山へと
アンバーのグリス領は、位置的に王都からぐるっと大きく寄り道した海岸線のとこにある。だから次の目的地ルバドール領まで、かなりの距離があった。
さすがにこの長距離、ずっと馬車でいっしょだと喋ることも無くなるかな?なんて思ってたけど、全然そんな事なかった。
フィーユに教わりながら皆んなと作った焼き菓子を楽しみつつ、旅の感想や学校でのことなんかをとりとめなく話す。たまにまったり微睡んだり、外の景色を眺めて歓声上げたり、貴族令嬢たちの優雅な旅はつつがなく進んだ。
エルサのご実家のルバドール領は山間部の農村地で、穀物を作って生計を立てていた。
山から清流が湧き、ゆったりとした川となって、風光明媚な景色が広がる。
ぶっちゃけると、それだけだった。
「だからね、小さな頃から物語に憧れちゃって……」
なんて、ディナーの席で恥ずかしそうにテヘッと笑うエルサ。何もないからこそ、穀物の運搬で訪れる商人たちから話を聞き、本を手に入れ、空想を逞しくして勉強に没頭した。
何もないからこそ、物語に憧れが強くなった。
「今、王都に居れて幸せなんだ。皆んなとも友達になれたし、毎日が楽しくて楽しくて」
そう言ってはにかんだエルサは、そこからちょっと表情を真面目にして、
「だからさ、実は私、あのお話も好きなの…。ごめんね、サリー」
知り合ってからずっと気になってたの、と告白してくれた。わたしの姓家のラフネスが悪者になってる“アレ”だ。
本棚にも、児童書版と文庫版が入ってるんだってさ。
「いいよいいよ、問題ないよ。あんなんただのお話だしね」
十五年とか以上前の話だ。アレを根拠にウチを馬鹿にしてくる大人はまだいるけど、ウチと取り引きしてる家からはそういうの全部排除してるから支障ない。
むしろお婆様なんかは「最初から敵としてくるからね。分かりやすく簡単でむしろ助かっているよ」なんて言ってる。
(中には表面だけ取り繕ってくるのもいるけど)
それでも取り引きしてれば分かるものだ。検査薬としてとても重宝してる。
むしろエルサやアンバーやクラスの子たちが、最初からあんまりラフネスの名前に忌避感無かった方が、わたしとしては意外だったくらいだ。
前にもそれを不思議に思って皆んなに訊いてみた事あるんだけど、自分たちの生まれる前の話だしあまりに一方的だしで鵜呑みにはしてないよ、と言ってた。バヴァルダージュ嬢なんかは、「上級貴族のプロパガンダなんじゃない?」なんて危険な事言って笑ってた。
勧善懲悪が好きな平民は正義のフェアネスが好きだ。内部生たちももちろん、王国の閣僚級であるフェアネス側だろう。
(だから逆に、外部生たちにはフェアネスの威光の効きが薄いのかもね)
もう自分には関係無い家の事だからどーでもいいわ。
アンバーのとこでは海の幸、エルサのとこでは山の幸が饗された。
観光地じゃないから宿が少なくて、付き人たちは用意された家屋に分散して泊まってる。ルバドール邸の客室にお世話になってるのはわたしたちだけだ。
食後、いつもの勉強会をなんとか耐えきり、夜風に当たりにベランダに出た。
「うわぁ~っ!」
山に囲まれて空気が澄んでいるのか、全天で星が溢れ輝いてた。
「綺麗でしょ?ウチの唯一の自慢なの」とエルサが静かに囁いた。「ここにいる時には全然気づかなかったのにね」
美しい星空に抱かれ、わたしたちの夜は更けていった。




