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泥炭鉱山

「今回の支払いをしばらく待ってもらいたい。あるいは分割にしてもらう」

 二日酔いで昼過ぎまで寝過ごしてから、スーフィフル・ホスタイルは新参の出入り商人を自宅へ呼びつけた。少しイライラしていた。



「ええ、ええ、構いませんよ。お待ちいたします」

 対して田舎者丸出しのその商人は、ホスタイル子爵家連枝というスーフィフル氏に全幅の信頼を置いているのか、好々爺とした中年顔を綻ばせた。

「もしやお金を他に使いたいという事は、ホスタイル様も入札をお考えになられてるのでございますか?」

 ニコニコと言う。



「入札?」

 何の話だ?近頃の物価高で金回りが鈍い我が家に、入札などというモノに使う余剰の金など無いわ。つまらん話に不快になる。


「おや、ご存知ありませんでしたか。今度廃坑になった泥炭鉱山が競売にかけられる事になりましてね、我々商いをする者たちは皆、なんとかして採掘の権利を得られないかと読み合いをしているのですよ」

「廃坑になった山をなぜ買うんだ?」

「その山は元々泥炭を採っていたのですが、昨今の木片チップの流通で需要が落ち込みましてね、採算取れぬと閉山したのです。しかしその山からは、実はもう少し深く掘れば、ルビーが出るのが分かっておりました。

 ですので最初は鉱山主は、設備を整える出資を募ったのです。しかし所詮は廃坑山の老主、思ったようには資金が集まらず、いたずらに宝石が採れる山だという話だけが広まってしまいました。そして鉱山主のもとにはあちこちから、商人や貴族の方々が自分たちに売るようにと持ち掛けてきたのです。

 良い値をつければいいのですが、山はあくまで金にならない泥炭層の廃山。皆が安く買い叩こうとしました。鉱山主はそれらを断りつつも、売るよう脅されたり維持費に金がかかったりとで耐えきれなくなり、競売にかける決心をした、と」


「ほう、そんな話があったのか」

「ええ。ですからホスタイル様も入札を考えられているのかと思ってしまいまして、いやコレは失礼をば」

 商人はおどけて頭を下げる。

 知らずのうちに、貴族界の社交から遠ざかっていたようだ。こんなポッと出の田舎商人でさえ知ってる話にすら疎くなっていたのか。我が事ながら、準貴族などという平民の身が疎ましい。


(だが待てよ?その鉱山が本当なら、男爵位くらいなら得られるか……)

 ルビーというのが良い。とても良い。あれはご婦人たちの中でも人気だ。

 商人たちが調べた結果でも、埋蔵量が期待出来るという話だ。

 それが採れるなら、十分叙爵されるに値するだろう。


 それに、馬などという獣臭い家畜なんぞより、よっぽど洗練されてるではないか。




「その入札はいつだ?」

「公示されてからですからねぇ。我々も見積もり計算しながら毎日官舎の掲示板を見廻しておりますよ」

 商人はカンラカンラと笑った。当人はそこまでの身代が無いため、最初から入札に参加する気はないらしい。だから余興として楽しみにしているようだ。


「キミから見て、いくらくらいになりそうなのだい?」

 探るようなホスタイル氏。山ひとつ、買える気はしないが、あるいは姉に泣きつけば……。


「そうですなぁ、泥炭鉱山としてなら二束三文で投げ売りでしょうが、ルビー鉱山であるなら結構な金額になりましょう。しかしそれは採掘設備があってこそで、まだ何も無い今の状態ならその施設費を差し引いて考えなければならないでしょうし、コレはまぁ入札参加者同士の読み合いですな。高値を付けた上に設備投資もとなるとさすがに採算を考えてしまうわけで」

 商人は実に楽しそうに喋る。大きな商売の駆け引きを観客席から眺めるのは、商売人にしたら楽しい娯楽だ。


「まぁもしホスタイル様が設備投資の出資者を募れば、元の鉱山主とは違いいくらでも集まるでしょうから、初期費用はそれほど掛からず採掘出来るでしょう。何よりホスタイルブランド、フェアネスブランドになるとしたなら、社交界で引く手数多ではありませんかな?」

 これが後押しとなった。スーフィフル・ホスタイルの欲望に火をつけた。


「そうすれば、キミも出資者になるかい?」

「そりゃあ勿論、ホスタイル様御用達商人として、真っ先に名乗り挙げますとも」

 ニコニコと笑って言う。よくこれで商人になろうなんて思ったものだと呆れるくらい、騙されやすそうな顔をしている。コイツを少し使ってやろう。



「競売に掛けられる前に、その鉱山主とやらに挨拶しておかないとなぁ」

 頭の中で皮算用が数字をバチバチッと弾き出し、思わずニヤリとほくそ笑んだ。






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