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リーヴル  作者: 西埜水彩
第二章 聖さんと響さん
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もちいどの商店街

「新しいお店がもちいどの商店街に多いらしいですから、そこに行ってみましょう」


「そうですね」


 その人が話した商店街の名前が記憶にない。かつての私はここらへんとは無縁の生活をしていた、その事実に確信を深める。


 いやそれよりもまずは同人誌の作者を探さないと。そのためにも『リーヴル』へ行くことと、先輩に出会うことを今しなくちゃいけない。


「この辺りのことには詳しいですか?」


「いやそんなに詳しくないです。今旅をしているんで、あちこちのところに詳しいですから、それに比べてあんまりです」


「旅ですか。どこか行きたいところがあるのですか?」


「というよりも、いて良い場所を探しています。居場所探しの旅です」


 居場所探しの旅、その言葉にぴんとこない。


 記憶を失う前の私は居場所探しの旅なんて考えもしなかった、そう断言できてしまう。それくらい私にとって居場所探しの旅は意味の分からない行動だ。


「そうなんですか。今回はその度の一環で奈良に来たんですか?」


「そーかもしれないです。先輩が奈良県にいるって話を聞いてから、奈良県へ来ることはできませんでしたが、このまま逃げていても変わらないですので、思い切ってきてしまいました」


 奈良県にいる先輩。その人にとっては大きい存在である事は分かった。


 そこで心境の変化がこの度の中であったのかもしれない。そこら辺は会って少ししか経ってない私には分からない。


「そういえば『琥珀糖』の中ではどんなお話が好きですか?」


 話を変えるために、同人誌のことを聞く。このままその人の話を聞いてきても、私に何の意味もないから。


「私は『とあるおひめさまのものがたり』です。苦しさや辛さから一時だけとはいえ解放されたおひめさまが羨ましいです」


 『とあるおひめさまのものがたり』は人気かもしれない。雪路(ゆきじ)さんも好きだって言っていたし、私も好きだ。


「私も好きです。他にも好きだって言っていた人がいましたので、人気のお話かもしれません」


「そーですよね。確かこの同人誌をくれた先輩も好きだって言っていました」


 いくつのもお話がある中で、好きなのが被るのが珍しい。


 きっと『とあるおひめさまのものがたり』には何か、人の心を捕らえてくれるような力があるんだ。


「ここらへんに新しいお店が多いです」


「そうなんですか」


 ガラス張りの小さなお店が多い地区へ、その人が案内してくれる。ここならインターネットに載っていないお店もありそうだ。


「カフェがあるけど、本を置いてそうなお店はないです」


「ここにはブックカフェはないみたいです」


 一軒ずつお店を丁寧に確認していったものの、ブックカフェは見つからない。


「インターネットで検索しても見つからないとなりますと、実はこの近くじゃないかもしれません?」


「そんなことないです。近鉄奈良駅から徒歩で行けるお店という話でした」


「JR奈良駅ではないんですね」


 奈良駅には二つあって、近鉄とJRだ。この二つの駅は少し離れていて、JR奈良駅は近鉄奈良駅というよりも近鉄新大宮駅に近い。そんなことをさーかさんが力説していた。


「近鉄奈良駅近くです。ケーキが美味しいんですと先輩は言っていました。この同人誌も置いてあるらしいですし、ケーキの美味しいブックカフェかもしれません」


「ケーキですか?」


 ケーキと同人誌。その2つにまつわる話をここ最近聞いたような気がする。


「そうです。レモンタルトやアップルパイ、ショートケーキやフォンダンショコラなど様々なケーキを扱っているそうです」


 ブックカフェなのにたくさんのケーキを扱っているなんて、珍しい。ブックカフェといえば喫茶店、食べ物よりは飲み物に力をいれているイメージがある。


「そこのお店の名前は何ですか?」


「名前は覚えていないんです。覚えていたら、名前だけで調べることができるのですが」


「ケーキ以外にもそのお店で扱っている物ってあるんですか? 例えばサンドウィッチとかです」


「ケーキメインだそうです。飲み物とかあんまりないから、そのお店に滞在するために、ケーキをいつも3つくらい食べると先輩は言っていました」


 ケーキメインのブックカフェ? そこに違和感がある。


 カフェっていうなら、普通はドリンクメインなはずだ。コーヒー中心で、紅茶も置いていて、それに合わせたフードがある。


 それでドリンクよりもフードに力をいれているなんて、カフェっぽくない。甘い物が苦手な人も多いのだから、サンドウィッチとか甘くないフードがカフェにあるはずだ。


「それならカフェというよりも、ケーキ屋さんみたいです」


「そうかもしれませんね。本がたくさん飾ってあって、ケーキが美味しいお店を先輩はブックカフェと呼んでいたかもしれません。でも普通ケーキ屋に本は置いていないですから、ブックカフェだと思います」


「いや、ありえますよ。本が置いてあるイートイン付きのケーキ屋さんです。店名は『リーヴル』で、近鉄奈良駅近くにあるそうです」


 ということで『リーヴル』へ行くことになった。


 最初から『リーヴル』へ行くのが目的でここに来たので、これでよかったかもしれない。


 でも手がかりが1つでも多い方がいいから、先輩がいるお店が『リーヴル』じゃない方がよかったかもしれない。そうしたらそのお店と『リーヴル』、2つの手がかりがあるから。今更どうしようもないけど。


「実は私と先輩、とある出版社で働いていました。その出版社ではマイナーな作者さんの本も扱っていたから、『琥珀糖』の作者もそーいう人かもしれません」


「もしそうだとしたらうれしいです」


 インターネットで調べた『リーヴル』への行き方を参考に、私達は歩く。


 古さとは無縁の道。この先に答えがあるのを、私は期待している。早く同人誌の作者が見つかると良いな、それだけが私の記憶の手がかりなんだから。

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