ロマンチック・チョコレイト
一緒に夜景を見ようと言い出したのは彼女だった。バレンタインだし、やっぱりこう、なんていうか、妙に意識してしまったりするのは、男として仕方ないことだ。
愛車のフィガロで夜景スポットまで。道が凍ってやしないかとヒヤヒヤしたのだけれど、意外に大丈夫だった。天気まで味方につけた俺は最強だ。テレビ各社の占いランキングだって軒並み一位にちがいない。
「寒い」
珍しくそう訴えて、エアコンのスイッチに手を伸ばした彼女に毛布を渡す。
「バッテリーがあがる」
彼女はおとなしく頭から毛布をかぶった。ロマンチックな演出が苦手な彼女で助かる。
もっとも去年のクリスマス豪華ディナーがアンコウ鍋と発泡酒になり、誕生日のナイトクルーズが船の性能見学会になったときは「俺に時間と金と手間をかけるのがイヤってこと?」なんて変に勘ぐった。だから今日は天にも昇る心地だったんだけど。
道はやっぱり混んでいた。追越車線を走る車にはバカップルが乗っていた。バレンタインくらい俺によこせ。こっちはアンコウ鍋だぞ、飲み会かってえの。
オレンジ色のライトが左右を通りぬけていく。FMラジオがスジャータの提供でカウントダウンをはじめた瞬間、俺の口に謎の物体が放り込まれた。噛みはじめのミルキーみたいな固さだった。
「……ごめん、失敗した」
毛布に隠れていた彼女が時報と共に、おそるおそる顔を出す。
「ほんとだ。噛めねえ」
目を向けるたびに毛布にかくれる彼女が羊に見えたので上機嫌にハイジを歌うと、彼女も毛布のなかで肩を大きくふるわせて笑いだした。