『とあるおひめさまのものがたり』
むかしむかし、とある国の王様とお妃様の間に、お姫様が産まれました。
始めての子供でしたので、国中の人がみんな大喜び。お姫様誕生のお祝いが、何日も続きました。
こんな幸せな日々が、これからもずっと続くと思われていました。
何しろ始めてのお姫様です。みんなこぞって可愛い洋服を献上します。高くて質がよくて、可愛い。そんな洋服を毎日お姫様は着ることになりました。
それは洋服だけではありません、家具や小物もそうです。可愛い物たちがお姫様の周りに集まります。
小さいころはそれで良かったのです。お姫様はお花畑のような世界でぬくぬくと可愛らしく、何も疑問もなく育っていきます。
でも自分の頭で色々と拙いながらも考えることができるようになった時、疑問に思うようになりました。
可愛い物しかないのはなんでと。
可愛い物、それらを手にいれられることができる子供は少ないです。
なんせ可愛い物は高い染料と触り心地の良い布が必要なのですから。庶民はできるだけそれに近い物を手にいれようと努力しますが、可愛い物自体手にいれられません。
そこでそれらを手にいれられるお姫様は幸せなはずでした。
淡いピンクでレースとフリル、それからリボンで彩られたドレス。それらを着てお姫様はうかない顔をしています。
たくさんの人々が憧れ、着たいと願う。そのドレス。でもお姫様はちっともうれしくなんかありませんでした。
こんな服、着たくないのに。そう思ったのです。
でもお姫様はそう言いませんでした。
周りのみんなはお姫様が可愛く育つよう、祈ったからです。だから本当は可愛い物が好きじゃないのに、好きなふりをして、自分を殺して生きていました。
そんな日々ははっきり言って地獄でした。
なんせずっと嘘をつかなくてはいけないのですから。本当のことを言ったところで、周囲の人達が傷つくだけです。
そこでお姫様は自分の気持ちを無視して、周りの人のために生きていくことにしました。
周りの人が望む格好、持ち物。その生活に幸せはありません。
そんなある日、お姫様の侍女として魔法使いの少女がやってきました。
彼女は格好いい物が好きで、男物の服を着ているかわりものでした。
お姫様は彼女と仲良くなり、毎日一緒に遊びました。彼女といるときだけ、お姫様は自由だったのです。
「お姫様はいつも可愛いですね」
そう侍女が言います。
「私本当はは可愛い格好が嫌いなの。ドレスじゃなくて、格好良くて身軽ななお洋服が良いの」
そうお姫様は答えました。
「じゃあ一度そういった服を着てみませんか? きっとお姫様なら似合います」
あまりにさらりと侍女がそう言うので、お姫様は戸惑いました。
そしてある日、侍女がお姫様にお洋服を渡しました。
そのお洋服はシンプルなシャツとズボンという普通の男が着ているような、華美ではない物です。少なくともお姫様が着るのにふさわしくない、粗末な物です。
でもお姫様はそのお洋服をとても気に入りました。
「ありがとう。こういう服が一度着てみたかったの」
お姫様は侍女にお礼を言います。
いつもとは違い、着心地がよくない粗末な服。
それを嬉しそうに着るお姫様の姿は、まるで産まれて初めて自分を認めることができたように見えました。




