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リーヴル  作者: 西埜水彩
第四章 梅屋敷さんと水布さん
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衝撃の事実

「ミルクコーヒーです」


「ありがとうございます」


 梶井(かじい)さんがお礼を言って、コーヒーを受け取ってくれる。


 ここでの手伝いにも慣れてきた。(ひびき)さん以外の常連客のことを覚えるようになり、はじめて来る人の対応もスムーズになった。


「そうだ、今日に梅屋敷(うめやしき)さんが来るらしいです。今梅屋敷さんが中学生の時の同級生のお見舞いをしていて、その後になるにじゃないでしょうか」


「今日来るんですか。突然です」


 春帆(はるほ)さんの発言に対して、私は落ち着いて答える。


 そりゃあ佐姫乃(さきの)さんから、梅屋敷さんがいつか来るとは聞いていた。そのいつかが今とは思えなかっただけだ。


「急に決まったそうです。それで今日はライムのパウンドケーキを作ってみました。宝山寺さん、食べますか?」


「ありがとうございます。梅屋敷くんといえばライムですね、やっぱり」


「佐姫乃と言えば檸檬、(せい)さんと言えばかぼすっていうのと同じです」


「僕は杏子だから、1人だけ柑橘じゃないですけど。それに香水だから目に見えるわけでもありませんし」


「皆さん果物に対して思い入れがあるんですね」


 聖さんはかぼすのピアス、響さんは杏子の香水をつけていて、会ったことがないから分からないけど佐姫乃さんは檸檬の刺繍入りのパーカーを愛用しているみたい。


 ならば梅屋敷さんはライムのグッズを身につけているのかもしれない。それが何かは分からないけど。


「梅屋敷に宝山寺だなんて、生駒ケーブルの駅名ですね」


 梶井さんは話に入ってくる。


「そーなんですよ、実は。僕が宝山寺で、梅屋敷くん、そして聖さんが鳥居前(とりいまえ)で、霞ヶ(かすみがおか)さんもいます。生駒ケーブル、遊園地以外の駅名が全て揃っています」


「すごーいです。この4人が揃うって運命かもしれません」


「そうですね」


 2人の話に違和感がある。宝山寺に鳥居前。その2つの駅名をどこかで聞いたことがある。それは遠い昔、今となっては縁がないほど過去の話だ。


谷田(たにだ)さん、響くーん、久しぶり。今日会った同級生が昔とイメージが違いすぎて、びっくりした」


 緑の果物デザインなかんざしで髪をまとめた人がお店の中へ入ってきた。


「お久しぶりです。今日はライムのパウンドケーキがあります」


 春帆さんが笑顔でケーキをすすめる。ということはこの人が梅屋敷さん、私が探している『琥珀糖』を作った人だ。


「お願い。あっ紅林(くればやし)さんから聞いたときは信じてなかったけど、本当にここにいたんだ。水布(みずぬの)さん」


 私を見て、梅屋敷さんは躊躇いもなく話す。


 えっ水布さんって誰のことだろう? 水布さんなんて人、私知らない。記憶にその名前はないし、何よりももやもやしたり引っかかったりすることすらない。恐らくはじめて聞いた言葉だ。


「水布さんってSSを書いている人ですよ。同人誌を出したり小さな出版社で本を出したりしています。このブックカフェにも水布さんの本が何冊かあります」


「僕が働いていた会社で、何冊か水布さんの本を扱っていましたよ。そういえばこの前見せた本も水布さんが関わった本でした」


 春帆さんと響さんの話で思い出した。ここ最近私は水布さんの話を聞いたことがある。とはいえあんまり印象に残らなかったので、今まで忘れていた。


「それでどうして私がその水布さんってことになるんですか?」


「そりゃあ私は何度か水布さんと会ったことがあるから。それにこのアイスシルバーの髪と灰色の瞳で、西洋っぽさがない顔立ち。こういう人はあまりいないから、見てすぐに分かった」


「そうですか……。実は私記憶喪失なんです。それで自分のことが誰か分からないので、そうかもしれません?」


 そういえば雪路(ゆきじ)さんが、私が東京のブックカフェで働いていたと言っていた。それと関係はあるのだろうか?


 梅屋敷さんが言うように、私の容姿は珍しい。そこでかつて私と関わった人なら、すぐに私がどういう人だったのか分かってもおかしくはない。今までそういうことがなかったのは、単に私が過去の知り合いと会ったことがないだけだろう。


「記憶喪失か、それじゃあ私のことも覚えてない?」


「覚えてないです、全く」


「水布って人のことも」


「それもぜんぜん記憶にないです」


「水布さんの本名は甘水彩(あもうずあや)。甘い水を彩るで、あもうずあや。本当に覚えていない?」


「別人だと思ってしまうレベルです」


 あもうずあや。甘い水を彩るで甘水彩。


 どうやら私の本名はかなり変わった名前らしい。そんな一度聞いたら忘れなさそうない名前を思い出せないことから、甘水彩と私は赤の他人という説を捨てきれない。


「そうだ、梅屋敷くん。この同人誌『琥珀糖』の作者のことを知らない? この本梅屋敷くんが作ったって霞ヶ丘さんに聞いたんだ。それに『琥珀糖』がこの人の記憶の手がかりだって」


 響さんが私の知りたかった同人誌の話をする。


「あーこれSSを書いたのは水布さんだよ。私は製本しただけで、物語の作者じゃない」


 『琥珀糖』の作者が水布さんってまさか……。


「この本って誰に配ったの?」


「私は霞ヶ丘さんと妹、それから春日小夏(はるひこなつ)さんにそれぞれ何冊か渡したよ。あと当然のことながら、作者の水布さんにも渡している」


「春日小夏さんは春日小春(はるひこはる)さんの兄妹とか親戚ですか?」


 雪路さんが持っている『琥珀糖』は春日小春さんの遺品だと聞いた。そこで名字が同じなら、小春さんが小夏さんから家族か親戚だからもらったと理由が考えられる。


「そうそう。春日小春さんの妹が、春日小夏さん。ところで小春さんのことはどこで知ったの? 水布さんは小春さんのこと存在すら知らなかったはず」


「つい最近知り合った人に話を聞きました。ていうことは私が『琥珀糖』の作者ってことですか?」


 私が水布さん、水布さんが『琥珀糖』の作者。となれば私が『琥珀糖』の作者となる。


 今まで必死に作者のことを探してきたのに。実は私が作者でしたって言われても信じられない。


「そうですよ。水布さんは東京のブックカフェで働きつつ、SSを書いていた人じゃないですか?」


「そんなことを言っていた人もいました。でもそんな記憶がありません」


 全く覚えていない。雪路さんが同じ事を言っていたときだって、信じなかったのだ。


 私はSSを書いて、東京で働いていた人。その事実をすんなりと受け入れられない。


 第一東京で働いていた人が奈良県生駒市にいるのか? その理由が分からない。


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