105 確保し忘れちゃった!?初雪キュリスマス(?)の大混乱!?
ラボチルへ向かう石畳を歩きながら、僕は胸を張って宣言した。
「よし!明日はノートリアとして、協会に久しぶりに顔を出そう!バリバリ働くぞー!」
「……そうだな。みんな、それはそれは驚くな」
ツバネがふっと笑う。その笑みが少し複雑なのに気づきつつも――食べて、笑って、元気になってくれているなら、それでいいと思った。
「はりきりすぎだぞ!セオト!」
カゲミに言われて肩の力が少しだけ抜けた。胸が少しだけそわそわしているのは、仕事復帰の緊張のせいだろう。
ふと、薄曇りの夜空からふわりと白い粒が舞い落ちてきた。
「雪だ……!」
差し出した手のひらに、ひとつ、またひとつ、結晶が触れては溶けていく。
「お、初雪ですねぇ」
「そういえばキュリスマスが近づいてくると、不思議と雪が降るんだよね。そんな気温低くないんだけど」
ひと仕事終えて手ぶらになった店員さんが。肩の力を抜いた声で気軽に話している。
「ん?きゅりすます?」
聞き慣れているようで、どこか異質な響き。胸の奥に小さな違和感が落ちる。問い返すと、店員たちは目を丸くし、それから不思議そうに笑った。――まるで、誰でも知っていて当然の行事だと言わんばかりに。
「ああ、ミラソムでは不思議なことがよく起こるんだ。”ミラソムの七不思議”って聞いたことない?」
「僕たちアユハにいたから初耳です!」
「キュリスマスは“きゅり”の精霊さんが祝福してくれる時期なんですよ!」
「…………」
一同、しばし沈黙。
「……きゅりの精霊?」
僕が確認すると、店員は元気よく頷いた。
「そうです!冷気を司る小さな精霊で、透明で、よく見ると頭にお皿みたいなのがあって……あっ、でも気温はそんなに下げないんですよね。不思議なんですよね!」
「へぇ……頭にお皿みたいな……精霊」
うーん、それって……透明ミニミニカッパ様じゃないの?
しかも精霊の大好物はキュウリで、各家庭では“モミの木にキュウリを結わえてつるす”のだという。飾った木のある部屋で家族や仲間とパーティをする伝統なのだという。
カゲミがひそひそと近づく。
「なぁセオト……きゅりの精霊って、聞いたことある?」
「ない」
「だよな……」
そんな僕たちを見て、ミラがふわっと微笑んだ。
「でも、そういう“この土地だけの行事”って好きだよ。季節が来たって感じがして」
「とても素敵な風習ですわ」
リウラも穏やかに頷く。
「つーかさ」
タリクが気楽な声で言った。
「プレゼント交換して、雪見て、なんか騒げるなら……呼び名なんて何でもよくねぇ?」
「行事の本質を理解してませんが、同感です」
ゲルが鋭く突っ込みつつも苦笑している。
「キュリスマス、楽しみですね!」
「ええ!お店でもパーティをしますので、ぜひ来てください!」
店員さんたちが嬉しそうに手を振った。
夜空では、雪がやさしく舞い続けている。
知らない行事、知らない精霊。
だけど――こうして仲間と笑って歩く、この瞬間こそが、何よりの祝福なのかもしれない。
ラボチルに戻り、あったかいデザートをつつきながらほっとひと息ついていたとき――僕は、ふと、とんでもない事実に気づいてしまった。
「っ……しまった!今夜どこに泊まる!?」
スプーンを落としかける勢いで立ち上がる。
記録師協会にはまだ正式に顔を出してないから、宿舎は使えないだろうし……。ホテルなんてこの町にあったっけ!?いや、あっても雪の中を探し回るのはつらたんすぎる……!
みんなも一気に焦り出した。
「くっ……不覚だった!拙者としたことが……!」
「野宿だけは……!雪の野宿だけは……ッ!」
「私は雪の中で一晩過ごすのもやってみたいが」
ミラのつわもの発言に、思わず机に突っ伏しそうになる。
そんな騒ぎを聞きつけて、ラボチルの巫女さんがそっと声をかけてくれた。
「この町は冒険者や研究者が多いので……仮眠室でよければ、ここにもありますよ」
「おお!ありがたい!」
天の声って本当にあったの?と思うくらいの救世主だった。
巫女さんはまるで灯りがともったみたいに柔らかく微笑んで、カウンター奥を指さした。
「簡易ベッドと毛布だけの小さなお部屋ですが……雪の夜に外で眠るよりは安全ですよ」
「十分です!命が救われました!」
僕は勢いよく頭を下げた。胸がじんわりあたたかい。
雪の夜でも眠れる場所がある――それだけで、世界がぐっと優しくなる。ラボチルって、本当にありがたい場所だ。
安心したせいか、ふと別の興味が湧いてくる。
「キュリスマスパーティは、毎年何をしてるんですか?」
どうせなら僕も盛り上げてみたい。そんな気持ちが自然と湧いてきた。
巫女さんは楽しそうに頷いた。
「まず、みんなで“きゅり精霊さん”に捧げる歌を歌います。静かで優しい歌なんですよ。空気がすっと透明になるような」
「へぇ……歌があるんだ。伴奏者はいるかな?」
ミラが興味深そうに身を乗り出す。
「あとは、モミの木にキュウリを飾って……夜になると精霊劇をやります」
「精霊劇?」
ツバネが眉を上げる。
「ええ。きゅり精霊さんが冬を運ぶお話です。透明の衣装をきらきらさせて、今年はゲルさんが主役なんですよね?」
「えっ」
ゲルがスプーンを落とし、全員が振り向く。
「……聞いてませんが」
「毎年、誰かが強制的に選ばれるんです」
巫女さんは悪びれずに言った。
「運悪かったな、ゲル」
タリクが肩をぽん。
「いや、運よかったと言うべきかもな!」
「どちらでもありません!」
ゲルが真っ赤になって抗議し、店内に笑いが弾けた。
外では雪がしんしんと降り続けている。知らない土地の、似ているようでいて、どこか違う不思議な習わし。
でも――こうしてみんなで笑っているなら、今年のキュリスマスもきっと温かい夜になる。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
おかげさまで、毎日更新させていただいてます。
キュリスマスイブにはキュリスマスパーティーを開催したいなと思いました!
楽しい番外編になりそうです。
それでは、また水の世界でお会いしましょう。
――(万寿)ぷりん。




