101 近道しちゃった!?地下空洞の出口!?
裏記録師を見送って、静かに流れ始めた時間の中で――僕は胸の奥からふつふつと湧き上がってきた言葉を、そのまま口にしてしまった。
「ツバネのお兄さんも、己を貫くってかんじだよね。僕の兄さんと似てる気がする」
ぽつりとこぼれた声。ツバネは「ん?」と眉を上げ、横目でこちらを見る。ほんの一瞬、考えるように視線を宙にさまよわせて……そして、さらっと、とんでもない事実を口にした。
「そうだ、まだ言ってなかった気がするが――新しい協会長は、セオトの兄者だぞ」
「えっ……えええっ!?汐真兄さんが協会長なの!?」
あまりの衝撃で、心臓が一拍抜けたみたいになった。そんな大事なこと、どうして誰も言ってくれなかったんだよ……!
「初耳だった」と思わず口にすると、ツバネは肩をすくめる。
「ああ。崩壊した協会を、あれよあれよと新天地に建て直したろう?あの手腕と決断力で、全会一致で決まったんだ」
ツバネの声音には、珍しく素直な敬意がにじんでいた。
「へええ。兄さん……すごいなぁ……」
……汐真兄さんが協会長。胸の奥がじんわり熱くなる。誇らしくて、ちょっと心配で、それでも嬉しい。遠くへ行ってしまったような気持ちと、でも確かに繋がっている感覚が同時に押し寄せる。
新しい協会、新しい責任。僕も、ちゃんと胸を張って会いに行けるように――進まなきゃ。
しんみりした空気がまだ胸の奥に残っていたけれど、立ち止まってはいられない。気持ちを切り替え、ミラソムへ向かう準備を整える。
「じゃあ、出発しようか!」
僕が声を上げると、皆の視線が集まった。
「ちょっと待って」
セリアンが周囲を探るように目を細めた。
「取り込んでわかったんだけど、影の力がこの先に流れてるんだよね。この先を辿ってみたいんだけど、いいかな?」
セリアンにしかわからない、淡くて鋭い“流れ”が、神殿の奥へと吸いこまれていくようだ。
「わかった。行ってみよう」
ツバネがうなずき、皆もそれに続いた。
しばらく歩くと、ふいに足元の感触が変わる。ぽっかりと口を開いたような地下空洞が広がり、青白い光が岩壁に反射していた。
「すごいな、ここ……」
思わず息をのむ。
「ねえ、セリアン。まだこの先も行くの?」
「そうだね」
セリアンは足元に漂う影の粒子を見つめた。
「この先へ流れてる。この空洞で増幅できるみたいで……かなり大きな力になるね」
その声は落ち着いていたけれど、どこか緊張の色も混じっている。
……この先、何が待っているんだろう。胸の中に小さなざわめきが生まれ、足元が少しだけ冷たく感じた。
それでも、退くわけにはいかない。一行は、影の流れの向こうへ歩みを進めた。
ずいぶん歩いた気がする。……たぶん二十分くらい?息は上がっていないけれど、足の感覚でそれくらい経ったとわかる。
ようやく、ほのかに明るい“出口らしき場所”が見えてきた。
「ここ、地上へ出られそうだね。行ってみるか!」
ミラさんがぱっと前に出て、軽快に岩場をよじ登り始める。僕たちも後に続くと、上のほうから彼女の声が降ってきた。
「……あれ?ここって、ミラソムじゃないのかな? 昔と景色が変わってなければ、きっとそう」
え……まさか。
最後の段差を越えて外に出た瞬間、涼しく乾いた風が頬を撫でた。視界に広がるのは、まさしく僕が知っている――ミラソム近郊の景色。
なんということでしょう。
僕たちは、まるで秘密の通路のように、ミラソムへ地下から到着してしまったのだ。
「……え、近道すぎない?」
思わずそんな感想が口から漏れてしまった。
驚きというより、あまりのタイミングの良さに拍子抜けした感じだ。
しかしミラさんは肩をすくめ、まったく別の方向から釘を刺してきた。
「セオトってば呑気だねぇ。ミラソムに影の力が流れてるってことだよ」
「ハッ!? それって大丈夫なの? セリアン、わかる!?」
僕が慌てて振り返ると、セリアンは静かに目を閉じて気配を探っていた。けれど次に開かれた瞳には、不安な色が宿っていた。
「……よくわからないから、調査するね。協会でまた会おう」
その声は落ち着いているけれど、判断は慎重だ。
「わかった。危なくなったら、一人で踏みこまずに僕たちを呼んでね」
「ああ。もちろんだよ」
軽い笑みを交わした瞬間、風がひゅう、と街のほうへ流れた。その風はひどく冷たくて――まるで“影の気配”が僕たちを誘うように思えた。
セリアンはもう一度だけ振り返り、静かにうなずく。
「……行くよ。みんなも気をつけて」
その背中を見送り、胸の奥に小さな不安が宿る。でも、立ち止まるわけにはいかない。
「さ、行こうか。ミラソムの町へ」
ツバネが前を向き、ミラさんも軽く手を振って歩き出す。いつもの仲間の足音が、さっきまでより少しだけ頼もしく感じられた。
僕たちはセリアンと別れ、風に揺れる影の匂いを背に受けながら――ミラソムの町へ、新しく生まれ変わった記録師協会へと向かった。
そこに何が待っているのかは、まだわからない。けれど、きっとまた新しい“記録”が始まるのだと思った。
みんなと別れて、一人でミラソムの外れを歩く。
影の流れを辿るためだけど……静かになると、いつも思考が深く沈む。
「……やれやれ。やっぱり一人になると、影がよく響くね」
そんな独り言をこぼした時だった。
通りの向こう、数人の町人がこちらを見て――ぴたりと動きを止めた。
「えっ……ちょ、ちょっと、あれ……見て……」
「黒髪に影まとってる……ミステリアス……!」
「吟遊詩人さん!?うそ、かっこよ……!」
「影属性なのに優しげって反則じゃない!?」
……ざわっ。
セリアンの周囲に、妙な熱気が広がる。
「……うん? なんだい、この視線は」
町人たちのきゃあきゃあが加速する。
「影をまとってる感じが最高……」
「竪琴持ってる……!絶対歌ってほしい……!」
「闇堕ちじゃなくて“闇優し系”って感じ……!!」
セリアンは頬に手を当て、ほんの少しだけ眉を寄せた。
「……困ったなぁ。僕はただ、影を辿っているだけなんだけど」
ふっと微笑んだ瞬間――
「笑ったぁぁぁぁ!!」
「えっ待って尊い……!!」
黄色い悲鳴が爆発した。
セリアンは肩をすくめ、まるでそれも風の一部であるかのように静かに歩き出す。
「まったく……影より騒がしいじゃないか。……みんなと合流する前に、調査を終わらせないとね」
ひゅう、と影の風が街の奥へと流れる。
その風に乗るように、ミステリアスダークな吟遊詩人――セリアンは音もなく消えていった。




