『黒の世界』
絵の具で塗りつぶされたような黒。
その一色しかない空は不自然だ。やっぱり空は月や星が見えないとね。いやそうじゃない。私にとって身近なのは月や星じゃなくて、人工的な明かりだ。
昔ながらの蛍光灯。最近は見かけないかもしれない白熱灯。そして普通になってきたLED。そんな感じの町を照らしてくれる明かり達。
それらがない空は暗い。まるで夜の絶望に潰されてしまったみたいだ。
「ここはどこだろう?」
真っ暗だから、周りに何があるか分からない。
足で地面を探る。コンクリートのような堅さはなく、地面のような少し柔らかい感じがする。
「土の上に何かかさかさした物がある。これは草かな?」
かがんで、地面を触ってみる。芝生のような短い草の感触が手に伝わり、私の考えていることが嘘ではないと証明してくれた。
「それにしてもいつ草原へ来たのかな?」
覚えていない。
黒でくっきりとした空とは対照的に、私の記憶はあやふやでもやもやしている。
いつここへ来たかなんて、何一つ思い出せない。
「とりあえず座ってみよう」
草が生えているから、お尻が痛くならない。
草のみずみずしさと、地面のやわらかさ。それら二つが心地良い。そのうち眠くもなってきた。
「じりじりじりじり」
目覚まし時計の音が聞こえる。
私は布団を跳ね飛ばし、時計を止める。今は6時、もう起きなきゃまずい。そう分かっているのに、一瞬止まってしまう。
さっきまでと違う。真っ黒に潰れた草原はどこにもなく、見慣れた部屋の中。朝の光がカーテン越しにうっすら入って、チープな目覚まし時計がいつも通り動いている。
服が散らばった床の上は、昨日から何も変わっていない。
「あっ今まで見ていたのは夢か」
夢にしてはリアリティがあった。闇の絶望的な暗さ、草原の感触。全てを夢で片付けたくないほどのリアリティだった。
「わびしい幻のような夢だったな」
何も得るものがな、幸せもない夢だった。
そんな夢のこと、いつまでも覚えていてもしゃーない。
そう考えた私は、現実のために、ベッドから降りることにした。




