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装甲歩兵戦記 リベンジ・オブ・メディック

作者: 柊遊馬

『衛生兵ェー!! メディーック!!』

 通信機に入る声。お呼びとあらば即参上。例え火の中水の中。銃弾の風の中、砲弾の嵐の中でも。

 フットペダルを踏み込み、機体を丘陵の陰から飛び出させる。

 戦場だ。

 どこまでも広がる荒野を、全高約十数メートルの機械の巨人が無数にいて、マシンガンやガトリングガン、果てはロケットランチャーなどを、西の方へと放っている。

 その西からは、青白く輝く光弾が飛んできていて、鋼鉄の巨人の間をすり抜けていく。

 巨人の足元をラジコンの玩具にように走るのは、地球製戦車グレイブン。120ミリ戦車砲を地平線の彼方に放り込む勢いで、狙撃を行う。

 ……などと見とれている余裕はなかった。通信機からは味方の怒号や悲鳴、命令が無秩序に飛び回っているが、その中に『衛生兵』を呼ぶ声が先ほどから繰り返されている。

 センサーと識別により、衛生兵を呼び続けている味方機の位置とナンバー、そして機体状況がモニターの端に表示される。

『衛生兵ェー! ドーク!!』

 飛んでくる敵の光弾を躱し、岩の遮蔽の裏に滑り込む。そこには2機の鋼鉄の巨人――地球製人型兵器アサルトアーマー、AA-06ウォリアーがいた。1機は30ミリガトリングで前衛を支援していたが、問題は残る1機だ。

 右足が膝からなくなっていた。機体コードはCB4。

『すまねえ、ドク! 足をやられた!』

「見ればわかる」

 人型兵器で、片足を失えば歩行不能となる。この手のロボット兵器は、機動力の中心を足が担いながら、それを壊されたら戦力外。故に人型巨大兵器はアニメーションの産物などと否定的な見方をされたものだ。

 だが、このアサルトアーマーは、そこらの人型兵器と一緒にされては困る。

 ドクと呼ばれた衛生兵型ウォリアーは、被弾機の壊れた膝、関節ボックス(アダプター)を引き抜くと、腰部にマウントしている予備関節ボックスを嵌める。モニターで、大腿部フレームと関節ボックスの接続を確認。

 ついでバックパックから、予備のフレーム――無装甲ゆえ、骨と呼ばれる脚を、サブアームで手渡し。被弾機の新しい右足――膝から下は基本、左右対象でどちらでも使えるそれを膝の関節ボックスに嵌めた。ロックが働き、装甲のない貧相な足だが装着されたので、そのウォリアーは歩くことができるようになった。

「吹っ飛ばされた足は?」

『あっちだ』

 応急修理を受けたウォリアーCB4は、それを指さした。遮蔽から離れた荒野に、ちぎれたウォリアーの右足が落ちていた。

『ありがとよ、ドク。これで戦える!』

「装甲はないけど?」

 フレーム剥き出しの右足である。攻撃が当たればまた動けなくなる。

『隠れて撃つから、大丈夫さ』

『そうそう。どうせ装甲あっても、当たれば吹っ飛ぶぜ』

 ガトリングガンで援護していたもう1機――CB5が、遮蔽に引っ込み、ドラムマガジンを新しいものと交換しながら言った。

『って、おい、ドク!?』

 衛生兵型ウォリアーは、姿勢を低くして遮蔽を飛び出すと、敵弾をかいくぐり、落ちていた足を拾い、急いで戻った。

 一息つきつつ、壊れた足から装甲とフレームを別々にする。ウォリアーの指の操作で、簡単に外せるのも、こうした戦場での作業を迅速に行えるシステムの一つだ。

「装甲なしだと、派手にぶつけた時に、フレームをやってしまうから、あったほうがいいんだぞ」

 とりはずした装甲――膝のガードが溶けてなくなっていたが、それ以外の部分は無傷だ。

『衛生兵ェ、来てくれっ!』

 新たな呼び出しだった。まだこちらは終わっていないが。

『ドク、こっちは大丈夫だ! 行ってやれ!』

 CB4は言った。一応歩けるようになっているから問題ない、ということだろう。ドクはため息をついた。

「装甲を置いていくから、応急プログラムで自分で嵌めておいてくれよ」

『わかった! 早く行け!』

 言われずとも――ドクはモニターに次の位置を確認する。被弾機はCA7――第一小隊機だ。

 CB4と5がマシンガンを連射している間に、衛生兵型ウォリアーは再び遮蔽と飛び出した。

 敵は、だいぶ前線を押し上げつつあった。醜悪な鬼顔、分厚いアーマーを装着した猫背の人型兵器――『ゴブリン』が棍棒型武器や光弾砲を手に迫っている。

 地球軍のアサルトアーマー部隊は、これに激しい銃撃を浴びせる。戦車砲の狙撃で、片足を粉砕されたゴブリンが大地に突っ伏す。しかしその仲間は、構わず前進を続ける。

 衛生兵型ウォリアーは、敵弾をかいくぐり、被弾機の元へ。衛生兵型には武器はない。その理由は、武器を持たせると、つい攻撃に加わってしまうという人間の心理からだ。

 衛生兵型は応急修理が仕事だ。戦場で1機でも多く戦えるようにする。それが部隊の消耗を抑え、戦闘力を維持するために欠かせない。銃を取って、その重要作業が滞るようなことがあってはならないのだ。

「被弾ですか!?」

『腕をやられた!』

 ウォリアーCA7は、右腕を砕かれていた。一方で左手は携帯武装のハンドガンを持っており、近づいてくるゴブリンに攻撃を続けていた。近くに頭と胴体を潰されたウォリアーが転がっていたので、ドクはそこから、無事な右腕を拝借した。後は交換するだけで元通り!

『ヴァルキリーだ!』

 通信機からの声。ドクもモニターの端を流星のように飛び抜ける漆黒のアサルトアーマーを見た。

 AA-08ヴァルキリー。現在地球軍で最新最強と呼ばれる特殊戦闘アーマーだ。異世界技術による『魔法』が用いられており、ジェットとは違う高速飛翔を可能にする新世代機。ただし扱えるパイロットも少なく、前線でもまだ数えるほどしかない。

『あれこそ、エースだ……』

 ヴァルキリーが、高速機動で敵部隊に突撃すると、次々にゴブリンを破壊していく。その動きは軽やかであり、漆黒のフェアリーとか死神などと形容されることもある。

「あの力があれば……」

『ん? 何か言ったか、ドク?』

「何も」

 応急修理作業に戻る衛生兵型ウォリアー。しかしドクの内心では、複雑な感情が渦巻く。

 ――俺は、異世界の鬼どもに復讐するために軍に入ったんだ……!

 しかし、役割は衛生兵であり、武器をとって敵を殺すことはできない。だから――

「よし、修理終わり!」

『あんがとよ、ドク!』

 ウォリアーCA7は戦闘に復帰可能。遺棄された機体の右手が持っていた20ミリマシンガンはそのまま、仲間に託す。

 ――俺の代わりに、敵をぶっ殺してくれ。

 ドクは、遮蔽から戦場を観察する。他に戦場でやられていたり困っている機はないか。そういった味方を一機でも多く復帰させること、それがドクにとっての復讐であり、戦場に身を置く理由だ。

 ――あの赤鬼を、仕留めることに繋がる……。

 故郷を燃やし尽くし、家族の命を奪った宿敵の存在。ドクにとって真に復讐したい相手は、どこかの戦場を駆けている。


 ・ ・ ・


 21世紀の半ば、突然、地球に異世界のゲートが出現した。

 現れたのは角を持つ亜人の軍隊。それらが機械兵器を持ち込み、地球の侵略を開始した。各国はゴブリン、オーガといった二足歩行の巨大兵器の前に蹂躙されたが、地球側も黙ってやられっぱなしということはなかった。

 時友 迅博士の開発した人型汎用機械を兵器に転用したアサルトアーマーを完成させ、異世界の軍隊の機械兵器に対抗した。

 アサルトアーマーは、これまでネガティブな印象を与えていた人型兵器にあって、圧倒的な整備性、戦闘復帰能力を与えられた。戦場での部位交換による戦線復帰。その能力は航空機や戦車といった従来の兵器とは一線を画する。

 被弾面積の大きさについての問題はあるものの、敵も同様の人型兵器を用いているという部分で、その対抗兵器として許容された。

 国連はやがて地球連合軍へと改称され、敵をゲートから元の世界に押し戻すことに成功。現在の戦場は、異世界に移った。

 地球軍異世界派遣軍は、異世界ゲートを守り、敵が地球にやってこないように戦っている。

 そんな派遣軍に所属する第18装甲歩兵師団、101大隊C中隊に、イコマという地球軍伍長がいる。

 アサルトアーマー乗りで、装甲歩兵衛生兵。中隊付き衛生兵型ウォリアーに乗り、仲間うちでは『ドク』と呼ばれている。

 年齢は二十。日本の富山出身の大学生だったが、異世界人の侵略によって、故郷を失い、地球連合軍に志願。一年半の即席教育で、軍人となり、新興の装甲歩兵科に配属。半年間の訓練で、実機での成績優良と評価され、早々と前線送りとなった。

 これには復讐心を原動力に努力したこともあったが、本人がいち早く前線に行きたいと志願したことも影響している。

「――で、何でそんな、戦意旺盛やる気満々のお前さんが衛生兵なわけ?」

 同じ中隊の装甲歩兵乗りのジミーが聞いてきた。イコマは、主計課から預かってきた手紙の中から、彼宛ての手紙を見つけると、それを手渡した。

「軍隊は殺人組織だけど、殺人鬼はいらない」

「どういうことだ?」

「殺人を嬉々としてやるような奴に銃を持たせたくないってことだよ」

 イコマは、面接でさんざん異世界鬼への殺意をアピールした。……それがいけなかった。誤解されがちだが、軍隊ほど銃の扱いに神経質なものはない。敵への復讐を口にする者は当時はご時世もあって多かったが、イコマは度を超して、ヤバい奴なのではと面接官に思われたらしい。

『平時だったらお前、志願でも落とされていたよ』

 なんて同期に言われた。戦時だったから採用された――実情はどうあれ、軍に入れたのは間違いない。勤務態度に問題なく、成績はよかったから、早々と実戦参加が許された。だが高すぎる敵への復讐心が災いしたか、前線では銃を持つポジションではなく、衛生兵型を宛がわれた。

 もちろん、イコマは不満だったが、それは顔に出すだけに留めた。根が真面目であり、軍人として任務への忠実は高く、命令とあれば不承不承でも真剣に取り組んだのだ。

「実際、お前は働き者だよ、ドク」

 ジミーは、故郷からの手紙を受け取りながら言った。

「ありがとう」

「いいってこと」

 イコマは手紙の束を手に、他の待機している隊員たちの元を巡る。

 手紙配りは衛生兵の仕事ではないが、部隊の補充パーツの受け取りや、物資輸送に衛生兵型ウォリアーは体よく使われていた。だから、そのついでに配達も頼まれることも多いのだ。前線ともなれば、どこも人手不足である。

 中隊は三個から四個小隊から編成されており、一個小隊にアサルトアーマーは10機前後で編成される。第101大隊は、C中隊は、中隊本部分隊と常備三個小隊、そして特別編成の小隊が一つから構成されていた。

「ヴァルキリーズ」

 イコマは、特別編成小隊――通称D小隊の待機所に差し掛かる。AA-08ヴァルキリーを使用する精鋭部隊。

 本音を言えば、こういう精鋭部隊に配属されたかった。こういう部隊は、戦場でも危険な場所や、敵エリート部隊との戦いに投入される傾向にある。

 敵エリート――すなわち、イコマの家族の敵である『赤鬼』などとも直接対決する可能性が高いということだ。この部隊で、宿敵を討てれば最高なのだが――イコマは、しがない一兵士、一衛生兵であった。

 イコマは、駐機されているAA-08ヴァルキリーに近づく。露天駐機は、緊急出撃に備えてだが、そのパイロットもまた、機体の足元で土嚢を椅子代わりに座っていた。

 エリース・ラヴィン中尉。金髪碧眼の美女。見た目だけならばさぞ人気がありそうなのだが、機械のように冷たい表情、戦場でのバーサーカーぶりから『冷血』『暴君姫』などというあだ名をつけられている。素の雰囲気は、孤高という表現がピッタリだ。少しお姉さんな感じがしないでもないが、実はイコマと同い年だったりする。

 特別小隊という少々複雑な編成ゆえ、C中隊の他の兵からあまりよく思われていないエリース。しかし、イコマの見方は違う。

「中尉。お加減はどうですか?」

「……伍長。悪くない、かな」

 エリースは控えめに笑みを浮かべた。初めて会った頃には、こういう柔和な受け答えはなかった。日頃、通い詰めた末の勝利である。

 彼女が避けられている理由の一つは、軍の研究所が作った人の姿をした兵器ではないか、という噂が流れているからでもある。彼女の経歴に関しては、機密扱いされているのも、その噂を後押しする。

「何か、用かな?」

「俺は衛生兵ですから。隊員の相談やメンタルケアも仕事のうちなんですよ」

 とはいえ、機械担当の衛生兵なので、本格的治療やケアなどは大したことはない。純粋な衛生兵も、現場での応急手当と搬送が任務で、本格治療は軍医と救護所の仕事である。

「何か、不足はありますか?」

「……いいえ、特に」

「ここにチョコレートバーが五つあります」

 市販のものに比べると味が落ちる。美味しいとおやつ感覚で消費されてしまうので、敢えて味を抑えてあるのだ。前線の携帯食だが、エリースは、このチョコレートバーが、密かな好物であった。

「これを進呈します。……まだ残ってます?」

「ない」

 エリースは首を横に振った。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 中尉には、いっぱい敵を殺してもらわなくてはいけない。いざ宿敵である赤鬼と遭遇した時、それに対抗できるアサルトアーマーとパイロットは、おそらく彼女とヴァルキリーだろう。

 本当ならば自分が、『奴』を討ちたいが、それが叶わないのであれば、人の手を頼るしかない。イコマは、復讐の道具として隊の仲間や、このエリースを利用する。

 彼、彼女らが百パーセントの力を発揮できるように、気を配り、そのための苦労は全て自分が被る。

 それが、イコマの復讐のための手段だ。


 ・ ・ ・


 天候は曇り。ヴィシウス高原を、異世界軍の軍勢が進む。ゲートを奪回し、再び地球へ侵攻するためだ。

 第18装甲歩兵師団は、これを阻止しなくてはならない。

 地面に掘られたアサルトアーマーサイズの塹壕陣地。ウォリアーが機関銃陣地を構築し、敵に備えるが、一足先に空での戦いが始まる。異世界軍のコウモリ型戦闘爆撃機が無数に飛来し、地球軍のF-47戦闘機がこれを迎え撃つ。

 空中戦は一進一退。数で押す敵を、ミサイルで減らした後の空中格闘戦(ドッグファイト)。いまだ戦闘機は機関銃を捨てられず、ミサイル万能とはいかない。

 空に関しては、イコマたちに出来ることはない。精々、戦闘機パイロットたちの健闘を祈ることくらいだ。しばしの猶予がある内に、部隊の兵に頼まれたアサルトアーマーの現地改造を施す。

「――どうですか?」

『おう、繋がった! よしよし、使えそうだ』

 第三小隊のタナベ軍曹が機嫌よく答えた。彼のウォリアーの右腕には、自動戦車の砲がくっついている。

『サイコガン撃ち!』

『なんです、軍曹?』

 第三小隊の隊員からのツッコミじみた声に、タナベ軍曹は唸った。

『お前ら、サイゴガンを知らんのか?』

『知りませんよー』

 戦闘前の和気あいあいとした空気。それは緊張を紛らわせるためか。そういうのを皆感じてはいても口には出さない。

『来たぞーっ!』

 通信機から怒号にも似た大きな声が響いた。陣地の外にいたウォリアーが、近くの塹壕に飛び込み、自動戦車なども、砲塔だけを出して車体を地面より下に隠して、防御態勢を取った。

 遠距離から敵の放ったとおぼしき砲弾が落ちてきて、地面を抉り、土砂を巻き上げる。直撃すればアサルトアーマーや戦車とて一撃でスクラップだ。

『当たるも八卦当たらぬも八卦……』

 タナベ軍曹が呟いた。曲射の嫌なところは、真上から降ってくるので最悪、塹壕の中に突っ込んで隠れている機体を吹き飛ばすことになる。かといって地上でいれば、衝撃波に煽られ、飛び散った破片で損傷してしまう。だから、運なのだ。


 ・ ・ ・


 突撃を援護する敵の長距離砲撃が止むと、ゴブリンやオーガといった敵機械兵器が、大挙して押し寄せてきた。

 師団の各陣地は、それぞれ応戦を開始。塹壕に半ば機体を隠すことで、被弾面積を抑え、粘り強く抵抗する。機関銃やガトリングガンの猛射に被弾し、突っ伏す敵機。盾を持って銃弾を弾くゴブリンがいるが、自動戦車のスナイプが、敵機の頭部や足を貫く。人型兵器が存在する世界では、戦車は言ってみれば狙撃手だ。

 激闘1時間。イコマは、戦場を走り回り、被弾機の応急修理のほか、撃破された機体からマガジンボックスの回収や、燃料パックの輸送など雑用をこなしていた。

 そんな中、C中隊D小隊こと、ヴァルキリーズが敵への逆襲に転じた。精鋭部隊は、敵を切り崩していくが、他戦線の敵の圧力が弱まることなく、前進も後退もままらならず戦闘を継続していた。

『――エリース中尉のヴァルキリーが突出し過ぎています!』

『戻らせろ! 単機では味方がフォローできない』

 D小隊の通信が、イコマの耳に届く。修理作業が落ち着き、今はコクピットを失い、遺棄状態のウォリアーから、使えそうな予備パーツを回収しているところだった。

『まーた、勝手やってるのかよ……』

 衛生兵型ウォリアーが1機、イコマ機の傍らに飛び込んできた。中隊付きの衛生兵の同僚であるウェザーである。バックパックの予備フレームのストックが少ないので、補充に回っているのだろう。

「なに?」

『ヴァルキリーだよ。暴君姫が、また無茶な突撃をしているらしい』

「いつものことだろう?」

 それで沢山の敵機を破壊する。頼れる味方だ。

「いいことじゃないか」

『冗談だろ、ドク。もし姫がやられたら、敵中へ飛び込むのはオレたちなんだぜ?』

 衛生兵は、例え火の中水の中、だ。味方がやられれば、そこが敵中だろうが突っ込む。だがそれが任務でも、自分を殺しにくる攻撃が飛び交う中に入るのは、ゾッとする。誰だって死にたくはない。

『やられた! 衛生兵ェ!!!』

『ほら来た。どうかD小隊ではありませんように』

 ウェザーがそんなことを言った。しかしそれはフラグだった。

『ヴァルキリーがやられた! くそっ、フォローもやられた! 衛生兵っ! 来てくれ!』

 D小隊の小隊長の声である。やられた本人ではないのがイコマに何とも微妙な気持ちにさせる。ウェザーが『くそ』と呟いた。

『ほらみろ……オレは嫌だぞ』

「俺が行く!」

 言うやいなや、イコマは機体を走らせていた。光弾や銃弾が飛び交い、思い出したように砲弾が降ってきて、衛生兵型ウォリアーの後ろで炸裂する。

 塹壕から飛び出して走っている機は敵からも目立つ。その攻撃も衛生兵型を狙ったものが混じる。動けなくなるのは衛生兵型としてはまずい。だから危ないと感じれば、近くの遮蔽や塹壕に飛び込んで、一度攻撃をやり過ごす。

 敵が狙いを外すのを待っている間も、『衛生兵』を呼ぶ声が続く。

「今行きます!」

『急いでくれ! 敵に包囲される!』

 相変わらずエリースではない声。包囲されるとは、つまりそれだけ敵地に踏み込んでいるということだ。ウェザーではないが、それで丸腰に突っ込むのはほとんど自殺行為かもしれない。

 落ちていたゴブリンの鋼鉄盾を拾う。人型兵器でよかったと思える瞬間の一つである。

 敵の銃撃を躱し、遮蔽で銃撃を繰り返しているD小隊機の傍らを抜け、イコマ機はなおも突き進む。前に見えるは敵だらけで、より攻撃が激しい。盾がなければ被弾していた。光弾の直撃にもゴブリンの盾は耐えているが、もう二、三発当たれば破断しそうな状態だった。装甲などの穴を埋める硬化スプレーを使いたくなるが、走りながらでは無理だ。諦めて、一秒でも早くヴァルキリーの元へ急ぐ。

「――着いた!」

 ほとんどすっ転ぶ勢いで、ヴァルキリーが隠れている岩陰に突っ込んだ。生きた心地がしなかった。

「どうも、中尉。遅くなりました」

『伍長』

 ようやくエリースの声が聞こえた。やられたのは左足首から先。半分飛行して戦うヴァルキリーのことだから、おそらく回避しきれず光弾が足首を吹き飛ばしたのだろう。

「足がないと、上手く着陸できないですからね!」

 診断プログラムを作動させる。足首の関節ごと、ざっくり喰われるように破壊されているので、オーソドックスな膝から下の交換が、復帰の最短パターン。

「走行性能は若干落ちますよ……」

 何せ衛生兵型ウォリアーが携行している予備フレームは、AA-06ウォリアー用。それより最新モデルのAA-08ヴァルキリーとは、軽さやレスポンスのよさなどが異なる。

 しかし汎用性と互換性に優れたのがアサルトアーマー。時友博士の設計だけあって、グレードは落ちても、パーツ交換は可能。

「劣化品でも、今の歩けない、着地できないよりはマシでしょう」

 破損脚部を取り外し、バックパックの足フレームをサブアームで、引っ張り出す。

『伍長! 敵が来る』

 エリースの声。隠れている岩陰に、敵機ゴブリンが顔を覗かせた。猫背の機械兵器が、手に持つ斧を振り上げ――ヴァルキリーの肩部12.7ミリ機銃を連射。さらに左手に出したレーザーブレードが、敵機を両断する。

 ――さすがエース。こんな時でも……!

 イコマは、ヴァルキリーの膝下に足フレームを取り付ける。

『ありがとう、伍長。これで動ける』

「待ってください。肩とか被弾してますよ!」

 おそらく岩陰に身を潜めるまでに、敵弾を食らったのだろう。――と思ったのだが。

「オークの13ミリ弾……。診断プログラムだと装甲だけのようですね。穴埋めします」

 硬化スプレーを吹きかけ、装甲の穴を埋める。これは吹きかけに少々コツがいる。吹きかける方向を間違えて、関節を固めるわけにもいかない。

『――コピー6よりよりD小隊へ』

 中隊本部からの命令が通信機に響いた。

『大隊本部に、敵エリート中隊が突撃中。相手はコード『赤鬼』。ただちに支援に迎え!』

 ――赤鬼!

 ドクン、とイコマの心臓が鳴った。憎き家族の仇。両親、そして妹、弟――無残に赤い鬼に潰された光景がフラッシュバックする。

『D小隊、了解。エリース、動けるな!?』

『D-2、了解』

 ヴァルキリーが一歩動いた。イコマは自機を一歩下げた。フツフツとした怒りの感情を押し込め、職務に忠実にあろうと心掛ける。

「足の装甲は……装着している余裕はないですよね?」

『ええ。すでに――』

 ヴァルキリーが20ミリマシンガンで、近づくオークを破壊する。

『時間切れ。当たらないようにやる。ありがとう、伍長。……ええっと――』

「イコマです。仲間内からはドクって呼ばれてます」

 たぶん名前を聞かれたんだろうと思ったが違うかもしれない。実際は、それで正解だったが。

『ドク……ううん、何でもない』

「ご武運を。俺の代わりに、赤鬼をやっつけてきてください!」

『うん。じゃあ、また――』

 その言葉を残して、ヴァルキリーはブースターを噴かして飛び去った。本当は追いかけたいが、周りは敵が圧倒的に多いので、イコマ機も味方勢力圏まで走る、走る、走る。

 背中に衝撃。バックパックに被弾。予備フレームパックが破損。ラック不可能になったが、活動に問題なし。ジャンプブースターを噴かして大ジャンプからの離脱。

「――仇がくたばるまで先に死ねるかっ!」


 ・ ・ ・


 赤鬼と漆黒のヴァルキリーの戦いは激しいものだったという。

 防衛戦自体も激戦であり、被弾損傷に負傷、戦死者多数と第18装甲歩兵師団は、大きな損害を受けたが、敵の大攻勢を阻止した。

 イコマは一機でも多くの味方を復帰させ、負傷者を搬送したり、予備弾薬やエネルギーパックを前線に運び、戦場を駆け回った。

 そこで聞こえた赤鬼撃破の通信。詳細はわからないが、敵はエリートを失ったことで、総崩れになったらしい。

 戦いが終わり、イコマは戻ってくる味方機を眺める。その中に、ひどく損傷しつつ、むき出しのフレーム足を晒しながらも、帰投するヴァルキリーを見かけ、駆け寄った。

「中尉、よく無事で」

 そして一番の関心であるそれについて問う。赤鬼は仕留められたのか、と。

 それは戦場の一コマ。

 異世界軍から地球を守る戦いは続く。イコマ伍長は衛生兵として、以後も激戦地を転戦する。部隊が解散するか、戦争が終わるまで……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続編を求む なろう小説読者にはこういうのは受けないと分かってるけども、少数の愛好者がいるので。
[一言] 面白かったです。 できれば中、長編で読みたかった。
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