ここだけの話
生徒会長が扉の奥に入り、どんどん姿が見えなくなる。
それを覗こうとした生徒もいたが警備員たちに阻まれ、重っ苦しい扉がゆっくり閉められる。
「先輩、先輩先輩っ！ 今の見ましたか？」
「っあ……あぁ、びっくりした」
視界を戻すと、苺谷はまるでサバンナで獲物を前にしたチーターの如く、睨みつけて喉を鳴らしていた。
「もしかして……本当にお知り合いだったりするんですかッ？！」
「ごめん、俺も適当に言っただけで話したことも会ったこともないし、人違い、それか目にゴミが入っただけじゃないか」
廊下で目が合った女の子からフレンドリーな挨拶されたと思って答えたら、後ろにいる女の子へだった。
そんな気まずい嫌なトラウマが蘇って、寒気がした俺は速攻否定する。
流石にここで自信満々で答えるほど根拠もないし、メリットもない。
俺はウィンクされるような人間関係、今まで築いていたこともないのだから。
「まぁ、そうですよね？ それじゃ……やっぱり私に頑張って生徒会へ入ってね。みたいな応援としか考えられないですね」
まぁ、自信満々な人もここにいます。
付き纏っていた理由もわかって誤解も解けたし、俺は俺で適当にさっさとドームへ向かおう。
「っあ！ ちょっと待ってください」
小走りで追いかけてきた苺谷は唇に指を当て、少し考えると顔を覗き込んで微笑んでくる。
「先輩達にもっと挨拶してきた方が良かったんじゃないのか？ 顔は広ければ広いほどいいだろ」
「もう始業式までそんな時間もないですし、先輩に一つアドバイスしておこうかなーっと。優しい後輩ですね」
後輩、後輩ね、ヒロインだったり忙しい奴、もはや突っ込む気すらない。
「ま、好き勝手に後ろをついてきたら良いさ」
「こちらへっ！ どうぞッ！！ 新入生の皆さんはこちらからスタジアムへお入りください」
拡声器で叫ぶ警備員の言うがまま、一般人用の入り口へと向かう。
「——まっぶし」
ギンギンと太陽差し込むグラウンドは芝生が青々と伸び、取り囲むように客席が並び。
まだまだ光量が足りない、とでも言いたげなスポットライトが縦横無尽に照射される。
「鬱陶し……なんだこれ」
「うぁぁぁぁっ、ついについにここまで来れた！」
目がチカチカして、落ち着けないどころか胃からストレスが込み上げる俺とは対照的に。
隣の苺谷は衝動を抑えられない子供のように小さなジャンプを繰り返していた。
「っ……コホンッ、なんですか、文句でもあるんですか？ 先輩？」
「別に繕う必要もねぇし、恥ずかしがる必要もないと思うぞ」
「先輩は馬鹿で、気楽に考えすぎなんですよっ！ 何もかもを！！ 実績もない学生がここを入学できる抽選確率知ってますか？！」
「知らない、興味もない」
相容れないな、頼むから静かにしてくれ、と吐き気を俺は自分の首を絞めて押し込む。
「まぁ、雨が降って暗くてジメジメになっていたよりはマシか」
「やめてください、ネチョネチョでアスファルト臭い芝生なんて想像したくすらありませんので」
席とかは決まっているんだろうか、そう思って周りを見てみる。
それぞれ自由に散会後、スタジアムの座席へ上がって友達同士で座ったりしていた。
「じゃ、私は適当に先輩を探してくるんでお別れですね」
ウキウキした様子で苺谷はゆっくり身体を一回転させ。
スタジアムで一人で孤立している、男子生徒を見つけては次から次に写真を撮っていく。
「そっか、まぁ、適当に応援してるよ」
そのうちの一人にターゲットを決めたのか、
意気揚々と歩いていく苺谷。
けれど、彼女は「っあ」と言って思い出したように戻ってきた。
「忘れてました、アドバイスをするんでした。最後にやさしい、やさしい〜、私からの助言です」
手で口元を覆って、他に聞こえないようにする苺谷はこれまで以上に真剣な眼差しで伝えてくる。
なんだ、やばい情報を持っているのか？
明らかに様子が変わったので、俺も身構えて静かに耳を寄せる。
「これは噂で聞いただけですけど、火のないところに煙は立たないと言いますか」
「おう」
「先輩は友達も居なそうですし、そういうのにも疎そうなので」
「そういう優しいアピールはいいから早く言え」
「むぅ」と文句を言いたげに少し唸った苺谷は、勿体つけるように喉を鳴らし。
「ここだけの話なんですけど——」
今一度、もったいつけて口を俺の耳元へと近づけた。
「新入生の中に最低倍率の0.01、関わるだけ損のヤバい奴がいるみたいなので、先輩も話しかけないよう……気をつけた方がいいですよ？」
