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おにポチャで転スイ(転生)しました!?  作者: (万寿)ぷりん
第3章

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104 作りすぎちゃった!?兄さんの夜食!?






 一人分にしてはどうにも多い気がする料理を抱え、僕たちは記録師協会――いや、“新”記録師協会へと到着した。

 腕に下げた籠はずしりと重い。影うつしのサンドに、青沼カルデア粥、蒸し魚の包み焼き、滋養スープまである。

 (兄さん、めっちゃ食べるんだな……いや、これは店員さんたちの思いやりだよね。さすがに))


 ミラさんが黒曜石のような光沢を放つ外壁を見上げて、ぱぁっと目を輝かせた。

「わぁ……本当に綺麗になったね。“アクア・スパイラル”。名前の通り、螺旋だねぇ」


 新記録師協会――アクア・スパイラル。ひときわ透明度の高い石材で組まれた研究塔の二階部分が、協会の執務フロアで、塔の中心を抜ける水路が青い光と冷たい水の匂いを運んでくる。


「ここが、協会……か」

 カゲミが腕を組み、しみじみと見上げた。

「前のボロ屋とは雲泥の差だな。あっちは風通しは良いが天井も抜けてたし」

「カゲミ、それ褒めてませんわよ」

 リウラが呆れながら小突く。


 僕は籠を持ち直し、螺旋階段を登った。水の音と淡い魔力の振動が近づくにつれ、胸の奥がむずむずする。


「さて……兄さん、ちゃんと食べてくれるかな」

「食べるしかねぇ量だろ」

「それフォローになってる?」

「知らん」

 僕らはくすりと笑い合いながら、協会の扉の前へと立った。


 扉は新しい木材の匂いがして、真鍮の取っ手がひんやりと冷たい。中からは紙をめくる音、走る足音――そして、兄の低い咳払い。


 (やっぱり休んでない……)


「……よし、入るよ」

 僕はノックし、扉を開いた。



 まずラボチルの店員さんたちが飛び込むように入ってきた。


「失礼しまーす! 記録師協会さま“特別配達”入りまーす!」

「影うつしサンドに蒸し魚、追加の大籠はこちらでーす!」


 どん、と籠が机に置かれると、研究室の空気がふわりと温かくなる。資料や紙束の匂いの中に、スープの香りがしみ込んでいく。


「こちら青沼カルデア粥でーす、重いのでこのまま……はい!」


 鍋が机に置かれた瞬間、資料の山が“道を空けた”ように見えた。


 そして――書類の向こうから顔を上げた人がいる。

 久しぶりに見る、汐真兄さんだ。

 夜灯に照らされた横顔は相変わらず凛としているのに、目の下には薄く影が落ちていた。眠っていない、食べていない――そんな顔。


「兄さん。久しぶりだね」


 兄さんは驚いたように動きを止め、ゆっくりとこちらを向く。その目が驚きと安堵を同時に揺らした。


「……セオト?」

 その声は、疲れで少し掠れていた。でも、確かに僕の名前を呼んだ。

「どうしてここに……?」

 僕が「夜食を届けに来た」と言うと、兄さんは観念したように目を伏せ、かすかに笑った。

「……そんな噂、すぐ広まるんだな。この塔は」


「噂じゃなくて、事実なんじゃねぇのか?」

 タリクが後ろで腕を組みながらぼやくと兄さんは言葉を詰まらせた。


 そして――ミラさんが兄さんをじっと見つめる。

「うん、久しぶり! シオマくん。顔色が完全に“倒れる寸前の賢者”だよ?」


 その瞬間、兄さんの肩がぴくんと跳ねた。

「えっ!?ミ……ミラ。ミラさん!?どうしてここに?」


 兄さんの動揺っぷりは、今まで見たことがないほどだった。言葉がつかえて、視線がまとわりつくように揺れる。

 僕もカゲミも、思わず顔を見合わせる。

 (……兄さん、そんな反応する?)


「ほんとにひどいよ。ちゃんと寝てないんでしょ?」

 ミラさんの声は優しいけれど、どこか胸に刺さる。


 兄さんは目をそらしながら、力なく笑った。

「俺……そこまでひどい顔だったか」

「ひどいよ。今まででいちばん」

 その言葉に――ふたりだけ、時間が戻ったように静かになる。


 (え? なにその“昔の雰囲気”。絶対なにかあったよね!?)

 (説教とか、なんでそんな懐かしそうなんだよ……?)

 こっそり囁き合う僕らの前で、兄さんがふっと息を漏らす。


「……ミラに言われると、なんか……効くな」


 その一言に、ミラさんのまつげがかすかに震えた。

「心配してるだけ。……昔みたいに怒ったりしないよ」


(やっぱり何かあったーー!!)


 僕とカゲミはもはや言葉を失って見つめ合うだけだった。




 協会の扉を閉め、僕たちは階段を下りた。上の階では、兄さんが食器を片づけている小さな音がした。


(もう“ひとりきりの部屋の音”じゃない……)


 胸の奥がふっとあたたかくなる。


「明日、また来よう」

「うん」

 たぶん、兄さんが食器を片づけたんだ。

 その音が、もう“ひとりの部屋の静けさ”じゃなくなっている気がして、僕はそっと胸の奥があたたかくなるのを感じた。




 一方その頃――


 無表情のまま、シオマは執務室へ戻る。そこには、ひとりではない影があった。


「温かいうちに食べよう、クルヴ」


 静かに声をかける。


「……そうだな。いただこう」


 クルヴの沈黙は、いつもより深い。


 この部屋も、この塔も――まるで何かを隠しているみたいに静かだった。











 お、お腹すいた。……そうだ、ミラソムのチルへ行こう。

 ただそれだけのつもりだったのに、セリアンの目に飛び込んできたのは予想外の光景だった。


 角を曲がった先――店の入り口まで、ファンがぎっしり詰まっていたのだ。

 私は何もしてないのに、闇のお方~!とか騒いでるじゃないか。


「……え、ちょっと待って。これ、入れないじゃん……」


 セリアンはそっと踵を返した。

 ひとりで歩く夜道は、なぜだかいつもより風が冷たく感じる。


「……お腹すいたな。さみしいな……」

 こぼれた独り言は、夜の通りに静かに消えていった。


 そんなときだった。

 場末の細い路地に、小さな屋台の灯りがぽつんと浮かんでいるのが見えた。


『キュウリ漬け 一本50』


 素朴すぎる手書きの看板。

 客はゼロ。

 屋台の主は湯のみを手で温めながら、ぼんやり湯気を眺めていた。


 セリアンは、気づけばその前に立っていた。


「おやじさん……一本ください」


「はいよ」


 渡されたキュウリ漬けは、驚くほど冷たくて、驚くほどしょっぱくて――

 不思議と胸の奥がすっとする味だった。


 丸椅子に腰を下ろし、ポリポリと噛む音だけが夜に溶けていく。


「……うま……いや、違う……今の僕には、沁みる……」


 キュウリ漬けを握ったまま、少し背を丸くする。

 この屋台には、静かな夜の匂いが漂っていた。


 屋台の主が、ぽつりと言う。


「兄ちゃん、有名人だろ?顔見りゃ分かるよ」


「……まあ、そんな感じです」


「大変だなぁ。うちのキュウリ、ゆっくり食ってけ」


 セリアンはうつむき、

 ポリ……ポリ……

 ひたすら味わうように噛みしめた。


 その瞳の奥に映っているのは、

 ファンの喧騒でも、ラボチルの賑わいでもなく――


 ひとりぼっちの静かな夜だった。


「……ありがとう。おいしかったです」

 立ち上がるセリアンの声は、かすかにやわらかい。


「こりゃあ、モテるな」


 屋台主の茶化しに、セリアンは小さく笑った。


 ——この夜、彼が一番長く話した相手は、キュウリを漬ける屋台の主だった。






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