リーヴル①
「ここが『リーヴル』です」
看板にも書いてあったし、間違いはないはず。
「ブックカフェというよりも、ケーキ屋さんです」
その人は驚いたようにお店を見ている。
はじめて私も来たから、本当にこのお店が『リーヴル』なのか確実に言えない。というよりもこのお店にその人が探している先輩がいるかどうかも分からない。
というわけで思い切って、お店の中へ入ってみることにした。
「中も思いっきりケーキ屋さんですね」
「そうですね」
ケーキ屋といえばイメージする、ケーキの入ったショーケース。それが店に入ってすぐ目についた。ショーケースの上、そこにしおり置きみたいな物がある。気になったので、近づいてみる。
「ケーキ屋さんですが、しおりが置いてあります」
しおり置きの中に、この前雪路さんが持っていた同人誌に挟まっていたしおりと同じ物がたくさん入っている。
「本当ですね。しおりを見ると、ブックカフェっぽさがあります」
私はショーケースから目を離して、店内をぐるりと見る。私達の後ろに、机と椅子が置いてあるようなちょっとしたスペースをみつけた。
「あっ聖さん、お久しぶりです。奈良に来てたんですね」
暗めの赤髪、綺麗な顔。黒めの服を格好良く着こなしている。
これはイケメンである。恐らく誰が見ても印象に残る人だ。ふわりと良い香りもする。これは香水をつけているお洒落さんだ。
「お久しぶりです、響さん。ところで化粧をして香水つけていますか? 最後に会ったときよりも格好良くなっています」
「そりゃあ僕は元々美少女だったんですよ、ちょっと化粧をするだけでイケメンになるんです。それに香水もつけていますよ、杏子です。甘さ控えめですけど、どうですか?」
「いやー響さんが美少女だったなんて、誰も信じないと思いますよ。甘い香水をつけるなんてイメージ変わってしまいました」
「イメチェンですよ、イメチェン。聖さんは全く変わっていないです。あっかぼすのピアス、まだつけているんですね」
「このピアスは大事な物ですから、外せませんよ」
2人はわいわいと話している。どうやらこのイケメンは、その人が言っていた先輩みたいだ。
その人は聖さん、先輩は響さん。これは名字じゃなくて名前だから、名前で呼び合うなんてよっぽど親しんだろうな。
「ところでこの響さんからもらった同人誌なんですか、作者は誰なんですか? 実はこの人が作者を探しているらしいのです」
会話が一段落したのか、聖さんは私のことを紹介してくれた。
「実は私記憶喪失なんです。そして私が唯一持っていたのが、この同人誌だけでした。それでこの同人誌の作者さんに聞けば、私のことが分かるんじゃないかなと思いまして。この同人誌、市販されていないから、作者が直接知り合いに配ったのかなと思いまして」
「記憶喪失なんですか?」
聖さんは驚いたように私を見る。
そういえばさっき、その話をしていなかった。こうやって驚かれるから、あんまり他人に記憶喪失の話をしていないので、今回も忘れちゃったんだ。
「そうです。今それで入院中です」
「ということはこの同人誌の作者のことを知るのは大事です。響さん、分かりますか?」
「この本は霞ヶ丘さんにもらったんです。霞ヶ丘さんが物語を書いているって話したことがないから、他の人からもらったはずです。僕は2冊もらいましたし、霞ヶ丘さん自身も同人誌を持っていたはずですので、うーん3冊以上知り合いから同人誌を霞ヶ丘さんはもらったことになります」
霞ヶ丘さん。3冊以上も同人誌をもらうなんて、当然のように作者とつながりがあるに違いない。ぜひ会いたい。
「響さんが書いたんじゃないですか? 童話書いていましたよね」
「童話を書くのはやめました。まっ僕ではないです。ここに載ってある『とあるおひめさまのものがたり』のような素敵な物語を僕は書くことができないです」
「『とあるおひめさまのものがたり』が好きなんですか?」
そういえばさっき聖さんは響さんが『とあるおひめさまのものがたり』を好きだって話していた。私の周りにはこのSSが好きな人が多いので、本当に人気があるんだなと改めて思う。
「そうです。かつて僕はおひめさまで、誰かに助けてもらう存在でした。でも今は大人になって、自分のやりたいことを日々できています。そこで今度は侍女のように誰かを助けたいです」
響さんは力を込めて語る。
それだけ『とあるおひめさまのものがたり』は響さんにとって思い入れのあるSSなのだろう。それくらいのめりこむことができるほど、素敵なSSだと私は思えないけどな。
「響さんは佐姫乃さんのことが好きなんですか?」
聖さんは真剣そうな表情と声で、響さんに質問する。
「大好きです。好きの気持ちを諦めることができません」
「例え恋が実ることがないと分かっていたとしてもですか?」
聖さんは淡々とした口調で話す。その中にどれだけの思いがこめられているのか、私には分からない。
「そうです。今霞ヶ丘さんは恋人がいない状態ですから、諦めたくありません」
響さんは落ち着いてそう語る。
「だから響さんはこのお店に通い続けているんですか? 佐姫乃さんがこのお店で働いていますから、例え会うことができなかったとしてもです」
「このお店の本は、霞ヶ丘さんがしているって話ですから、いつかは絶対会えます。ほらここにある『ロスト・グレイの静かな夜明け』や『きつねのはなし』は元々霞ヶ丘さんが持っていた本だそうです。すなわちここにいれば霞ヶ丘さんに近づいた気分になれます」
響さんは若干慌てたしつつも、ゆっくりと聞き取りやすい声で話す。
「あっこの周りにある本棚の整備をしているのが、霞ヶ丘佐姫乃さんってことですよね?」
話がややこしくなってきたので、質問してみる。
「はい、そうです。霞ヶ丘さんは司書資格を持っている本好きですから」
机と椅子、そして私達の周りをぐるりと取り囲むように会う本棚。
ここだけ見るとブックカフェと言っても過言ではない。それくらいぎっしりと本がある。これを佐姫乃さんが1人で管理しているんだろうか? もしそうだとすれば大変だ。
「本当の本当に、佐姫乃さんのことが諦められないんですか?」
本のことを無視して、聖さんは先輩を問い詰める。
聖さんはどうして響さんが霞ヶ丘さんのことを好きだということ、それが気になるんだろう。
しかもこの状況から聖さんは響さんが佐姫乃さんのことを好きと思って欲しくなさそうだ。そこには何か聖さんなりの事情があるのだろうか? 私には分からないだけで。
 




