はち。
前回のあらすじ
ギルドの登録証には、過度な期待はしてはいけないというお話し
宿に帰った俺は、夕食にもまだ間があるので、ギルドからもらった冊子に目を通してみた。
基本的には、事務的な決まり事や禁止事項などが記載されているもので、討伐依頼受注時の魔獣の処理の仕方や買取対象部位のない魔獣の討伐証明部位(ゴブリンの右耳とか、コボルトの尻尾など)について記載されていた。
また、クラスとランクについての説明も書かれていた。
クラスは、その傭兵が単独で討伐した魔獣のうちギルドが確認したもっとも高いクラスに応じて評価される。端的に言えば、その傭兵の個人の証明済み戦闘力といえよう。
キルドに登録したパーティーで討伐した場合には、パーティーのクラスとして認定される(登録パーティーは登録証に記載される)。
俺はGクラスなので、登録証にはGと刻印されている。極めてシンプルだ。
ギルドの受付でも説明があったが、三十日間Gクラスの仕事をすればFクラスに昇級できる。そうなれば、受注制限はなくなるので、Fクラスでも上級の魔獣を討伐すればいきなりそれに見合ったクラスに評価替えされる仕組みだそうだ。
もっとも、魔獣討伐は自分の命を寺銭に行う博打のようなものなので、そのあたり個人差はあるが、慎重な奴が多いらしい。
魔獣のクラスも決められていて、例えば、ホーンラビットはF、ゴブリンはE、オークはD、ワイバーンはBとなっているそうだ(冊子に一覧表になっていた)。
傭兵同士で仕事を組む際、クラスを一つの目安としているようだが、初対面では人間性はわからないので安心できないし、また、仮にクラスが低くても、それまでに上位の魔獣と遭遇する機会がないだけということもあるため、絶対視できないと考えている者が多いようだ。
一方、ランクは、端的に言って、その傭兵がどれだけギルドを儲けさせたかで評価されるので、ほとんどの傭兵は興味を持っていない。ギルドのみが、信頼度の目安としているに過ぎない。
俺の登録証には、まだランクはついていない(まだギルドに貢献してないからな)。
ともかく、今はGランクの仕事しかできないし、一番鐘から二番鐘までの間にギルドで受付を済ませなければならないので、明日は早起きしてギルドに行ってみるのがいいだろう。
鐘がなる時刻は決まっていて、日に八回、朝五時から午後七時まで二時間置きに代官所で鳴らされることとなっている。
午前 五時・・・一番鐘
七時・・・二番鐘
九時・・・三番鐘
十一時・・・四番鐘
午後 一時・・・五番鐘
三時・・・六番鐘
五時・・・七番鐘
七時・・・八番鐘
蛇足だが、午前も午後も一時ちょうどから始まり十二時五十九分五十九秒までとなっているところは、前の世界とは違っている。ちょっとややこしい。
二十四時間表記 十二時間表記
こっち 前の世界
零時 午前 一時 午前 零時
一時 二時 一時
二時 三時 二時
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
十一時 十二時 十一時
十二時 午後 一時 十二時
十三時 二時 午後 一時
・ ・ ・
・ ・ ・
・ ・ ・
二十二時 十一時 十時
二十三時 十二時 十一時
ギルドの受付は朝五時から七時までなので、朝一番で朝食を食べたらすぐにギルドに向かうのがいだろう。
こっちに来てから割と朝はのんびりとしていたので、慣れるまでの間はしんどそうだ。
◇
翌朝、朝五時に食堂に降りていきサクっと朝食を済ますと、フロントで十泊分の延長手続きを行い、ギルドに向かった。
知っての通りギルドは宿から至近にあるので、五時半にはギルドのロビーに立っていた。
昨日は人もまばらだったロビーだが、今は多くの人で溢れかえらんばかり。どうやら斡旋窓口の行列の所為らしい。かくいう俺もギルド指定作業というのを受けに来たのだが。
見ると、斡旋窓口のうち一番左を除く三つの窓口に列が並んでいる。どうやらここで指定作業の受付を行っているらしい。
一番左には数人並んでいるだけで、どうやらこちらは指定作業以外の依頼について受注申請を受け付けているところらしい。
長い列を目の当たりにして、こっちの世界でもきちんと列に並ぶんだなぁと感心していると、
ボゴッ、ドカン、カシャン
「ちゃんと列に並ばんかぁ、貴様っ!」
何事かと思って騒ぎの方を見ると、獄卒のようなコワイ顔した鎖帷子にモーニングスターをもった警備?が、三十歳絡みのおじさんをボカしていた。
なるほど、これだからお行儀よく並ぶんだね。納得。
などと眺めているうちに、結構長いかと思っていた列もサクサクと進んでいき、自分の番になった。
受付は、昨日とは違って六十歳手前ぐらいの年配の背の高い男性だった。
「はい。登録証見せて」
言われるままに登録証をカウンターのうえに置くと、
「はい。結構ですよ。あなた、今日は外壁工事ですね。この用紙をもって、西門から出たところに七時半までに集合するように。この用紙は、集合場所に監督官がいるから、彼に提出してね。じゃぁ、次の人」
いうだけ言って、俺に用紙を押し付けてくると、直ぐに後ろの奴を呼び出した。
列の消化が早いわけが分かった。ものすごく機械的だが、確かにこの人数だと機械的に捌くしかないのもうなずける。
時刻はまだ六時過ぎぐらいだったが、ここにいてもすることがないので、俺は、言われるがままに西門に向かった。
ギルドを左に出てラウンドアバウトを時計回りに回って、西に向かう通りの角を左折し、西門に向かって歩いていく。
南側の通りは雑多な感じだったが、西側の町並みは商社や金融機関といった立派なつくりの建物が並んでおり、そこから、西門に近づくにつれて、家具屋、仕立屋、本屋などの商店が並び、西門近くには食料品店、レストラン、喫茶店などが並んでいるなど、なんとなく住み分けができており、一軒一軒の造りも立派なもののような気がする。
食料品店などは、そろそろ仕入れの受入れ準備を始めているし、喫茶店やレストランの一部は、そうした朝早くから働き始める人々を狙ってモーニングの提供を始めているようだ。
町並みをみながらブラブラとゆっくり歩いていたのだが、西門近くについてもまだ集合時間まで一時間近くあるので、喫茶店でお茶して時間を潰した。
◇
集合時刻少し前に西門を出ると、ざっと百五十人程の老若男女が固まっている集団を見つけた。きっと、そこが集合場所なのだろう。
俺が集団の辺りまで歩いていくと、ちょうど西門からゼネコン営業マンのような風体の若い男性が玄人然とした作業員を引き連れてこちらにやってくるところだった。
彼は、西門を背にしてこちらに向かって大きな声で話しかけてきた。
「おはよう。知っている者も多いかと思うが、私がここの作業監督のアイケ・ツー・ホイヤーだ。本日も、外壁拡張工事にかかる空堀掘削作業を行う。
まずは、こちらに向かって五列横隊で並ぶように」
ホイヤーの指示に従い、百五十人の雑多な集団がぞろぞろと不揃いな五列横隊を作った。
心臓男軍曹ばりに並び方に文句をつけられるのかと思ったが、そんなことはなかった。
並び終えたのを確認すると、連れてきた作業員の一部に向かって
「では班長は、五人ずつ連れ、作業補助員から書類を回収のうえ、所定の場所で作業を開始するように。では、解散」
と指示を出し、残りの人員を連れて立ち去って行った。
俺が並んだ列の前に立ったのは、ニッカポッカに半袖のラクダのシャツのようなファッション?の四十代の男性だった。日々の肉体労働で培った引き締まった体に、酒焼けした顔の男だ。
「班長のゲッツだ。
知ってのとおり、現在西地区街区拡張に備え外壁延長工事を始めたところだ。
現在は、外壁外側の空壕構築作業を行っているところだ。
今日も、俺たちを含む十班は元気に穴掘りに勤しむこととなる。初めて見る顔もあるが心配する必要はない。なんたって穴掘りだ。技術も何もいらない。必要なのは体力だけだ。頭空っぽにして只管に掘れ。がっはっはっ」
ゲッツは、にっと笑って俺たちを見回している。見た目は危なさそうだが、悪い奴ではなさそうだ。
「そこの虎人族のあんた。ラルフだったな。今日も宜しくな。
お前は、ハイマンだな。先月の街道整備以来だな、今日は狭いところでの作業になるからな。さぼんなよ。
それで、そのほかの三人はどなたさん?」
自己紹介を求められたので、
「俺はアイン。昨日ギルドに登録したばかりなので作業は今日が初めてだ。魔法師だが、体力には自信があるので迷惑はかけないと思う。よろしく」
と挨拶しておいた。
俺が挨拶ので、残りの二人も慌てて、
「僕はエリック。こっちは妹のノラ。指定作業もまだ六日目であまり慣れてないけど、迷惑かけないように頑張るので、よろしくおねがいします」
「……します」
犬人族の十四、五歳ぐらいに見える兄弟だった。
「あいよ。じゃぁ、早速持ち場にいくとするか。
と、その前に、あそこにある作業用具を取りに行くぞ」
ゲッツは、俺たちから書類を回収すると、外壁際にまとめられている用具を指さし、向かっていった。俺たちもそれに続く。
「ハイマン、ラルフ。お前たちはツルハシを持て。エリックとノラはシャベルだ。
アイン、お前はそこ箱、とりあえず三箱でいいか、そいつを一輪車に乗せてついてこい。行くぞ」
俺たちは指示通り用具を持つと、ゲッツの後にゾロゾロとついていった。
暫く歩いていくと、既に外壕構築中といった様子の場所にたどりついた。
「よし。ここが今日の持ち場だ。ハイマン、アイン、お前たちはツルハシだ。エリックとノラは、ハイマンとアインが砕いたところの土をその箱の中の土嚢袋に詰めろ。ラルフは土嚢袋をネコに積んで、いつもの集積所に運ぶように」
ハイマンが嫌な顔をしている以外、みんな作業内容を確認して頷いている。
「何かわからないことはあるか。ないようだな。よし、それは作業開始だ」
ゲッツがポンっと手を叩くと、皆それそれ指示通りに動き出した。
俺は、ツルハシを掴んで、既に五十センチメートル程掘られているところまで行き、
「この辺りから掘り進めればいいですか」
と確認すると、一瞥したゲッツが
「おう。一度にそれ程深く掘る必要はないので、中央に向かって掘っていってくれ。
ノラ。お前は、アインが掘ったところを担当しろ。エリックはハイマント組むように」
「「「はい」」」
こんな調子で初めての俺のギルド指定作業が始まった。
◇
その日は、午前八時から午後六時まで、昼食休憩一時間を挟んで実働九時間、五人で役割を交代しながら壕を掘り続けた。
その間、ハイマンが一輪車の番のときに、土嚢を運び出しに行って戻ってこず、ゲッツにボコられるなど微笑ましい光景があった。それにしても、担当箇所が幅五メートル長さ二十五メートルと広いとはいえ、一日掘り続けて五十センチも掘れていないのは、ちょっとショックだった。
魔法使えば簡単そうなんだがなぁ。
『これも公共事業みたいなもんだから、止すがいいじゃろうな』
──そうだな。
作業が終了すると、各自ゲッツから就業証を受け取り解散となる。
就業証には、日付、作業場所、作業者名、班長名、監督者名および監督者のサインが記入されてた。
こうした書類を用意することで不正受給を排除しようということなのだろうが、凝ったものではないとはいえ、結構なペーパーワークだなと感心する。
俺も他の連中の後について、ギルドに戻っていった。
ギルドにつくと予想通り、朝ほどの込みようではないが、窓口に長蛇の列ができている。
「斡旋窓口」で報酬支払いをしているようだ。
さて、どこに並んだもんかと眺めていると、
「アイン。こっち」
「ノラ。ありがとな」
先ほどまで一緒に働いていた犬人族の少女、ノラが俺の袖を引いて、並ぶべき列を教えてくれた。俺は、ノラとエリックの後ろで順番を待った。
四つある「斡旋窓口」のうち、一番左は朝と同様、指定作業以外の窓口になっているようで、これも朝と同様に数人しか並んでいない。
真ん中二列には、割と年配というベテラン臭のする連中が並んでおり、俺たちが並んでいる一番右には、見るからに新人ですという感じの若者が並んでいる。
察するに、Gクラスとそれ以外とで分かれているのだろう。
「ギルド指定作業っていうのは、Gクラスの者ばかりかと思っていたが、それ以外の奴も多いんだな」
エリックに向けてそう呟くと、
「ギルド指定作業は、日当が千ティウス出るので、収入としてはそれほどではないけど危険が少なく装備が必要ないので、割りとしては悪くないから、需要は多いのさ。
勿論、腕が良ければ討伐依頼や採集依頼の方が遥かに儲けはいいんだけどね。でも、そのためには装備を揃える必要があるから、僕たち兄弟もそうだけど、それなりに資金が必要になるからハードルが高いんだよね」
と教えてくれた。
確かに、作業中は一応昼食が配給される。俺が泊まっている宿は一日二食で四百五十ティウスなので、贅沢しなければ、ほぼ五百五十ティウスが浮く。聞くところでは、ギルドの施設を使えば、素泊まり一泊が百五十ティウスらしいので、朝夕の食事をうまくすれば一日で七百から七百五十ティウスは浮かせそうだ。
一方、装備の方は、数打ちの鉄剣でも一振り一万ティウス、防具も革の胸当てでも五千から六千ティウスはするので、諸々一揃えで数万ティウスは最低でもかかるらしい。
体調を崩せばもちろん、天候次第でも仕事にあぶれることもあるだろうから、それだけの資金を貯めるには、真剣に取り組む必要がある。
もっとも、傭兵なんかになろうというのは、家業や家督を継げない農家、商家などの次男、三男とか、貧民から抜け出したいと考えている者が多く、地道にコツコツと資金を貯めて、装備を整えても、その装備を生かして魔獣と戦えない者も多い。
そうなると、ギルド指定作業から抜け出して、もっと割のいい稼ぎを狙っていくことができるのは、準貴族の次男、三男など、成人近くまで剣技なりを学べて、実家の支援で初期装備も揃えられる者に限られてくるのが実情、といったところ。
そうした点では、農家の出であるエリック、ノラの兄妹はしっかりと地に足をつけて頑張っているのがわかる。
オジさん、そういういい子は応援したくなっちゃうよね。
『まったく、そのとおりじゃのう、、、、』
おっ、珍しくジジィと意見があったな。
そんなこんなで、俺は俺の順が回ってくると、窓口に就業証を提出し、千ティウスを受け取ると、エリック兄妹に別れを告げて、宿屋に引き返した。
なんか初めて真面目に働いているような希ガス