カティブ町
「くそっ、もう夜だ」
予想通り、あの町に夜になる前にたどり着けなかった。
仕方ない、森から抜け出すのに時間がかかりすぎたんだ。無事に抜けられたけど。
「寒い、早く夜を越せる場所を見つけなきゃ。野獣やそれ以上に怖いものからも避けないと」
夜が更けるにつれてだんだん寒くなってきた。野獣やもっと怖いものがいるかもしれないから、今夜は安全な場所を探さなければならなかった。
すると、荒野の中に異様に盛り上がった小さな丘を見つけた。そこでキャンプを張ることに決めた。
「『火をつける』を使う」
幸いにも、森から抜け出す途中で乾いた薪をいくつか拾っておいたので、こういう時に備えられた。
魔力の方は、歩きながらほぼ満タンまで回復していたので、「火をつける」を使うことができた。
「また頭が痛くなってきたな。でもそれよりも空腹と喉の渇きが辛い…」
無事に夜を過ごす場所を確保して暖を取ることはできたが、長時間歩き回ったせいで腹も減り、水も欲しかった。
食べ物を探すのは無理だ。狩りの仕方もわからないし、森の中では生き物も一匹も見かけなかった。
喉の渇きは「水を撒く」のスキルでなんとかできるかもしれないが、今は魔力が足りず使えない。
仕方なく一角に丸まって、空腹と渇きをやり過ごすために眠りについた。
「あれ?あの丘はどこに行ったんだ?もしかして、昨日の夜疲れすぎてただの幻覚だったのか?」
朝、空腹で腹がグーグー鳴り、喉もカラカラに乾いて目が覚めた時、ふと気づいた。
昨日寝ていたあの丘がなくなっていて、その場所には大きな穴がぽっかりと開いているだけだった。
でもここは異世界だから、丘が消えて大きな穴ができるのは珍しいことじゃないと思い、気にしないことにした。
「まあいいや。それより、寝ている間に魔力が満タンに回復してたから、これで『水を撒く』のスキルが使える!」
手のひらに水の一筋がシャワーヘッドのように現れる『水を撒く』スキル。正直ちょっと気持ち悪いけど、
大量に水を飲んで喉の渇きも空腹もなんとかしのげた。
それからまた歩き出し、ついにあの町にたどり着いた。
「ここは――」
目の前にはかなり大きな町があり、大きな門がはっきりと見える。
門の上には「カティブ町」と書かれた長方形の看板が掲げられている。門の下には一人の兵士が立っている。
その兵士は頭から足先まで鋼鉄の鎧を身にまとい、腰には剣をぶら下げている。顔は見えなかったが、その背の高い姿から男だとすぐに分かった。
「多分門番だけだし、普通に入っても大丈夫だろう」
そう思って門をくぐろうとした瞬間、予想通り兵士が叫んだ。
「お前は誰だ?身分証明書を見せろ!なぜこの町に来たのか説明しろ!」
私は一瞬固まった。町に入るのに身分証が必要だなんて思ってもみなかった。
私が彼を見てどう反応していいか分からずにいると、彼の視線が偶然にも私の髪と瞳の色に留まった。
その瞬間、彼は鞘から剣を抜き、私の喉元に突きつけながらさらに叫んだ。
「お前みたいな汚い共和国の奴がここに何しに来たんだ?早く説明しろ、さもないと斬るぞ!」
私は恐怖で数歩後退し、石の壁にぶつかって倒れ込んだ。
「共――共和国って何?私は何も知らないよ」
「言い訳はやめろ!ここで処刑してやる!」
「やめろ、メリオ」
転生したばかりで命を落としそうになったその時、町の門の中から低く重い声が響いた。
それは門番の男に手を止めるよう命じ、そのまま剣を鞘に納めさせた。こうして私は危機一髪で命拾いしたのだ。
「しかし、メキラ様。あの女は共和国の者で、身分証も何も持っていません。身元の確認もできないのでテロリストとみなして即処刑しても構いませんが」
「止めると言ったら止めろ。もし彼女に証明書がなければ、行政室に行って一時的な身分証を発行すればいいだけだ。お前は門番の仕事を続けろ」
「はい、申し訳ありません、閣下」
兵士は深く頭を下げて謝罪し、私を軽蔑し嫌悪するような目つきを甲冑の隙間から向けながら、自分の持ち場へ戻っていった。
「さあ、私についてきて」
「は、はい……」
その少女は私に何かのために付いてくるように言った。改めて見てみると、彼女は本当に美しかった。腰まで届く長い灰色の髪、同じ色の濃いまつげ、そして血のように赤い瞳。だが、背はかなり低い。
彼女は黒のゴシックロリータのドレスを身にまとい、赤い小さな模様がまるで瞳の色と同じように散りばめられていた。そして私を中へと案内した。
「ここが私の仕事部屋よ」
彼女の仕事部屋は、町の門の内側すぐにある城壁の中にあった。オフィスの扉は赤く、木製だった。
中に入ると、壁の厚さから想像していたよりもずっと広い部屋で驚いた。しかし、それはきっと魔法のおかげだろう。間違いなく魔法だと私は信じた。
部屋の温度も外より低く、寒さに震える私とは対照的に、彼女は平然としていた。
「自己紹介します。私はメキラ・デ・アスモディア。現在このカティブ町の“臨時”行政職員を務めています。そして先ほどのメリオの態度については本当に申し訳ありません。彼は短気なところがあるんです」
「いいえ、大丈夫ですけど、“臨時”ってどういうことですか?」
「まず誤解しないでくださいね。私が謝ったのは、メリオは私の部下だから責任を感じて謝っただけで、私は普段誰にも謝りません。だからその件は気にしないでください」
彼女は無表情のまま、部屋の隅にある戸棚の中から何かを探していた。
「はあ、これだわ」
取り出したのは一枚の申請用紙とインクペンだった。
「この用紙の欄に記入すればいいのよね、たぶん?」
「『たぶん』ってどういう意味?」
私は戸惑いながら尋ねた。彼女は私が用紙に記入するように促すが、その表情には自信がなさそうだった。
「まあ、とにかく書いてみて。気にしないで。わからないことがあれば聞いて」
「わかった」
私は床に膝をついて書き始めた。部屋の中にはその戸棚以外何もなく、冷たい空気が体を刺したが、いつの間にか慣れてしまったのか、寒さは感じなくなっていた。
「この世界の文字、わからない……」
突然、私は気づいた。この世界の文字がまったく読めないのだと。仕方なく正直に言った。
「字が読めません」
「何だって?」
「だから、字が読めないって言ってるんだ!」
彼女はわざとらしくもう一度聞き返し、そして可愛らしい顔にくすっと笑みを浮かべた。
「わかったわ、“ステータス”を開いて。私が代わりに書いてあげる」
「はい、どうぞ」
私は彼女の言うとおりにステータス画面を開いた。彼女はそれをしばらく見つめた後、ふっと呟いた。
「ねえ、あんたって本当に変わってるわ。“レベル1”って何よ、それに出身地は『なし』、職業も『なし』って。共和国って、あれだけ立派な国だって宣伝されてるのに、話が違うじゃない」
まあ、確かに女神様からは何一つ役に立ちそうなものをもらってないし、これは仕方ないと思って私は反論しなかった。
「じゃあ、偽造してくれない?」
「面白い子ね。行政の人間に偽造を頼むなんて」
「だって、あなた“仮の”行政職員でしょ?」
彼女は私を見て、そして声をあげて笑った。
「ほんと面白いわ。思ったとおりね」
「“思ったとおり”って、どういう意味よ?」
「だから気にしなくていいって。手伝ってあげるわ」
そう言って、彼女は私のために偽造書類の作成を始めた。彼女が真剣な表情で作業しているのを見て、私は何も聞けずにいたが――でも、聞かずにはいられなかった。
「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
彼女は私の方を見ず、偽造用の用紙に視線を落としたまま返事をした。
「どうぞ、ご自由に」
「“共和国”って何?さっきから門番の人もあなたも、私のことを“共和国の人間”って呼んでるけど――」
私がそう尋ねると、彼女は少し手を止めかけたが、すぐに再び書類の「入町理由」の欄を埋めながら答え始めた。
「“共和国”っていうのはね、ザノリア大陸の東部に存在する国家群の総称よ。あそこではかつての封建制度が民衆によって打倒されて、代わりに民主共和制が採用されたの。貴族や王族には一切の権力がない世界。だからこそ、世界中の封建国家から文化や価値観を否定された存在として、完全に孤立しているわ」
彼女は淡々と語る。
「もしあなたが共和国の出身じゃないとしたら、考えられるのは“ローズゴールド公国”くらいね」
「“ローズゴールド公国”って何?」
「“ローズゴールド公国”はね、ザノリア大陸に残された最後の封建国家よ。アレックス・ヴァン・ローズゴールド公爵が、かつての“ローズウッド王国”を懐かしむ者たちをまとめて、民主共和国ゴールデンネスからの独立を宣言して建国した国よ。ちなみにそのゴールデンネス共和国は、元々ローズウッド王国から転換された国家なの。……まさか、それも知らないの?」
「ほんとに知らないのよ」
「本当に変わった子ね。――ほら、できたわよ」
彼女はそう言いながら、さっきまで真っ白だった用紙を私に差し出した。今では、私には読めない言葉がびっしりと書かれていた。
彼女は立ち上がり、床に座ったままの私を見下ろして手を差し出してくる。
「料金払って。合計で十五コインよ」
「えっ、お金もかかるの?」
「当然でしょ?偽造してあげたんだから、お礼くらいしなさいよね」
彼女がそう言っても、私は特に驚かなかった。実際、彼女は手間をかけて私のために書類を作ってくれたのだから。当然のことかもしれない。
それが本当に通用するかどうかは分からないけど、それでも私は彼女にお金を差し出した。
「えっと……ちょうど十五コインね」
「それ、私が持ってる全財産なんだけど」
「ふふ、同情して返したりなんてしないわよ?」
「はいはい……分かってるって」
「この書類はあくまで仮のものよ。有効期限は三十日間だけ。でも、それがあれば仮滞在証明にも、身分証明にも使えるから。ちゃんと大事に使いなさい」
そう言いながら、彼女は私から受け取った十五コインを部屋の隅にある唯一の棚に素早くしまい込みつつ、説明を続けた。
「でも――早めに“冒険者”になった方がいいわよ。身分証明書として使えるギルドカードが手に入るから。それがあれば、ほとんどの封建国家には自由に出入りできるの」
「冒険者…ですか?」
「ええ。“ギルド”で登録すればいいわ。町の中心にあるから、ここから真っ直ぐ行けば着くわよ」
「でも、なんで私みたいな怪しい奴を、そんなに助けてくれるんですか?」
私がそう尋ねると、彼女は部屋の扉へ向かって歩きながら、軽く振り返って答えた。
「この国……いや、この世界そのものが“堕落”してるのよ。さっきのことを見て分かったでしょう? だから、町に怪しい奴が一人増えたところで、別にどうってことないの」
「“堕落”?それは……?」
私の問いに、彼女は答えなかった。ただ――
バンッ!
扉を勢いよく開け放ち、私の方を見て、微笑みながらこう言った。
「ようこそ、カティヴの町へ。レナ」
こんにちは、また私です。
今日は皆さんに大事なことをお伝えします。
実は、私は日本人ではありません。どこの国の人なのかは、今のところ明かすことができません。
そのため、私の作品にはいくつか表現の揺れや違和感のある言葉があるかもしれません。
これは、母国語から日本語へ翻訳するために翻訳ソフトを使っているからです。
それでも、私の物語を楽しんでもらえるように一生懸命書いています。
どうか、温かく見守っていただけると嬉しいです。
今後とも、よろしくお願いします。