万事休すのホスタイル
(まずいまずいまずいまずいっ!!)
もう鉱山の支払い期限が来る。期日までに公証役場に現金か手形を持って行かなければ、契約不履行で莫大な負債を抱える事になる。
貸し付けを受けられていたなら鉱山の開発に出資を募り、その上がりで返済を賄えていたはずだ。しかし銀行からの融資が無ければ、鉱山購入代金を丸抱えしなければならない。開発どころではない。
(早まったか…っ!)
競売にかかる前に押さえておこうと、先に譲渡の手続きをしてしまっている。まさか銀行融資を断られるなどという無礼を受けるとは思ってもみなかったのだ。
スーフィフル氏は急ぎ、公証役場に申し開きに向かった。出来れば購入契約を見直したい。少なくとも支払い猶予を認めてもらいたい。
だが公証役場では、売り手の鉱山主に連絡をつける事は拒否された。買い手からの脅迫などを防ぐためだ。売り手側に制度上の瑕瑾でもない限り、契約の反故など認められない。逆でも然り、だ。
「金のアテが違ったのだ。もう買えない。契約を取り消したい」
「無理です。既に鉱山はあなた様のもので、手付金も支払われて売買契約は完了してます。相手側にも公証手形が発行されており、今更返せなどとは言えません」
「な、なら、一度目の支払い猶予をもらえまいか…?!」
「一度目も何もこちらには即金で全額入れていただく決まりです。分割はあくまで銀行さんとの融資契約の話で、発行した手形の補償を早くしていただきたい」
「ま、待ってくれ!もう一度別の銀行に掛け合ってくる!それまで期日を延ばしてもらえまいか!?」
「いつまでに支払えるか約束していかれるなら特例で待ちましょう」
相手は貴族界で名の通ったホスタイルだ。公証役場の役人としては、保身のためにも多少譲歩せざるを得ない。それもまぁ“多少は”だが。
「山を手放されるのも一案だと思いますよ」
小役人の考える事など、スーフィフルも考えついていた。真っ先に子飼いの商人を呼び出そうとして、全く連絡がつかない事に愕然とした。
奴は今、不正売買を行なっていたとして追捕されていると知った。不当に他所で高く値を釣り上げた分、安く商品を売って有力貴族に取り入り、その特権を使って利益を上げていた悪徳だったと教えられた。
(逃げられた…)
目の前が真っ暗になる。
慌てて商人ギルドに向かい、鉱山の買い手はいないか問い合わせる。ルビーの出る山だ、それなりの値段なら即決で売ってやってもいい。
だが商人どもは、あくまで泥炭の廃鉱山としか見なかった。設備投資を考えれば、とてもじゃないがスーフィフル氏の求める値では買えない。
競売にかけるのを勧められるも、査定調査や公示や入札手続きなどを考えると売却まで日数がかかりすぎる。即金で欲しいのだ。
「な、なら、商人ギルドでやっているという銀行から貸し付けを頼めないか…!」
「申し訳ないがホスタイル様、公共銀行で断られた案件にウチが金を出せはしませんよ…。与信情報というのがあってですね、公共銀行が審査を落とした相手さんに商人たちの信用で成り立ってるウチが出せるわけない」
取り縋ったが、商人ギルドはにべもなくスーフィフル氏の嘆願を却下した。
失意の中、スーフィフル・ホスタイルはフェアネス侯爵家に嫁いでいる姉を頼って、金の無心をする事にした。
悲壮感漂わせた弟の訪問に、姉であるジュリアは親身になって保護をした。
しかし金の話になると、当主ロジェールの留守を預かる長子フィルスと次子リチェーンジが難色を示し、フェアネスの現在の財政と公共銀行の破綻危機でとても支援は出来ないと断ってしまった。
「リヴァル侯爵家に痛くもない腹を探られている所なのだ。こんな時期に、怪しげな投資話の補填など出来るものか」
血も繋がらぬ二人にとって、継母の弟など赤の他人にすぎない。
追い銭投げられ、追い払われた。
支払い期日が迫る。金の目処は立たない。
山はもう、泥炭鉱山として売りに出した。少しでも足しにしなければならない。
邸宅も売る。
準貴族で地域の名士として幅をきかせていた屋敷が、二束三文で土地ごと売却される。
牧場も手放した。
それでも、足らない。
謹慎から明けて学園に戻ってきたはずのスーフィフル氏は、憔悴しきった姿で一切の講義を休み、研究室に籠り続けた。




