終わりの始まり
「俺、死にかけてるのか──」
何が原因でこうなったのか、もう思い出せない。周囲は冷たく、真っ暗で……いや、死にかけているから視界がぼやけてるのかもしれない。
「ねえ!君、大丈夫か?」
「誰か、救急車を呼んでくれ!」
通行人の声か? 死ぬ間際になってやっと誰かが俺のことを気にかけてくれるなんて……
振り返ってみると、俺の人生は本当に不幸だった。きっと死こそが、俺を解放してくれるんだろう。
「もう……眠い。痛くもないし、寒くもない──」
「目を覚まして、ユウキ!」
突然、耳に響いたのは、キャンディのように甘く、少し耳障りな少女の声だった。反射的に、その声に従ってしまう。
「ここは……一体どこなんだ?」
目を開けると、俺の身体はぞくりと震えた。この暗く陰鬱な場所、そしてさっきの声が響いたその場。周囲を見渡すと、ついにあの甘い声の主を見つけた。
「ここは『ワンダーランド』の一部。存在しないはずのものが実在し、動物や無機物ですら言葉を話す場所。そして、あなたの魂が集められ、形作られる場所よ」
そこにいたのは、腰まで届く濃い紫色の長髪に、燃えるような赤い目を持つ美しい少女だった。年の頃は二十二くらい、身長は百八十四センチ。彼女は紫のコートを着ていて、両手をポケットに突っ込んでいた。
「君は誰だ? どうして俺はここにいる? そして“魂の定義”って一体なんなんだ?」
「まず、謝らせてほしい。どうか怒らないでほしいの。これには理由があるのよ」
彼女は真剣な表情で、揺るがない瞳で俺を見つめていた。その視線に、思わず後ずさりしてしまう。
「私は、あなたを殺した張本人。若い命を奪った者。そして、誰にも記憶されない存在──忘却の神、アバンベルンよ」
彼女は罪を包み隠さず告白した。俺にとって、この死はむしろ救いだった。生きている間、どれほど不幸だったかを思い知らされたから。
いつも押しつぶされて、自分の意志など許されず、仲間もいない。孤立し、否定され続ける毎日。ようやく死の淵で光が見えた今、彼女を責める気になれなかった。
「気にしてないよ。むしろ感謝したいくらいだ。ところで……本当に神様なの? あんまり神っぽく見えないけど」
「な、なによそれ! これが私のスタイルよ! でも……あなたが怒ってなくて、安心した。謝るわ、勝手なことしてごめんなさい」
「大丈夫さ。むしろ本当にありがとう。君が本物の女神なら、俺が何故そう言ったか、わかるよね?」
「もちろん、わかってる。ナカムラ・ユウキ。あなたのすべてを、私は知っているわ。でもまずは、状況を説明させて」
彼女はようやく微笑み、続けた。
「さっきも言ったように、ここはワンダーランドの一部、『事故室』と呼ばれる場所。今ここにいるあなたは魂の状態。理論的には、あなたはすでに死んでいる。でも、ここは“存在しないものが実在する”ワンダーランド。だからこそ、あなたの体の傷も消えてるの」
言われて、俺はやっと思い出し、自分の傷を確認した。だが、驚いたことに、致命傷は消えていた。
「服まで綺麗になってるのか?」
「そうよ。ここでは魂が“死ぬ直前の形”に再形成されるの。だから、この場所は不気味で暗いの」
今更ながら、ここがただ“少し陰気”なのではなく、“非常に不気味”だと気づいた。霧に包まれ、血の匂いが漂い、無数のドアが無音で開閉していた。
「それで、どうして俺は死んだ?」
「先ほども言った通り、私は“事故”に見せかけてあなたを殺した。正確には、魂をここへ“追放”したの。なぜなら──」
彼女の表情が一変し、沈んだ声で言った。
「あなたこそが、この世界を救える唯一の存在だから」
俺は驚き、絶望した。死んだことにではなく──死んだ後ですら、安らげないことに。
「なんで俺が世界なんて救わなきゃいけないんだよ。もう何も助けたくない。ただ静かに休ませてくれよ!」
「気持ちはわかる。でも、今この世界がどうなっているのか、聞いてくれるだけでもいい」
説明だけならいいかと思い、俺は彼女の話に耳を傾けた。
「この世界は“RUWE”という名前で、今は史上最も暗い時代を迎えているの。かつては活気に満ちたカラフルな世界だった。でも今は、魔力放射によってすべてが橙色に染まり、人間は徐々にその放射の影響で“怪物”へと変わっていっている。そのすべては──」
ここで、彼女の顔は怒りに染まった。
「神が原因なのよ」
「なに? 神が……? 本当に神がそんなことを?」
信じられなかった。神がそんな恐ろしいことをするなんて……だが、彼女の様子を見る限り、それが事実だと痛感した。
「そう、あいつ一人の手で、すべてが滅んだの」
美しい顔が、怒りと無力感で歪んでいく。
「この世界には、各部族を率いる“皇帝”という存在がいた。でも神の力のせいで、800年もの間、新たな皇帝が現れていない。神を信じ、従う者たち──人類を除いて。統率を失った部族たちは内戦を繰り返し、人間はそれを抑え込もうとして圧政を敷いた。世界は混乱に陥った」
「それで、俺に何をさせたい?」
「血は止まらず、首は落ち続け、この世界は地獄と化す。だからあなたに、もう一度この世界に生まれ変わって、“神を倒し、世界を再建する旅”に出てほしいのよ」
俺は言葉を失った。これほど大きな使命を、俺が背負うことになるなんて。
「でも……なんで俺なんだ。他にもっと適任がいるだろ?」
「私は長い間、あなたを見守ってきたのよ、ユウキ。あなたなら、この旅をやり遂げられると、私は信じてる」
彼女は声を強め、俺の顔を指さした。
「つまり──あなたこそが“選ばれし者”。神を討ち、世界を救える唯一の存在なのよ」
まさか、こんな俺が“選ばれし者”だなんて……。人生はずっと不幸だった。だが、死んでようやく、その意味が与えられたのかもしれない。
「“選ばれし者”か。面白そうだな。もしかしたら、あの世界では俺もちゃんと扱ってもらえるかもな。わかった、受けて立つよ」
アバンベルンは微笑み、言った。
「ありがとう。きっと受け入れてくれると思ってた。だからこそ、いくつか忠告をしておくわ。聞いてくれる?」
「もちろん」
彼女の表情は明るくなり、俺にいくつかの助言を伝えた。
「第一に:神を信じる者、神を崇拝する部族には絶対に信用してはいけない。“皇帝”を持つ者たちも同様よ。第二に:この旅や私の存在について、誰にも話してはならない。第三に:絶対に死んではならない。この世界では、死ぬと魂が完全に消滅し、転生すらできないから」
一気に話されたが、何とか理解できた。
「わかった。他には何かあるか?」
「あと一つ──」
「なに? 教えてくれよ」
彼女の頬が赤く染まり、まるで照れているようだった。
「あなたが孤独なときは、私がそばにいる。欲望が高まったときは、あなたのおもちゃになってもいい。苦しいときは、私が支える。無力なときは、私が慰める」
「おもちゃまで……? 本当にこの旅、やってよかったかもしれないな」
彼女は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに俯いた。
「そろそろ時間よ。あなたはもうここにはいられない」
突如、足元に血のように赤い魔法陣が現れ、不気味な文様が浮かび上がる。死体のような臭いが立ちこめ、俺の身体は粉々に崩れ、吸い込まれていった。
「おい、まだ聞きたいことが──!」
「幸運を祈ってるわ、レナ。また会える日を──」
それが、俺が最後に聞いた言葉だった。身体が魔法陣に吸い込まれる、その瞬間まで。
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