調査と憶測
「これはちょっと、調べるべきよね」
バヴァルダージュ嬢の情報は、いっても学園内が中心だ。外での事は、別個で裏付けしておきたい。
「……俺の方でも調べてみるよ」
と、少し深刻な顔で、フレンくんが言った。
━━━━なぜ急に、素材価格が高騰したのか?
それも、懇意にしているはずの学園指定の業者が、事前の通告もせずに。
商家には商家の情報網がある。ウチにも商隊はあるけど、あくまで地方だ。王都での繋がりは、ドシップ商会に頼る方が良い。
素材の流通に関して何か問題が起きているのか、解決出来る内容なのかを、把握しておきたい。
(それに、エルサちゃんの窮地だってなったら、まぁ当然、黙っちゃいらんないよね)
ここはひとつ、彼の漢気に期待してみようか。
そのエルサちゃんは、どうするべきか?
なにぶんデリケートな話だからね。
わたしたちが力を貸すよ!なんて言っても困らせるだけだろうし、黙ってコソコソやるのも、彼女を軽んじてると思われちゃう。
まずは情報の確度を確かめたい。
エルサはクラブ内でイジメられてる。
くだんの件以降、なかなかと陰湿な事をされてるみたいだ。無視、嫌味、陰口、イビリ、悪評の流布、研究材料の破壊、妨害etc.
クラブの窮地の逆恨みを、全部独りで背負わされてる状態だという。
誰と誰がどういった事をやっちゃってくれちゃってるのかは個々で調べていくとして、クラスにはわたしたちが居る。
あっちから抜けられない事情があるんなら、こっちに居る間は、彼女が愛されてる事、信頼されてる事、仲間がたくさんいる事を、十二分に感じてもらえばいい。
お昼休みや休憩時間、今まで以上にアンバーフィーユ、アミーやユージーンたちにまで、エルサをいかに大切に思っているのか、全身で表すように明るく話しかけてもらった。
やっぱりちょっとだけたどたどしいけど、エルサちゃんもはにかんで笑ってくれてる。彼女の方から泣き言を言ってきてはくれないけど、わたしたちと居るここが、彼女の息抜きの場所になってくれたら嬉しい。
……で、わたしもラフネスの持ってる人脈で、いくつか調べてみた。
そもそもエルサの論文ってどんなものなの?何がネックで審査入りしてるの?
学園に問い合わせてみても不明だとか部署違いだとか、審査中で回答出来ないだとか訳のわかんない事ばっかり言う。なんでやねん、自分たちで処分出したんとちゃうんかい。判断基準を教えろよ、判断基準をよ。
のらりくらりと躱して、明確な理由を全然明示してくれない。
「違反理由を違反者に教えないのは、処置としてそういうもんだよ。当人にも教えないのに、ましてや部外者なんかには、ね?」
などと、貴族文化の訳知り顔でアミーくんなんかは言った。意味分かんない。何がどう駄目だったのか教えてくんなきゃ、改善なんか出来ないでしょうが。
「こういうのって禁止理由を言っちゃうと、それを基準にチキンレースされてしまうからね。隠すもんなのさ」だってさ。なんじゃそりゃ。
なので納得はいってないけど、商隊で取り寄せた掲載誌の論文を自分で読んでみる。ふむふむ、テーマは『素材の効率的な栽培の間隔と人員配置に対する提言』とな。なるほどなるほど……。
結果、
(うん、まったく全然、これっぽっちも分かんないや笑)
早々に投げ出しちゃった。
そりゃそうだ。わたしには専門知識なんて無いし、こっち系の勉強もしてない。論文の内容ならともかく、その正誤なんて、判断がつくわけがない。
王太子妃候補だった頃の夢の中では、各国各種、様々な論文を読みまくった。だから書式なんかの形式は分かる。典拠の追い方も、論旨から何を読み取ってどう利用するべきか考えるのにも、慣れてる。
けれど、内容が正しいかどうかの精査なんてのは、丸っきりの門外漢だ。わたしの仕事じゃない。
(流用してるデータの出典元もちゃんと明記されてるしなぁ……)
手に入れた資料を頭捏ねくり回して読みまくってみても、答えの確定してない研究論文が正しいのかどうかなんて、わたしにゃサッパリわからなかった。
(問題だってとこを教えてくれりゃ、さっさとそこ書き直してお終いな話なのにさ)
捏造なんて疑いかけられてるから、『偽装した部分は自分達が一番よく知っているだろう』とばかりに、教えてくれない。
イジワルにも程があるよね。思わず舌打ちもしてしまうよ。
(でもまぁぶっちゃけ、論文を差し替えするか撤回するかなんてのは、そこまで重要じゃないんだよなぁ……)
フーッと、溜めてた息を鼻から出して、身体を椅子に沈める。
重要なのはこの機関誌が、
(当然っちゃあ当然だけど、学園以外にも配布されてるわけね)
そのせいで、学園側は他機関に醜聞が拡がるのを恐れた。ハッキリとどう悪いかも言えない段階で、エルサたちに過剰な処分を課した。
次号掲載予定のお詫び記事で、もし問い合わせをされても全部終わった事にしてしまうために。
責任の追及を逃れるために。
(自分らの保身で生徒を切り捨てるなんて、実に貴族らしい処世術だね。見上げたもんだよ先生方……)
とにかくその懸念がある限りは、頑なになった学園側が簡単に折れると思えない。処分の撤回は、期待出来ない。
単に問題を解決するってだけなら、直接出版社に乗り込んでって『待った』をかければいい。ラフネスの名前で脅しつつ財力で引っ叩けば、例え相手が老舗の出版社だろうが中規模程度の事業者だ、簡単に握り潰せる。
でも、エルサちゃんたちが論文投稿するような雑誌相手に、さすがのわたしだってそんな横暴な手段は選べないわけで……。
(現実的に考えるんなら、学生自治を謳ってる生徒会に動いてもらうのが一番なのかな?学園側の重過ぎる処分に異議申し立てする方が、よっぽど学生らしい正攻法よね)
でもね、そのやり方だと、時間がかかるんだよ。
(サロンに知り合いでもいれば口利きしてもらうのもアリなんだろうけど……)
あいにくとそんな高級なお友達、今のわたしは持ち合わせちゃいないのだ。
トホホッと自嘲しつつ、他に学園上層部と交渉出来る取引材料あったりしないかな?とバヴァルダージュ嬢に再度相談しにいく。脅迫でも賄賂でも、使えそうなら何でもいい。
そうしたら、ブロードキャスト広報部の彼女のデスクの上に、わたしがやるべき方向性を決定付ける新たな証言がもたらされていた。
論文の不正疑惑が出るほんの少し前。
たった一度、たった一度だけだけど、エルサが名指しで非難されてるのが目撃されてたらしい。
それも、内部生担当の上級教諭から、思わず眉をひそめてしまうような、酷く侮辱的な罵声と叱責で。
優等生で穏やかで、木漏れ日差す陽だまりのようなあのエルサちゃんを相手に、一体誰がそんな事を?
内部生担当の上級教諭……。
「 ス ー フィ フ ル ・ ホ ス タ イ ル 」
全身の血が、ゾワッと凍りついた。




