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リーヴル  作者: 西埜水彩
第一章 雪路さんとさーかさん
4/20

春日

「もうそろそろ眠くなってきたから、病室戻るね。じゃあまた」


「分かりました。また明日会いましょう」


 雪路さんは同人誌を持って、庭から出る。


「じゃあ私ももうそろそろ帰ります」


「さーかさんは奈良県の人ですか?」


 私はベンチから立ち上がり、さーかさんに話しかける。雪路さんの知人のほとんどは東京に人なので来られないらしい、ならばよく来るさーかさんは奈良県民なんだろうと思ったんだ。


「そうです。生駒市に住んでいるので、ちょっと遠いです」


 奈良県生駒市。そこは私が記憶喪失の状態で見つかった場所だ。


 私はなぜ生駒市にいたのか、生駒市とつながりがあるのかが分からない。それでも生駒市に何かしらの理由があっていたのだってことが分かる。


「ということは同人誌にささっているしおりの『リーヴル』というお店も遠いですか?」


 生駒市の話題から離れるために、ふと気になったことを聞いてみる。


「そうです。電車を乗り継がなくても行く事ができますので、めっちゃ遠いわけではありません」


「この病院から『リーヴル』は近いですか?」


「ここからだとめっちゃ遠いです。電車とバスと乗り換えないといけないですし」


「だとしたら東京から来た人が『リーヴル』で本を借りて病院に持ってくるのは難しいのではないでしょうか?」


「そうですね。でも雪路さんの知人は変わっている人が多いですから、それくらいして当然です」


「そうですか・・・・・・。雪路さんは読書が趣味ですか?」


「いえ本はあんまり読まないです。だからなぜ同人誌を持ってきたのだろうかと疑問に思っています」


 読書が趣味でない人に、遠いお店で本を借りて持ってくる。そこに違和感しかなくて、正しさなんてないような気がする。


「しかもあのお手製と言いますか珍しいしおりをつけてですよ。白に近い淡いピンクベースに赤い太陽が描かれたしおり、私ははじめて見ました。いやあれは桜色に赤い太陽が描かれたって言ってもいいかもしれません。そこで春の太陽、春日っぽさがあります」


「春日っぽさってありますか?」


 さーかさんは慌てだした。


 今まで冷静に話していただけに、なぜいきなり慌てているのかが分からない。


「ありますよ、春日っぽさ。本当は紙製の方が後からつけ足されたのでしょうか? しおりを配るケーキ屋は珍しいですが、本を読む事ができるのであればありえます。そこで『リーヴル』で手に入れたしおりを、元々あった布製のしおりと同じページに挟んだのではないでしょうか?」


 ふと思いついたことを言ってみる。


 紙製ならコピーすれば何枚もできる。それならばちらしがわりにしおりをケーキ屋さんが配っていることはありそうだ。


 何より春日という言葉に対してさーかさんが過剰な反応をしていて、そっちに何か理由があるんじゃないかと思ってします。紙製のしおりのことは何もさーかさん、特別な反応をしめしていなかったし。


「この布製の方が後からいれられたって可能性もあると思いますよ」


「そうですね。ならば紙製のしおりがあとからこの同人誌に挟み込まれたかもしれないって雪路さんに言っていいですか? この春日みたいなしおりをごまかすために紙製のしおりをいれたって、事実でないなら問題はないはずです。これが春日っぽいイメージのしおりだって強調して言います」


 春日っぽいしおりって、自分でもよく分からない。でもさーかさんが動揺するから、何かその言葉に特別な意味があるってことは分かる。


「そうですね。紅林雪路さんに紙製のしおりに春日っぽさがあるって、私は気づいてほしくないです。実はあの同人誌、雪路さんの友達もどきの人が持っていた物です。その友達もどきの人の名前は春日小春(はるひ こはる)なので、その関係で春日っぽいしおりなのかもしれません」


「なぜ友達みたいな人が持っていたことを隠すのですか?」


 この様子だとさーかさんはこの同人誌を持ってきた人を知っているみたいだ。それなのになぜさーかさんは雪路さんにそのことを教えないのだろうか?


「実は小春さん、もう亡くなっているのです。そのことを雪路さんは知っているはずです。ただ雪路さんが小春さんの死を受けとけ止めているかは知りません。だけどあの同人誌を小春さんの遺品だと考えていない時点で、うまく死を受け止められていないはずだと想像できます。実は雪路さんは、あの同人誌が遺品だってことを聞いていますから」


「そうだったのですか」


 私は雪路さんの事情を知らないし、さーかさんのこともよく知らない。


 そこでこの話か本当かどうか、私は判断できない。


「だとしたら同人誌を誰から入手したのか分からないってことになるかもしれません。同人誌を手に入れた人は亡くなってしまっていますから」


「そうですね。でも『リーヴル』にあの同人誌が置いてあるのは事実ですよ」


「本当ですか?」


「本当です。だからこそあのしおりでカモフラージュできると思っていたのですが、かなり見込みが甘かったです」


「いえ私が『リーヴル』って言葉を知らなかっただけですから・・・・・・」


 本当は春日ということばに動揺したさーかさんの自滅だけど、そこは黙る。


 今はそれよりも『リーヴル』に同人誌こと『琥珀糖』があるってことだ。


「そうですね。有名なお店ではないので、知らない人は多いです」


「知らないので、私はもしかしたら『リーヴル』に行ったことがないかもしれません。とりあえず一度行って、『琥珀糖』について聞いてみます」


「そうですね、それがいいかもしれません」


 誰が同人誌を作ったのか、そういう答えがすぐにでてくるわけではないかもしれない。それでも今よりもずっと答えに近い情報が『リーヴル』にあるかもしれない。


「あとお願いです。雪路さんにはあの同人誌が春日小春さんの遺品だってことは黙っててください。雪路さんは同人誌のことをいつか絶対思い出します。それまでは余計な刺激を与えたくないのです」


「でも雪路さんは早く知りたいのではないでしょうか? 私だって失った記憶を早く取り戻したいです」


 知らないことがあるのは不安だ。そんな不安を抱えたまま生きるのは辛いはず。私だってそうだし。


「そうですね。雪路さんは今までいっぱい傷ついて苦しんで辛い思いをしました。これ以上傷つく必要なんてないのです」


 さーかさんは淡々と答える。


 そこに雪路さんの望みがあるのか、それは分からない。でも私がさーかさんの意見を変えるのが無理なことだけ分かった。

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