想いの昇華
「……とにかく、今のわたしは某侯爵家とは何の関わりもない没落伯爵家の一女史で、友達の男爵令嬢を応援してるだけの賑やかしなんです!そして学園生活を愉しみつつ、適当なボンボンを掴まえて故郷に錦を飾るのが目的の、平凡な一生徒!そっとしておいて下さい!!」
「そうはいきません。王国臣民は、王国の繁栄のために奉仕する義務がありますからね」
クソ宰相が…っ!
ふふんっ、と笑うネイト執政官をギラリと睨みつける。話がややこしくなるから、余計なこと言ってこないでよ。
「わたしはもう侯爵家と縁もゆかりも無い、いえ、元々侯爵家の力など何も持ち合わせていない女なのです。ましてや王太子殿下の力になど、なれましょうや」
お前になんか利用されてやんねーぞ、と皮肉まじりに言ってやる。
「確かに侯爵家の威光は魅力的ですが、それとは別に、私たちは貴女自身に価値を認めているのですよ。幸い、御目見得以下とはいえ、伯爵位をお持ちだ。少々の献金でその資格を取得すれば、『ラフネス』のまま、婚約者候補に列するのに十分でしょう」
アホ言うな。なんでウチがお金出さなきゃなんないのよ。
「いえ、とんでもございませんわ。『ラフネス』の名は王太子殿下にとってマイナスにしかなりませんし、国王陛下もお認めにはなられないでしょう。謹んで御辞退申し上げますわ」
「では変えればいい。家名など、適当な家格と縁組するだけで十分だ。いくらでも用意しましょう」
「だーかーらーっ!」
「恐れながら殿下、サリーがここまで嫌がっているのです。いくら殿下といえど無理強いはやめ、サリー嬢の事情を汲むべきが、上に立つものの態度であると存じます!」
ガルルッとネイト執政官に噛みついてるわたしを庇い、フィーユが進み出て、王太子殿下に直訴した。
(あぁフィーユ…っ!あなたは王太子殿下の覚えを良くしないといけないのよ!わたしなんかを庇っちゃダメだよ!)と心配になりつつ、感動で泣いちゃいそうになる。
こんなにも、身を挺してわたしを助けようとしてくれる友達が居てくれるなんて、なんてわたしは幸せ者なんだろうか。
「控えなさい!貴女こそ、臣下の分際で殿下の御意向を慮る事をしないなど、身を弁えなさい!」
あぁ、あんなにぽやぽやとして可愛らしかったリヴァル侯爵令嬢が……。それも、慈悲深くフィーユの成長を見守ってくれてた子が、フィーユを叱責するなんていう損な役回りをしちゃってる。それも、わたしなんかのために……。
「いや、私とてアンネ嬢の気持ちは大切にするつもりだ。
確かに、早急に事を進め過ぎたかも知れない。焦りで判断を誤ったようだ、許せ」
と、王太子が素直にフィーユに向かい、謝罪をした。
(あれ?コレもしかして、式典以外で初めて王太子がまともにフィーユと真っ直ぐ向き合った?)
なのにフィーユは、照れも緊張もせず、毅然とそれを受け入れるだけをした。恋する乙女の情は、今は微塵も見せてない。
「それ相応の準備が出来たら、改めて迎えに行こう。今はただ、皆で再会を喜びたい」
レグノ王太子殿下は、これまでのわたしの記憶には全く無いくらいの、穏やかで慈悲に満ちた柔らかな笑顔を綻ばせた。
「そうです、そうですとも!なによりもこの8年間の、失われていた空白を取り戻していきましょう…っ!」
リヴァル侯爵令嬢が涙を潤ませながら、わたしと同じ目線になって手を取った。その柔らかな温もりに、ついにわたしの幼少期の記憶が、堰を切って溢れ出た。
「わ、わたしも…本当は、皆んなと離れたくなかった……っ!」
記憶の奥底に沈めていたはずの寂しかった、惨めだった想いが涙となって、その頃唯一の救いだった彼女たちの優しさに、思いの丈を曝け出す。
あぁ、強がってたけど、あの時代、わたしにとって辛い記憶だったんだな……。全然知らなかったよ、アンネセサリー……。
「わ、私たちも、サリーの事好きだよ!」
ヤキモチ焼くフィーユたちに、
「フィーユもアンバーもエルサもドリーもケイティーもニッキーも、みんな皆んな大好きだよ!わたしには過ぎた友達たちなんだから!」
と、全員に覆い被さるように抱きしめて、わたしは心ゆくまでおいおいと泣き尽くした。




