にもたれかかるように立っていた。顔は伏せられ、視線は地面へ。


 けれど――声だけは、迷いなく歌っている。


「……っ」


 息をのむ。


「セリアン……だ!」


 間違えるはずがなかった。彼はまだ、自分が歌っていることすら自覚していない。

 僕とカゲミは、顔を見合わせ――一斉に走り出した。


「無意識に歌っちまうんだな。吟遊詩人って」

 ツバネが、どこか複雑そうに笑う。


 ミラさんの旋律が高く跳ねると、セリアンの声は自然と下へ回り込み、和音を支えた。


 ――竪琴の音が加わる。これは、伴奏だ。


 前へ出るでもなく、主張するでもなく。 ただ、歌を“成立させる音”だけを、正確に置いていく。

 高台も、街も、ゆっくりと息を潜めていった。人々は理由も分からぬまま、耳を澄ませている。


「……あの子、やっぱりやっちゃったね」

 ミラさんは歌いながら、くすりと笑った。――最初から分かっていたような、笑み。


 旋律が終わりへ向かう。ミラさんが最後の音を伸ばし、セリアンの声がそっと受け止める。


 ――そして、音がほどけた。


 一拍の静寂。

 次の瞬間、拍手と歓声が、高台と街の両方から弾けた。


「……え?」

 その音に、セリアンはようやく我に返ったらしい。はっと顔を上げ、周囲を見回し――見上げる観衆と、取り囲まれた自分に気づく。


「な、なに……? え、俺……?」


 その声に、僕は一歩前へ出た。

「見つけた」


 セリアンが、ゆっくりとこちらを見る。目が合った瞬間、凍ったように固まった。


「あ……」


 黒い外套の下で、彼の喉が小さく鳴った。――噂の“闇の吟遊詩人”は、こうしてあっさり捕獲されたのだった。




 拍手は、なかなか止まなかった。歓声、口笛、足踏み。昼の街が、そのまま即席の劇場になったみたいだった。


「すごい……!今の、即興だよね?」

「二人組だったの!?」

「さっきの低音、鳥肌立ったんだけど!」


 ざわめく声の渦の中で、セリアンは完全に固まっていた。外套の影に隠れるように、肩をすくめている。


「……俺、逃げたほうが……」

「無理だよ」

 僕は小声で即答して昼飯を渡した。「もう“捕まってる”し、お腹すいたでしょ」

「うん……朝食べたけど、お腹ペコペコさ」


 そのとき。


「――みなさん、ありがとう」

 すっと一歩前に出て、ミラさんが手を上げた。不思議と、その仕草だけで場が静まる。


「こんな賑やかな街角で歌えるなんて、幸せだね」

 穏やかな笑み。けれど、目は――完全に“決めにいっている”。ミラさんは、ちらりとセリアンを見た。


「今の伴奏……素敵だったよ」

「え、ちょ、師匠……!?」

 セリアンの制止を、さらっと無視して、ミラさんは聴衆へ向き直る。


「せっかくだから、ひとつお知らせをしようかな」

 人々が息をのむ気配が、肌に伝わる。


「私と――」


 一拍、間。


「――弟子で」


 ざわっ、と空気が揺れた。


「歌劇をやります」


「――――え?」

 声にならない声が、あちこちから漏れる。


「歌劇!?」

「弟子って、あの人!?」

「さっきの二人で!?」


 セリアンの顔色が、目に見えて悪くなる。


「う、歌劇って……!?聞いてない……!」

「今、決めたからね」

 ミラさんは、さらりと言った。


 そして、胸に手を当てて続ける。


「場所は――ちゃんとした劇場で」

「お、おい!!」

「日取りも近いうちに」


 聴衆のざわめきは、もう歓声に変わっていた。


「本物の舞台!?」

「チケットあるの!?」

「絶対行く!!」


 ミラさんは満足そうに頷く。


「詳細は、記録師協会から告知が出るよ」

 ――完全に逃げ道を塞ぐ一言。


 セリアンは、ゆっくりと僕を見る。


「……なあ」

「うん」

「俺、今――人生の分岐点に立ってないか……?」

「立ってるね。しかも、全力疾走で押されてる」


 カゲミが、肩をすくめて笑った。


「おめでとう、闇の吟遊詩人。主演決定だ」

「主演!?俺、伴奏側だったよな!?」


 ミラさんはいたずらが成功した子供のような顔で、にっこり。


「大丈夫。主旋律も、影も――両方できるでしょ?」

 その一言に、セリアンは言葉を失った。


 ――こうして。

 昼の街角での即興演奏は、いつの間にか“劇場公演決定”という、とんでもない結末を迎えたのだった。











 その日からだった。


 屋台で昼食を買い、自然と高台へ向かう人の流れが、目に見えて増えはじめたのは。


「とりあえず、あそこで食べない?」

「うん、見晴らしいいし」


 そんな軽い理由で、紙包みを手に坂を上る人たち。

 昼になると、高台の広場には腰を下ろす影がぽつぽつと増え、いつの間にか――それが当たり前の光景になっていた。


 次の日には、噂を聞きつけたらしい近くの村の人たちまでやってくる。


「昨日、ここで歌があったんだって?」

「偶然だったらしいよ」

「えー、見たかったなあ」


 観光、というほど大げさじゃない。

 買い出しのついで、用事の帰り、ちょっとした寄り道。

 けれど、足は自然と高台へ向かう。


 屋台も、それに気づいた。


「今日は高台行きが多いね」

「包み、しっかり閉じとこう」

「歌、またあるのかな」


 期待しすぎない程度の、ゆるやかな高揚。

 それが街の昼に、静かに混じっていく。


 広場の隅では、そんな人たちの会話が、ひそひそと交わされていた。


「あの二人ってさ」

「昨日の?」

「うん、歌ってた人たち」


 声を落とし、でも頬は緩んでいる。


「……お師匠さまとお弟子さまなんでしょ」

「聞いた」

「はあぁ……」


 一拍の間。


「推せる」


 その一言に、周りがくすっと笑う。


「分かる」

「分かるわ」

「関係性が良すぎる」


 誰かが名前を知っているわけでもない。正体を探ろうとする人も、ほとんどいない。


 ただ――

 昨日、あの場所で耳にした音と、並んだ姿が、心地よく残っているだけ。


 だから今日も、人は屋台で昼食を買い、高台へ向かう。


「また、何かあるかもね」

「なくても、まあいいよ。見逃すよりは!」


 そんな曖昧な期待を抱えながら。


 静かだった高台の広場は、今日もほどよくにぎわっていた。






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