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リーヴル  作者: 西埜水彩
第四章 梅屋敷さんと水布さん
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私の生き方

「とりあえず今度スマートフォンを持ってくるよ。水布さんはスマートフォンに指紋を登録していたから、それで分かるかもしれない」


「それが良いかもしれません。指紋だと証拠になりそうです」


 梅屋敷さんの発言に対して、春帆さんが同意する。


 指紋、それははっきりとした証拠になる。いままでの会話と違って、絶対に否定することができない。


「そもそも今水布さんってどういう扱いになっているんですか? 行方不明か失踪したことになっているのでしょうか?」


 もし私が水布さんってことになれば、そうなってもおかしくはない。第一水布さんが普通通りに生活していたら、誰も私が水布さんって思わないだろうし。


「今行方不明中だよ、水布さんは。仕事先のブックカフェには水布さんは長期で休むと連絡しているし、家賃とかは口座引落になっているから問題はないよ。貯金もあったはずだし」


「それは良かったです。もちろん私が水布さんと決まったわけじゃあありませんが」


 どこの誰だがわからない水布さんがいないことで大騒ぎにならなくて、本当に良かったと他人事ながら思う。


「どうかな~? やっぱりそのアイスシルバーの髪は他にはいないって。確か水布さんのいとこの小西(こにし)さくらって子の髪がストロベリーブロンドだったし、水布さんは変わった髪色の家系の子だよ」


「小西さんって確か小学生か中学生くらいの子です。時々このお店にも来ますよ。その子なら佐帆子さんが水布さんなのかが分かるかもしれません」


「それがいい。いとこなら分かるかも」


 梅屋敷さんと春帆さんが盛り上がっているけど、私そのいとこのことを全く覚えていないから。


 ストロベリーブロンドってことは、髪がピンクってことでしょう? そんなピンク髪の人、見たら忘れないはずなのに。


「そうですね。小西さんはまだ子供ですから、あんまり『リーヴル』に来ないんです。それで佐帆子さんが『リーヴル』でお手伝いするようになってから、小西さんは一度も来てないです」


「へーそれは残念。もし来ていたら分かったかもしれないし」


「そうですね。きっと小西さんなら髪色で分かったはずです」


 春帆さんと梅屋敷さんの話を聞きながら、食事をする。


 もう会話する気力がない。これじゃあ何を言っても、私が水布さんじゃないって否定することはできなさそうだ。


「じゃあもう帰るね。今度水布さんが送ってきたものを持ってくる」


 梅屋敷さんが立ち去った。昨日の夜からここにいるのか、朝になってやってきたのかは分からない。だけど私のため、ていうか水布さんのために色々してくれたことは分かった。


 それが私にとってありがたいことかありがた迷惑なことかは分からない。


「私、本当に水布さんじゃないって思います。だって『琥珀糖』を何度読んでも自分で書いたと思ったことありませんし」


 これだけが私にとって事実だ。


 何度も何度も『琥珀糖』を私は読んだ。それでも『琥珀糖』と自分は程遠い物だと考えて、何よりもこの同人誌を自分で書いたなんて思ったことなかった。


「水布さんって重くて暗い話ばかり書いていました。そうだとすると書くことはストレス発散であり、水布さんにとって書くことは幸福に繋がることではなかったのかもしれません?」


「そうかもしれません。私は水布さんの書いたSSをたくさん読みましたが、幸せな人が書いていないと思いました」


 聖さんと春帆さんの発言が私を後押ししてくれる。


 水布さんは不幸なんだ。辛くて苦しい話を書くことができてしまうほど、幸せとはほど遠い人。


 それに比べて私はどうだろう。


 本をあまり読まず、物語を作ることもしない。ケーキ屋でコーヒーをいれるお手伝いをして、お客さんや同居人と関わって生きている。記憶がないけど、不幸ではない。


 水布さんと私。生き方があまりにも違いすぎる。今私は苦しくて辛いだけの人生なんて思いもしていないけど、水布さんはそうと考えていたらしい。すなわり私は水布さんと全く違う考え方をしている。


「もし私が水布さんだとしたらですよ。私は水布さんを殺してしまったかもしれません。まっいいですが、水布さんの価値はそんなにあったわけではないみたいですし」


 梅屋敷さんの言ったとおり、水布さんは底辺の文字書きだ。そういう人がいなくなったところで、何も困らない。


「水布さんは価値のある作家さんです。水布さんが書いたSSが他人の人生を変えることもありました。佐姫乃だって『琥珀糖』のSSに自分を重ねて、行動を決めていました」


「私もそうです。もし『琥珀糖』を読んでいなかったら、どうなっていたかは分かりません。あの同人誌に載っていた『とあるおひめさまのものがたり』の影響で、助けてくれる人を探しに出たようなもんです」


 春帆さんや聖さんは『琥珀糖』のSSで人生が変わる、そんなことを言った。


 佐姫乃さん、聖さん。その他には響さん、何よりも雪路さんだろう。雪路さんは『琥珀糖』のSS、『割れたガラスの瓶』に自分の人生を重ねていた。


 だから『琥珀糖』のSSが他人に影響を与えていないわけではない。それは分かっている。


「人の考えは変わります。大事な物がいつの間にか無価値になってしまうように、変わらないわけにはいきません。そこで水布さんは過去を書いて、佐帆子さんは幸せに向かって生きていくんですね」


 聖さんがそう話をまとめた。


「そうかもしれません。私が水布さんだってことがまだ決まったわけじゃありませんが」


 私はこれで話をしめくくり、部屋へ戻る。


 記憶が戻らない以上、水布さんは死んでしまったのかもしれない。いや私が水布さんじゃないって可能性が消えたわけじゃないから、まだ分からない。


 でも私は水布さんのようなSSを書くことは無理だ、それだけ分かる。


 雪路さんの、聖さんの、響さんの、佐姫乃さんの、そして私の、それ以外にもいるだろう人達の人生に関わるようなSSを私は書くことができない。


 それを考えたら今が夢なのか? SSが書けない小説が書けないという、小説家にとって地獄の夢。


 いやそうじゃない。今は現実で幸せ、水布だったころは夢で不幸。それに違いない。


 それ以外の現実なんて、私は認めたくない。

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