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岩陰の語り部 5

 私、松代町に住んでおります、朝鮮人の催本といいます。

 慶尚南道陜川郡伽倻面というとこで生まれました。


 本名は、崔小岩(チェソアム)と言います。

 創氏改名で人偏の催という字に改め、催だけでは日本人っぽくないっちゅうことで、本をつけて催本。


 この町に来たのは昭和の十九年十月二十日です。

 ちょうどわしが、二十……二十一、二十二歳かね。

 ここに来るまで日本中を歩き回りました。

 もう行ったとこないくらい。 

 松代はいい町だというし、日本一の防空壕で君の力が必要だと、岩手、仙台、塩釜にいた時の親方に誘われて来ました。

 本当はこの町に、大本営が移ってくるらしかったんだけども、そんなことは聞かされなかった。

 仕事が面白くなければどっか行っちまえばいい、まあそういう気持ちで来ました。

 当時、雪なんかがちょびちょびあったです。

 松代に着いて現場のヤマ見て、今日は休んで明日から出ようかって布団の中でのんびりしていたわけです。

 そしたら、飯場に三人ばかり押しかけてきて、布団、ビーッてはぐっちゃって。

 棒持って「起きろ」「仕事行けや」って言う。

「監督さん、昨日来たのでくたびれているから、明日からしっかりやりますから、休ませてくれや」って言ったら、棒が飛んでくるもんね。

 もう身体中。

 もう目から火が出るくらいに痛い。

 そうです。

 わしはこの時と、あと二回、殴られました。

 棒でもって。

 自分たち、持って歩くの、このくらい長いやつで、その棒ひっぱると刀が入ってます。

 現場の穴の中に入って仕事やってる時です。中はカンテラの灯しかないから近くに誰いるかわからない。

 その時は仕事のことをしゃべってた。

 そしたら「朝鮮の言葉しゃべったの誰だな」って。

「それはわしが言いました」って。それでまあ、連中たちの一人が「お前、仕事終わったら、ちょっと会社までこいや」って言って穴から出てった。

 仕事終わって行ったら、「さっき言ったこと、もういっぺん言ってみろ」。

「さっき言ったこと、わし覚えありません」。

 なーに、それからもう、はたかれちゃって。

 二度目の時は、ドリルの先端のノミっていう部品が穴に挟まっちゃって、何とか抜ければいいなと思って、一生懸命抜こうとしているとき、後ろから「お前、何やっているんだ」って。

 隣の機械の音とか、土埃と霧で中、人間みえませんから、わし監督さんって知らなかったわけ。

「何って見ればわかるだろ」と、まあ、こう言ったの。

「お前、ちょっとこっち来いや」って、そこ座れって。

 いきなり棒。

 もう全部足しびれちゃって。

 もう感覚なくなってね。


 現場での事故ですか。

 そりゃ、ありましたよ。

 ドリルで穴あけたとこにダイナマイトで発破かける時はよっぽど気いつけてなきゃ。

 わしは七号の穴を担当してたんですけど、ほかの穴では事故、起きました。

 発破かける時間は決まってるんですが、時間じゃないのに鳴るんだ。

 なかには四人いたはずが一つも姿がみえねえ。

 そいでまあ、入ってよくよく見ると、みんなバラバラになっちゃった。

 まあ、肉や骨を全部拾いました。

 同胞の肉片だと思うと粗末にできねえから。

 落盤事故もありましたよ。

 わしの親戚でもある、故郷の隣部落の崔というのが徴用で来てたんです。

 子供の頃からよく一緒に遊んで、兄さん、兄さんと慕ってきてたんだ。

 朝番で飯場に帰る途中で、その崔が少し酒に酔ってふらふらしてんだ。

 心配だからわしが代わりに出てやるって言っても、「いや、兄さんには迷惑かけられねえ」って言って、もたつく足取りで現場に行っちゃったんだ。

 夜中の十二時半頃だ。

「催本くん、ちょっと来てくれねえか」って親方に揺り起こされて「えらいことになっちゃった」って言うんです。「天井が落ちてやられちゃった」。

 それで走って見に行ったら、落盤で即死しちまってて、頭の格好がないほど潰されて、眼球も飛び出して垂れ下がってんだ。

 血で汚れた顔を拭ってやろうと、一度飯場へタオル持ってきて戻ってくると片づけてなくなってんだ。

「あの子はどうしたんだ」って言うと会社の者たちがどこか運んだというだけで、それ以上は知らねえだとさ。

 監督さんに聞きに行っても「朝鮮人はつべこべ抜かすな」って怒鳴りつけるんだ。

 虫けらのようにしか、わしたちを思ってねえんだから。


 松代に来て一番辛かったのは、食べ物がなかったことでね。

 飯場の家にお勝手みたいなとこがあって、炊事場と食卓が並んでんだ。

 それへわしらは立ったまま食事さ。

 コウリャン米ってのは赤飯みてえに赤く染まってうまそうだが、全然そんなことない。

 コウリャン米と大豆かすで、大根細かく切ってそんなかへ入れて塩かけて食べるだけ。

 たとえ魚が出たとしても、腐った塩イワシかホッケで、それも二か月に一回、こま切れんのが出るだけ。一口で終わっちゃうんだ。

 腹が減るの通り越しちゃって、しまいには仕事しても力が入らねえんだ。

 わしみたいに若いのはまだよかったけど、年取った五十代の老人たちは、もうふらふらして倒れちまう。 

 栄養失調になって死んだ人間は相当いたんじゃないですか。

 栄養失調になってくると、ご飯も水も飲みこめなくなっちゃう。

 水なんて吐いちゃいますよ。

 そうやって体悪くなって寝ていると、監督さん来て、「起きろ」って真冬でもバケツに水汲んできてぶっかけちゃう。

 それで何しろ現場へ追い出しちゃうんですよ。

 病気になっても医者なんて来ません。

「こんなの大丈夫だ、大丈夫だ」って本当にもうだめだなってなってからはじめて町の病院に連れて行くんだもの。

 同じ飯場の老人も熱出て動けなくなっちゃった。

 結局、最後は監督さんにどこか連れていかれて、そこからもう、どうなっちゃったかわからないですよ。


 わしらのように、もともと日本に渡ってきた人間と違って、徴用してきた人に対する扱いはひどかったですよ。

 百姓しているところを狩りだしたり、家に襲って強引に連れてきているから、服見ればすぐにわかります。

 辛くなってこっそり逃げた者もいました。

 そういう人は軍命令に違反したと、捕まれば見せしめにされたうえで殺されちまうさ。

 飯場のところぐるぐる棒持った監視の人が一日中、見回っている。

 だから、逃げたって逃げ切れませんよ。

 回っているときはライト消して真っ暗にしちゃって、足音も聞こえません。     

 捕まれば現場の近くに小屋を建てておいて、逃げ出した人間、そこへ放り込んで鍵かけちゃう。

 それで、これから現場に入る労働者たちの前に引っ張り出して、座らせて、膝の間に丸太棒さして、その両端に人間乗る。

 見本にして、お前たちも逃げればこういう目に合うんだなって。

 骨が折れる音、聞こえるんですよ。

 一週間もご飯食べさせないから、もの言えない。息しているだけ。死んだと一緒。

 その人、見えなくなっちゃったときは、おそらく死んじゃったか、どっちかでしょう。


 事故や病気で死んだ人間はどうなっちまったか、まったくわからない。

 穴でも掘って埋めちゃったか、山にでも埋めちゃったか。

 それはもう、全然わからないですよ。

 ここは大本営が移ってくるところだったでしょう。

 天皇陛下が来るところを掘った人たちがいなくなっちゃった噂は聞いたことあります。

 わしも知り合いのおっさんいたんだけど、いつの間にか消えちまった。

 殺されたか、樺太かどっか遠いとこ、連れてかれちまったか。


 終戦後、帰国運動があったでしょう。

 わし以外の松代の朝鮮人は、どんどんそれで帰っていきました。

 今ではこの町に、わしとあと一人いるくらいなもんで。

 わしなんか故郷を飛び出してきちゃって、あっちに帰る場所なんかない。

 こっちにも、もうちょっと未練がありましたし。

 それに、今じゃほとんど忘れちゃってね、朝鮮語。


 わしですか。

 わしはね、みなさんのおかげさんで、いまね、幸せですよ。

 自分たちの生活も自分たちでできるようになって、わしももう年だから、仕事しなくても子供たちが食べさせてくれるし。

 ただひとつ、みなさんを前にして言いたいのは、朝鮮人にしろ、日本人にしろ、アメリカ人にしろ、顔かたち、言葉が違うだけで、みんな変わらない、おんなじ人間ってこと。

 これからはもう、戦争だけは、絶対にやってもらってはいけない。

 これからは、みなさんのような若い人が、がんばって勉強してもらって、もうせつない思いする人間いないようにしてもらいたい。

 祈るような気持ちです。

 

    完


「ここで働いて戦後ずっとわしがなぜこの松代の象山を離れ切れねえかは、大本営工事で亡くなった犠牲になった、同胞への思いがあるからなんだ。永久に象山跡に住む決心をしたのは、犠牲になった同胞たちの墓守りとして、生きようと考えたからなんだ。」(林えいだい『松代大本営―証言が明かす朝鮮人強制労働の記録―』)

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