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リーヴル  作者: 西埜水彩
第三章 佐姫乃さんと春帆さん
15/20

物語と人生

「人が苦手、人と関わりたくないのなら、『あまやかなうそ』よりも『割れたガラスの瓶』の方が好きだと思います」


「あれは人間関係断絶のSSですから、そうかもしれません? でもあれはファンタジー色強すぎて、感情移入することはしづらいです」


「そうですね。『割れたガラスの瓶』は現実社会と違うとこが多いですし、何よりも隠喩がメインになっていて、分かりづらいです。でもあのSSを自分の人生に重ねている人もいます」


 雪路さんは『割れたガラスの瓶』にとらわれていた。ならばそういう風な人が他にいてもおかしくはない、春帆さんはそれを信じていないみたいだけど。


【『割れたガラスの瓶』ってSSは好きですか? 佐姫乃さんはこのSSは好きじゃないかって思われているみたいです】


「あっNOってスタンプが返ってきました。となれば『割れたガラスの瓶』は好きじゃないみたいです」


 即答だった。さっきまでと違って私が送信しているのに、そうとは思えないほど早い答え。本当に佐姫乃さんは『割れたガラスの瓶』は好きじゃないみたいだ。


「そうですね。やっぱり『あまやかなうそ』が自分の人生と重なってリアリティがあるから、好きなんですよ」


「そうかもしれません。でもそれならば少しもやもやすることがあります」


 あくまでも『あまやかなうそ』って話はフィクションだ。


 雪路さんと話しているときにも思ったけど、人生がSSのようになるわけじゃない。例え自分の人生がSSと似ていると思っても、それは単なる勘違いで。人生はSSほど単純じゃないから。


【『あまやかなうそ』はフィクションです。この物語のような人生はありません。人生には物語にない不確定要素がたくさんありまり。物語から排除されてしまう不必要なノイズや無駄な情報だらけなのか、人生ってことです】


 また既読スルー。読んでくれているだけでいいか、返信は期待しないでおこう。


【それに『あまやかなうそ』で、主人公はたくさんの人と繋がっています。その繋がりが簡単に切れるとは考えづらいです。ストーカーのように執着する先輩、雇ってくれる友達、この2人との関係を主人公は切れないかもしれません。それに何よりも気にかけている後輩のことをあっさり見捨ててしまうことは、できないかもしれないです】


 スタンプすら返ってこない。純粋な既読スルー。


【特に『あまやかなうそ』と自分の人生を重ねているのなら、先輩は危険です。ならば気をつけたほうがいいです。こーいうタイプの人が、少し連絡を取れないくらいであきらめません】


 きっと『あまやかなうそ』の主人公は先輩と結婚しそうだ、私はそう思っている。それほど先輩の主人公に対する執着は強い。


 そういう『琥珀糖』の登場人物には珍しい、人のことが好きなキャラクターなんだ、先輩は。


【なんなら『あまやかなうそ』の先輩と主人公は結婚しそうです。『あまやかなうそ』に続きはありません。でももしあれば先輩と私の新婚生活になりそうです】


 何を書いているんだろうか、自分でもそう思う。


 だけど何を書いても何も反応が返ってこない。少しくらい過激なことを書かなくちゃ駄目、そう心のどこかで思ってしまったのかもしれない。


【そうですか? 私は梅屋敷(うめやしき)さんとは別れましたから、そこは違うと思います】


「返信です」


 これははじめてだ。今まで何度もやりとりをしていたけど、全部既読スルーだったのに。一体どうしたんだろうか?


「そういえば梅屋敷さんは今まで頻繁に来ていましたけど、最近は姿を見かけません。これは佐姫乃と別れて、ここへ来づらくなっていたのですね」


 春日という言葉に動揺していたさーかさんのように、佐姫乃さんにとって梅屋敷さんと付き合っていることはあまり考えたくないのだろう。それで似たような話につい反応してしまったのだ。


「これだとその梅屋敷さんって人が、佐姫乃さんにとって『あまやかなうそ』の先輩ポジションなんですかね?」


「そうだと思います。佐姫乃よりも梅屋敷さんの方が年上ですから」


「だとすれば『あまやかなうそ』に登場する人の仲で、佐姫乃さんの身近にいる人で、同じポジションの人が他にもいるかもしれません」


「この一緒に話している友達が私で、鳥井さんは聖さんだと思います。聖さんは佐姫乃の職場での後輩ですから」


「そういう話を聞いたことがあります。響さんとも同じ職場でしたね」


「そうです。ですから職場や仕事内容は『あまやかなうそ』とは全く違うわけです」


 フィクションなのだから違うのは当然だろう。


 偶然佐姫乃さんの人生とあっているところがあるかもしれない。でもそれは単なる偶然で、運命ではない。何よりもそれが佐姫乃さんの人生と関わるわけではない。


【佐姫乃さんの人生と『あまやかなうそ』は違います。そこで『あまやかなうそ』の続きが、佐姫乃さんの人生と同じってことはないです。公式発表がないから本当のところは分からないですが、先輩と付き合ったり友達と付き合ったり誰とも付き合わなかったり、色々な未来はあると思います。佐姫乃さんの人生だって、『あまやかなうそ』とは無関係に色々あるはずです】


【そうかもしれないですけど、やっぱり『あまやかなうそ』と私の人生はリンクしています。だってこのSSが収録されている同人誌『琥珀糖』は梅屋敷さんが作ったんです。そしてその梅屋敷さんは近々奈良に来るらしいですよ】


 『琥珀糖』を作ったのは梅屋敷さん。この場合、作った人は作者で良いはず。


 となれば『琥珀糖』の作者が分かったってことだ、今まで私が一生懸命探していた人。


「そういえば梅屋敷さんは『リーヴル』に来るって話していました。なんでも梅屋敷さんの中学時代の同級生が奈良県に入院していて、その人のお見舞いに来て、そのついでに来るらしいです」


 春帆さんも知っている。ということは梅屋敷さんが『リーヴル』に来るのは事実だ。


「となると梅屋敷さんと会えるってことですか?」


「そうです」


 梅屋敷さんと会うことが出来る。


 そのことはうれしい。梅屋敷さんなら、『琥珀糖』の作者である梅屋敷さんなら、私のことを知ってそうだ。


【佐姫乃さんは梅屋敷さんと会うのですか?】


【梅屋敷さんのことをこっぴどく振ってしまったので、会えません。できればもう二度と会いたくありません】


 どうやら佐姫乃さんは梅屋敷さんとは会わないらしい。


 でも私には関係ない。私のことを知ることができる、それだけで私は良いから。

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