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リーヴル  作者: 西埜水彩
第一章 雪路さんとさーかさん
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出会い

 昨日はお風呂に入ったし、散歩に出かけよう。


 とはいっても今は病院の外へ出ることができない。せいぜい病院の周りを歩くだけ。でも一日のほとんどを病室で過ごす私にとってかなり刺激的なことだ。そこで問題は特に無い。


「この本って珍しいですよね? なんか同人誌っぽいです」


「だろー。バーコードもついていないし、出版社の名前もない。これは同人誌だろーな」


 病院の庭。そう言って過言ではないところのベンチに座って、見たことのない2人が見覚えのある本を持って会話をしていた。


「すみません、この本はどこで手に入れたんですか?」


「この本ですか、うーん分からないです。誰からもらったんだと思います。この本を知っているんですか?」


 突然話しかけたにも関わらず、かわいい子が答えてくれた。


「私も持っています。私も誰からもらったのか、どうやって手に入れたのか覚えていなくて、今困っています」


「そうなんですか。これは同人誌らしいですので、即売会で売られていた可能性は高いです。雪路(ゆきじ)さん、この本はもともと持っていたわけじゃないんですよね?」


「そうそう。僕が寝ている間に誰かが持ってきたんじゃなーい」


 丁寧な言葉で話すかわいい子に対して、一緒にいる雪路さんは適当に答える。


 この感じからするとかわいい子が雪路さんのお見舞いって感じだ。なぜならかわいい子がよそゆきっぽいワンピースを着ているのに対して、雪路さんは適当なルームウェアっぽい格好。うん、それ以外は考えられない。


「この本名前がお洒落ですよね、『琥珀糖』ですから。色々なショートショートストーリーを読むことができるのも良いです」


「さーかはその本をよく読んでいるよね。僕よりも読んでいるんじゃない?」


 かわいい子はさーかさんと雪路さんに呼ばれているらしい。あだ名で呼んでいるから、さーかさんは雪路さんと仲が良いのかもしれない? うーんそんな風には見えないけど、さーかさんが丁寧な言葉を使っているからかな?


「雪路さんが寝ているときは何も用事がなくて暇ですし、話が短いのですぐに読むのをやめることができるので、便利なんです」


 さーかさんは同人誌をぱらぱらとめくっている。


 よく見ると私が持っている同人誌よりも表紙の厚紙がくったりとしている。何度も何度も、読んだのだろうな。


「そうですね。私も『琥珀糖』って名前は素敵だなと思っています。今は入院していて暇ですので、なんども読んでいます」


「そうだね。入院って暇だー。読書はあまり好きじゃないけど、僕もなんどかこの同人誌を読んでるよ」


「雪路さん、1日のほとんど寝てますやん。ところでどーしてこの本をどこで手に入れたのかが気になるのですか?」


 さーかさんはさりげなく話を変える。私は思わずぴしっと立ち直す。


「実は私記憶喪失なんです。しかもなぜかこの同人誌とお金の入ったポシェットと服しか私は持っていなくて、どこの誰だが分からない状況なんです。そこでこの本のことを調べたら、自分のことが分かるんじゃないかなって思うのです」


「同人誌は作者が直接売ったり配ったりしているはずです。そこでこの本の作者が、あなたのことを覚えてるかもしれないってことですか?」


 さーかさんが私の考えていることを、しっかりまとめてくれる。


 そう、私はそのことを期待している。この本は私にくれたのは作者か、作者につながる人、作者が誰か分かれば、私のことを教えてくれるのではないかと期待している。


「その可能性は高そう。てゆーかこの同人誌がインターネットで売られているとかどっかの即売会で売られていたとか、そーゆうことはもう調べた?」


「それはもう調べましたし、他の人も調べてくれました。ただ見つかりませんでした」


 この本が手がかりなのはすぐに分かった。そこで私でもインターネットを使って調べたし警察の人も調べてくれた。


 でもこの本の情報は全く見つからなかった。あらゆる即売会でどんな本が売られているのかを調べたりオリジナル小説の同人誌に詳しい人にインターネットで尋ねるなどしてみたりしたけど、成果はまるでなかった。


「そういえば、この同人誌、作者名が書いていない」


「もし作者の名前が分かっていましたら、そこを調べたら分かるかもしれへんですけど」


 さーかさんは本をぱらぱらとめくる。


 確かに作者が誰なのか分かれば、調べやすくなる。作者がSNSをしていたら連絡を取ることだってできるし、今よりはずっと状況がよくなる。


「同人誌の作者が分かれば、私のことが分かるかもしれません。それでも同人誌の作者は誰がなんて分からないんです。今てづまり中です」


「それじゃあ同人誌を誰が僕の所に持ってきたか調べる? 同人誌を僕に持ってきた人なら、作者のことを知っている可能性はあるよ」


「しっ調べるって、どうするんですか? 雪路さんは入院中ですし、私は雪路さんの知人とあんまり関わりがないんですよ」


 雪路さんの提案をさーかさんが慌てて止める。


 同人誌を雪路さんに渡した人が作者とつながりがあるのかは分からない。でも今は何も情報がない状態だ、わずかな手がかりでも欲しい。


「お願いします。今は全く何も分からない状態なんです。そこで今は少しでも情報を手に入れたいので調べましょう」


「そうですね。誰がこの本を持ってきたのかを調べるのはいいかもしれません。私は佐々楓菜(ささふうな)で、さーかと呼ばれることが大生です。こちらメールアドレスです、何か分かりましたらご連絡よろしくお願いします」


「ありがとうございます。LINEじゃないんですね」


「LINEあんまりやっていないんです。苦手ですので」


 LINEが苦手。かわいいのに、現代っぽくはない子だな。


「僕は紅林雪路(くればやし ゆきじ)。雪路って呼んでね。僕はスマートフォン自体あんまり使っていないから、LINEもメールもやっていない」


「不便じゃないですか? 連絡を取ることができないなんて、現代ではあんまりない気がします」


「大丈夫、大丈夫。入院中だから、連絡することはないんでだ。あっもうそろそろ眠くなってきたから病室に戻るね。ところであなたの今の名前は何?」


「私の名前ですか? 今は奈良佐帆子(ならさほこ)と名乗っています」


 奈良は今いるところの県名、佐帆子は適当だ。といっても頭にぼんやりと浮かんできた言葉に子をつけただけ。


「じゃあねまた会おう」


「お先に失礼します」


 雪路さんとさーかさんの2人はベンチから立ち上がり、去って行く。


「お疲れ様でした」


 私は2人がいなくなったベンチに座る。久しぶりに医療関係や警察関係者以外の人と話していたから、どっと疲れた。

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