婚約者が浮気して自滅したので、ずっと好きだった王弟殿下と幸せになります
ベルティアナ・ブレンド公爵令嬢は、数人の取り巻き達と共に王立学園の廊下を歩く。
金の髪に青い瞳のベルティアナはとても美人だ。歳は17歳。王立学園の生徒である。
ベルティアナが王立学園の教室の扉を開ければ、一番後ろの席で仲良さげに話す二人の男女。そこにはユリウス王太子殿下と共に桃色の髪の少女がいた。
ベルティアナは、二人の前まで行くと、
「おはようございます。王太子殿下。それから、そちらの方はどなた?」
少女はプルプルと震えながら、
「ユリウス様、怖いっ」
ユリウスは少女を抱き寄せながら、
「私の可愛いマリーを怖がらせるな」
ベルティアナはイラっとする。
「王太子殿下はわたくしと婚約を結んでおりますわ。それなのに、その女はどなた?」
「マリーだ。名前くらい覚えろ。何度も聞くな」
「下賤な女の名前等、何度、紹介されても忘れますわ。何でこの女が教室にいるのです?ここは高位貴族の生徒が集まる教室。この女の爵位は?」
「男爵家だ。何度も言わせるな」
「男爵位なら、別の教室でしょう?」
「私に会いにきてくれたのだ。マリーは。可愛いではないか?」
「馬鹿ですの?それにそこはわたくしの席ですわ。ちょっとどいて下さらない?」
マリーと言われた少女は泣きながら、
「私、虐められている。男爵位だからって」
「マリー。私がいるから大丈夫だぞ」
「だから、その席はわたくしの席ですわ」
マリーと呼ばれた少女は立ち上がり、ぺこっとユリウス王太子に頭を下げて、
「授業が始まりますっ。またね。ユリウス様」
さっさと行ってしまった。
ベルティアナはユリウスに、
「愛妾になさるおつもりですか?わたくしは構いませんが」
「ああ、愛妾にする。だからしっかりと面倒を見てくれ」
「嫌です」
「へ?」
「何で、わたくしが面倒を見なければならないのです?」
「いずれ、お前が王妃になるのだろう?後宮の管理は王妃の仕事だ」
「まだ、結婚前です」
「結婚前から慣れておくのも大切だ」
酷い男だと、ベルティアナは思った。黒髪碧眼のユリウス王太子はそれはもう美しい。
それでも、我慢できないと思った。男は顔ではないのだ。
まだ学生で婚約者である。
ただでさえ、王家に嫁ぐ為の教育を休みの度に受けていて大変なのだ。
何で結婚前から愛妾になる女の面倒を見なければならない。
それにもし、結婚前に子でもはらんだりしたら。
愛妾といえども、厄介である。
この王国は一番最初に生まれた男性に、後を継がせることが一般的だ。
ユリウスはあの女に夢中である。
ユリウスとは二年前に婚約者になった。
王家に頼まれて仕方なく。名門公爵家に生まれたからには断る訳にはいかない。
ユリウスが出来が悪くても、先行き、尻ぬぐいの人生が待っていようとも。
いかにユリウスが黒髪碧眼で美しくても、憂鬱なだけの結婚。
そこへ、背後から取り巻きの令嬢達が声をかけてきた。
「ベルティアナ様も大変ですわね。あの男爵令嬢、色々な男性に声をかけて、親しくしているどうしようもない女なのですわ。そんな女の面倒を見なければならないだなんて」
「本当に、わたくし達に出来る事がありましたらおっしゃって下さいませ。わたくし達はベルティアナ様の味方ですわ」
「そう言えば、あの女、食事のマナー、見ました?酷い食べ方で。あんな食べ方をされたら、食欲も落ちるというもの」
「本当に。よく王太子殿下、我慢をしていらっしゃいますわ。わたくしでしたらとても一緒に食事なんかしたくはありません」
「わたくしもですわ。色々な男性と親しくしているだなんて。どこの種を仕込んでくるのやら。王太子殿下の子だとよろしいですわね」
「本当に。心配ですわーー。あ?結婚前にちゃんと検査をしますわね。病気なんて持っていたら大変ですし」
「そうそう、大変ですからね」
周りの取り巻き達が、それはもうベルティアの後ろで、にぎやかに話す話す。
ユリウスは喚きたてて、
「お前ら煩いぞ。マリーが他の男と親しい訳ないだろう?マリーは私だけを愛しているって」
取り巻き令嬢達は口々に、
「え?マリーという女、わたくしの婚約者にも声をかけておりましてよ。わたくしの婚約者はちゃんと断ったと言っていましたが」
「わたくしの婚約者にもですわ。中にはあの女と親しくしている方も大勢、いるみたいですわね。ちゃんとあの女の動向を調べているのかしら?」
「王太子殿下の事ですもの。調べているに決まっていますわ」
「そうですわねー。抜かりないですわね」
「さすがですわーー」
ユリウスは慌てて立ち上がって、教室の外へ出て行った。
ベルティアナは思う。
自分も言いたい事は言う方だけれども、周りの取り巻き達も、はっきりと言う方だと。
ベルティアナは取り巻き達に、
「有難う。わたくしの味方をしてくれて」
「いえいえ、ベルティアナ様はわたくし達の女神様ですから」
「努力家で美しくてわたくし達の憧れ」
「本当に王妃となって社交界で輝かれるベルティアナ様を見るのが楽しみですわ」
「そうですわ。先行き、社交界で楽しみですわね」
「本当に、その時もわたくし達がお傍におりますから。安心して下さいませね」
嬉しかった。彼女達に礼がしたい。そう思った。
ユリウスの事で憂鬱だったのと、礼も兼ねて取り巻き令嬢達5人とカフェに出かけた。
カフェに入ったら、偶然、見知った人に出会った。
ディアトス王弟殿下である。
何故、カフェに彼がいたのか?
「これは、ベルティアナ。それから、騒がしい取り巻き達。ようこそ、我が、キラキラケーキの夢のカフェへ」
にこやかにそう言われて、ベルティアナは思わず、
「相変わらずセンスが悪いカフェの名前ですわね。まだ変えていませんの?味は一流なのに」
「君が幼い頃に、こういう名前の店で美味しいケーキが食べたいと言ったから、その名前にしたんだ。変えられないよ」
周りの取り巻き達が、
「まぁーー。なんてお熱い。ベルティアナ様が幼い頃につけた名前がカフェの名前だなんて」
「純愛?純愛ですの?」
「何故、今だにご結婚していないのですか?王弟殿下。歳は30歳。そろそろまずいのでは?」
「もしかしてベルティアナ様だけを思って、苦節30年?」
「まぁなんて素敵な。それともまさか、男にしゅ…」
一人の令嬢をもう一人が口を塞いだ。
ディアトス王弟殿下は赤くなって、
「ベルティアナは、王宮によく遊びに来ていたからね。私が17歳の時に、まだ4歳のベルティアナ。初めての出会いがそれだ。それから王宮に来るたびに、成長が楽しみで。
ベルティアナはキラキラケーキの夢のカフェってところで美味しいケーキが食べたいという物だから、店を作ってしまったよ。来てくれて嬉しいよ」
ベルティアナはにこやかに、
「店の名前は変えてもよかったのでは?あまりにも酷いネーミングですわ」
「君が望んだ店の名前だ。そのまま使いたかったんだ」
ベルティアナは思う。
本当はディアトス王弟殿下に嫁ぎたかった。
銀の髪に青い瞳のディアトス王弟殿下。とても美男だ。
大人で、幼い頃のベルティアナの我儘も聞いてくれて。
カフェの店の名前なんて、そんな酷い名前にしなくてもよかったのに。
胸が痛む。
彼は、ベルティアナが幼い頃に考えたカフェの名前をそのまま店に使ってくれたのだ。
ディアトス王弟殿下はベルティアナ達に、
「ゆっくりと新作ケーキを楽しんで行ってくれ」
そう言って席に案内してくれた。
6人は席に着くと、キラキラしたケーキが乗った皿が運ばれてくる。
新作ケーキは虹色で、とてもキラキラして綺麗だ。
取り巻きの令嬢達は、
「まぁ、なんて綺麗。まるで虹みたいですわ」
「食べるのがもったいない位」
「でも、美味しそうですわね」
「食べましょうか」
「ベルティアナ様。食べましょう」
食べてみたら、爽やかな味で。果物が入っているのか。ゼリーを使っていてとても美味しい。
ふと、思い出した。
幼い頃の自分が空を指さして、
「ディアトス様。わたし、虹が食べたい」
「虹か?虹は食べられないぞ」
「でも、食べたい。あんなケーキがあったら食べたいわ」
そう言って空を指さした事を。
婚約者がユリウスに決まった時、泣きに泣いた。
ディアトスの事が好きだったから。ずっとずっと好きだったから。
思い出したら、泣けてきた。
涙がこぼれる。
令嬢達がハンカチを差し出して、
「泣かないで下さいませ。ベルティアナ様」
「わたくし達がついています」
「ユリウス様の事で苦労が絶えない事は本当に同情しますわ」
「わたくし達はいつでもベルティアナ様の味方です」
「そうですわ」
嬉しかった。味方がいるだけで、心が和む。
今はこの虹色ケーキを堪能しよう。
そう思うベルティアナであった。
翌日、ユリウスと教室で顔を合わせたら、
「あのマリーという女、酷い女だった。私の他にも付き合っている男が沢山いたのだ。色々と王家の影に頼んで調べて貰った。確かに、食べ方が汚いし、どこの種か解らん子をはらんでも困るからな。あの女に私に近づくなと言っておいた」
「そうですの」
「で、ちょっと気になる子がいるんだ。クラリー・ハレス子爵令嬢。栗色の髪に可愛い感じの子で。声をかけてきてくれないか?王太子殿下がお望みだって」
「はぁ?何でわたくしが声をかけなければならないのです?」
「先行き、王妃になるのだから当然だろう?後宮の管理は王妃の仕事だ」
「まだ、結婚前です」
「頼むよ。ベルティアナ」
取り巻き令嬢達が。
「クラリーって、あのクラリー?」
「あのこっそり子を産んだってあのクラリー?」
「生まれた子は教会に預けたって。誰の子が解らないって」
「まぁ、あんな淫らな子を王太子殿下はお望みで?」
「確かに顔だけは可愛いですものねー」
令嬢達の言葉を聞いたユリウスは顔を引きつらせて、
「影に調べさせる。クラリーの件はちょっと待っただ」
ベルティアナは呆れた。
もう、この男と別れたい。マジで別れたい。そう思った。
しばらくして、ユリウスと婚約解消になった。
ユリウスはベルティアナと教室で顔を合わせた時に、
「父上も母上も酷いんだ。私がなんか悪い病気を貰ったみたいで。色々な女性と寝たから。そんな馬鹿な息子は王位を継承させられないと。酷すぎないか?」
「当然ですわ。わたくし貴方と婚約解消されて良かったと思っております」
その時、取り巻き令嬢達が一人の男を引っ張って来た。
王弟殿下ディアトスである。
「学園に用があってね。ちょっと様子を見ていたら、令嬢達に連れてこられた。正式に話があるだろうけれども、私が次の王位を継ぐ。愛しいベルティアナ。どうか、私と共に歩んで欲しい」
嬉しかった。ずっと好きだったディアトス王弟殿下。
ベルティアナは赤くなりながら、
「承諾致しますわ。王弟殿下」
ユリウスは喚いた。
「私が王位を継ぐ。父上母上を説得する。病気なんて治療をすれば治るだろう?だから私が」
取り巻き令嬢達が、
「おめでとうございます。ディアトス王弟殿下。ベルティアナ様」
「わたくし達はお二人を祝福しますわ」
「ああ、なんてめでたい。良かったですわね」
「本当に。わたくしなんて泣けて泣けて」
「おめでとうございますっ」
そう言いながら、ユリウスを教室の外へ押し出していた。
ベルティアナは思った。いいのか?相手は王家‥‥‥
まぁ、彼女達は自分の取り巻きをしているけれども、先王の血を引いているとか言われている令嬢達である。多少の無礼は許されるのであろう。
ユリウスは病気は治ったみたいだが、姿を見かけなくなった。
取り巻き令嬢達が、
「変…辺境騎士団という更生施設に連絡しておきました」
「ユリウス様もしっかりと更生することでしょう」
「良かったですわね。更生の状況を見に行きたいですわ」
「さぞかし、萌え、いえ何でも」
「オホホホ。しっかりと観察して萌え‥‥‥」
なんか萌えとか言っているけれども、ベルティアナはユリアスの事なんてどうでもいいと思えた。
愛しいディアトス王弟殿下と、王立学園の教室の窓の空を見上げる。
そこには虹が輝いていて、まるで遠い日、一緒に見た虹のようで。
先行き、共に歩んでいける幸せを感じながら、そっとディアトス王弟殿下の手を握れば、握り返してくれて、幸せを感じるベルティアナであった。